PTSD嫌悪時代

[PTSD]って言葉が嫌いな時期がありました。
なんとDVシェルターに勤務していた頃です。

私が院生の頃、【臨床心理士】の資格ができました。
その頃は5万円くらい払ってサインしたら、自動的にもらえたものです。
移行措置ですね。臨床心理士はいないから、お互いに認め合う段階でした。

今は臨床心理士の偉い先生方からの切迫ストレス面談でも自分を見失わないことが証明されないと合格しないらしいです。それで学会の重鎮は意地悪な人が増えたんだ…。

当時の私はそんなもんで自分を評価されたくない(コンプレックスの裏返しですが)、とか5万もあればワインが10本も買える(当時は貧しかったから50本くらい?)と感じ、指導教官にどうするのか(当然取るでしょうということです)と聞かれても、「あんなの取るのは恥です!」と拒否しました。

「あんたええ根性しとるな(名古屋人でした。酒豪で食道がんで早死にしました)」という言葉を真に受け20年…。

今は五分五分ですね。
多分国家資格にはならないと思うけど、資格ないと言うのはこの世界では相当浮いた存在です。
当然持っているだろうという前提(私は相当な非常識)で表向きは大丈夫ですが、取得していないとなるとドン引きです。

長くなりましたが、そういう臨床心理士が、何か事件でもあるたびに「こころのケア」に派遣されたという新聞記事を見るたびに、「こころのケア」に嫌悪感をもってしまったのです。

DVシェルターでもDV被害にあえば必ずトラウマ(心的外傷)が起きて、PTSDに罹患するというような、そしてそのような人は①にこうなり②にこうなり…だから自分で考えずに専門家である我々の指示に従うようにといわんばかりの体制に反感をもってしまったのです。

続きはまた!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です