『竹取物語』火鼠の皮衣の象徴的意味⑤ 竹と鼠 

自己実現なんて…シラー
自覚なんて…シラー
ましてや

悟りなんて…シラー

自分には関係ないと
おっしゃる方が
よくおられます。

特殊な世界の
特殊な人の
お話

あるいは
単なる机上論だと
お考えだったり…

何偉そうに講釈してるんだむかっ
学会で老獪な学者に嫌がられたり…
 ―ユング派で
 河合隼雄から
 宗教やマンダラを研究するように
 言われたと自慢し豪語してるクセに叫び

しかし
少し落ち着いて考えれば
子どもにでも
理解できる話ですが

ユングしかり

おしゃかさましかり
イエスしかり
マホメッドしかり

みな仕方なく
自己実現の道
(個性化の過程)を
歩まされた人ばかりですよひらめき電球

自分で選択したのでは
ありません。

そうしなければ
生きていけなかったから

仕方なく
そうしたのです。

みんな凡夫でした。

竹取物語の
【竹】と【鼠】は
それを【象徴】していると
思います。

どちらも
日本にはありふれたもので

しかも繁殖力が凄くて
放置したら
大変な厄介ものです。

竹は
水平に根を張り
大地の保水力を低下させ
土砂崩れをおこし
森林を台無しにしますし

鼠は
歴史の中で長らく
ペストという感染症を
流行させました。
致死率は相当高く
パニックから
心的感染も併発し
手に負えませんでした。

そういう
ありのまま放置しては
人間の存在する世界すら
破壊しかねない
大変な嫌われ者ですが

その中に
稀に
輝かしいものひらめき電球
神聖星
宿ることがあることを
示しているのだと思います。

つまりは
自己実現や自覚・悟りの
器は誰もが持っているのです。
(ここの部分は
第一公案 仏の御石の鉢と
関係すると考えています)

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