ペコちゃんポコちゃんの話などすると
―だってイザナミ・イザナキだし
仕方ないじゃないね。
ママに会いたいって
スサノヲは泣いたんだから
ミルキーはママの味の
退行と重なるじゃないですかね。
甘いもの食べると
元気回復する気がするでしょう?
(気がするだけだけど…)
ダジャレか!と
怒る専門家もいましたが
―論文査読者
夢や創作の源流である
無意識は
ダジャレや響きで
できています。
今年発表しようと思っている
薬害PTSDの症例
最後がカラフルな
マンダラなのが
印象的なんです。
この路線で行こうと
ふと気づきました。
色彩ということで、こちらに書きます。
以下の記事が出ました。
『ピンク好きになった息子。』
| 家事ときどき介護~介護は一息、今度は育児!?~
https://ameblo.jp/kt-kaigo/entry-12525634823.html
それで、色白の息子はピンクが、色黒の姪はハッキリした色や黒の装いを好むことを思い出しつつ、コメントしました。承認されるかは不明です。
使いきらずに当人が嫌になってしまったら
メルカリで売れば良いので、保留にする必然性はありません。
しかしながら、
「確かに綺麗だけど、周りから『男らしくない』とか言われて嫌になるかも知れないなぁって、母は心配ですよ」
とアサーティブなコミュニケーションを取りつつ、お子さまが保留に納得しているなら教育的なチョイスだと思います。
どうも、お邪魔しました。
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色彩 多崎つくる site:.ptsd.red
– Поиск в Google
https://bit.ly/2kBpjNq
村上春樹は昔は好きで、よく読んでいたし、「昭和の夏目漱石だ!」という元夫の友達までいる小説家ですが…
英訳されることを意識して書くようになってしまった感じがして、私個人は嫌になりました。ノーベル文学賞が欲しいのかな、合理的な判断だけど、日本語に対する冒涜ではありませんか?
…と思うのでした。
“人づくり” 安倍 “人間冒涜”
– Поиск в Google
https://bit.ly/2lVqDL2
宋文洲さんは
“文化大革命”
のサバイバーですからね、昇華=ユングのいう個性化ができました。
こころが安定していれば、無意識のうちに、自分に似合うもの(安全も含めて)を選んでいるものかもしれませんね。
そして、普通は時間をかけて、選択に責任をもつことを学んでゆけばよいのですが、感情機能が強く働く場合は、補償作用としてよく考えることが求められますから、親子の対話がより重要になるのかなと思いました。こういうタイプの親子にとって一番必要なのが、まさに対話ですよね。よくできているなと思います。
村上春樹はそういう感じなんですね。
賞を意識するというモチーフも興味深いです。何か大事なものとの接点が、その分薄れてゆくということで。
子どものときも、親からの称賛を気にせずすめば、それだけで大分自由です。
漱石は文豪といっても、明暗の答え(二元論を超える)は未完で、甘いもの依存症のままの壮絶死ですからね。
1つの人格から語らせたというところは画期的らしく、それはフロイトをけなすようなものかな…とは思いますが…。
それに自分で文豪って言ったわけじゃないから…。
ピンクが流行ってる!
流石PTSD児、流行に敏感です( ..)φメモメモ