PTSD解離殺人事件を起こした名古屋大生(19)と桜洲(22)容疑者の選択ミス


剣道は
立派な武道ですし
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応援団に入ることも
悪いことではありません。
しかし
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何らかのコンプレックスを
抑圧・否認するために
武装したり
応援団に入るなら
そのコンプレックスは
時を経て暴走することになるでしょう。

PTSD解離殺人事件を起こした名古屋大生(19)と桜洲(22)容疑者の選択ミス」への4件のフィードバック

  1. franoma=あ*

    「増長」という現象は、
    「何らかのコンプレックスを
     抑圧・否認するために」
    いわゆる「武道」をやるというのを看過した場合に起きることですから、
    こちらに書きます。

    現在、武道家さんの観察をしているので、今日は、この記事です。
    https://ameblo.jp/4493/entry-12322016429.html
    「赤は止まる、青は進む、ということを考え 社会に定着させた功績」
    を歴史上の個人(=英雄)に帰着させてしまうのは「間違い」でしょう。
    「なぜ、そういう色づかいが人類社会レベルで定着しやすかったのか?」
    を考えねば、話になりません。そこを考えないで、
    「世界にまだ信号機というものが 存在せず 交通ルールもなく 混沌とした 社会 その時代に その人間が生れたとしても 絶対に思い付くことはできなかったろう・・・って」
    思ってしまったら自らの自由な発想を監獄に入れる人になります。E. フロムのいう『自由からの逃走』を自ら実践してしまった最相さんのようになり、
    街角牧畜クリニックに安住の地を求める愚を犯します。それは、その人らしい人生の終わりですから、蓋し、人生においてヒラリー・ゾンビ婆さんから “deplorable” と言われようが、最相さんを反面教師にして、自分の人生を歩むことが大事ですね。
    https://youtu.be/MKSJ56odw5E

    武道家さんの記事に戻って、このブロガーさんがお書きのような社会つまり
    「世界にまだ信号機というものが 存在せず 交通ルールもなく 混沌とした 社会」など存在したことはないのです。「交通」が社会現象として立ち上がってきた歴史のなかで、
    「交通事故」
    というものが初めて社会の中の事象として出てきたのです。事故によるPTSD現象が起きて「こんな悲惨なことは、もう起きないようにしよう」とする人々が多数派だったからこそ、
    「交通整理」
    をしようということになり、交通量が多くなってきたら、人が交代で立つ交通整理も実際的ではないので「信号」という発想が出てきたのであり、
    ヒトが出てくる「社会現象」として捉えないと、ダメですね。そして、
    ヒトが出てくる「社会現象」は
    「こんな悲惨なことは、もう起きないようにしよう」
    「忘れてしまって同じ轍を踏まないようにしよう」
    といったPTSD予防&克服への意志を貫くことでしか「ヒトとして生きる」サバイバーになることは不可能ゆえ、
    ヒトが出てくる現象学は、全部、PTSD現象学になります。

    武道家さんの記事に戻って、
    「信号機の発明」のあと、どこかの社会で信号機が「実装」されるようになるには、その社会において、それ相応の「政治プロセス」が必要なので、「最初の一人目」=発明家の凄さに帰着するのも勘違いです。信号機の実装を願う庶民が大勢いてこそ、信号機が設置されるので、選挙で誰を選ぶかは死活問題ですね。

    武道家さんの記事に戻って、
    「厳しい言い方かもしれませんが、私はそう思います」
    勝手に思ってください。お子さまや若い人たちは、
    上述のような「社会現象」が起きるのは、
    「主体性のある学び」によって、
    人類社会レベルで普遍性を持ち得る深いところまで考え抜けば、
    誰でも「最初の一人」になり得る「独創性」を持ち得ることを肝に銘じ、
    誰かさんから
    「勘違いして 増長している様が「馬○」にしか見えない」
    と言われても、
    萎縮しないようにしましょう。

    大鵬さんが仰った「忍」( http://bit.ly/22uORKo )は、
    「勘違いして 増長している様が「馬○」にしか見えない」
    と誰かに言われて萎縮することではありません。

    https://youtu.be/MKSJ56odw5E
    ここで歌われているのも
    「勘違いして 増長している」のではなく、
    「今、私にできることは何だろう?」
    と考えて、一つずつ実行しているだけです。

    「増長」という現象は、
    「何らかのコンプレックスを
     抑圧・否認するために」
    「武道」をやるというのを看過した場合に起きることですね。
    そこに気づかないと、教えた空手の技で殺人をやる弟子が出るかも知れません。

    返信
    1. franoma=あ*

      補足です。
      「赤では止まれ」というのは、色彩心理学的に、
      「注意をひく色」を選んだわけで、赤が注意をひく色であることは、人類レベルで共通しています。
      「注意しながら進んで良い」側の信号は、
      鎮静の色の「青」を選んで、
      「冷静に注意しながら進んで良い」という意味に使ったわけで、
      何の「発明」にしても、
      「発明者」は『カモメのジョナサン』のようなものですね。

      誰しもが『カモメのジョナサン』になり得るのであり、
      「後生畏るべし」と思いながら子育てをするのがよく、
      http://bit.ly/disparagingMD
      こういうことだと、
      「先生怖るべし」なので、お見かけしたら逃げるのみです。
      http://bit.ly/TensaiBakabon
      そして
      http://bit.ly/ShinseikaiT4
      いずれにせよ、子どもを殺すのが目的になっている人たちですから。
      http://bit.ly/JapKillingOffspring

      鳥の群れに関する記事をツイッターで再度、ご紹介しました。
      https://twitter.com/franoma/status/922292677810429952
      「特に #リーダー は要らないようです。
       時には15種以上の雑多な鳥が大きな #群れ を作って飛ぶこともあるそうです」
      鳥が大きな群れで飛ぶ理由
      11:44 AM – 23 Oct 2017

      「新型うつ」の「発明」は、ヒトの現実には適合していなかったので、
      ラベリングされた人には、変な処方がされて、被害者が結構、出ました。今では、
      軽度の人格解離を伴うPTSDとして治癒することが判っています。
      http://bit.ly/petitKairi

      おバカな本を参考にして問診すると
      http://bit.ly/DSMfaction
      のような誤診しかできないので、死亡退院が増えるでしょう。そのうち国際問題になりますよ? 筑波大学さん?
      …と
      https://ameblo.jp/aya-quae/entry-12319061991.html
      に、書きました。豪快に笑いながら、躁的否認で生きる人が多い所為で
      大学でも銃乱射を実行する女性が出るのも米国の社会病理です。日本も後追いをしているわけですが、今のところ、銃乱射ではなく
      (トラウマに駆られて)「土手の上の道をまっすぐに突っ走る」(野村進『救急精神病棟』講談社文庫 p. 344)だけです。そして、「一歩外れると川に落っこちてしまう」わけですね。

      しつこく愚息に「PTSDと言うな」と吹き込んでいる人がいるようなので、
      #解離性不注意 (#ヒヤリハット)に対処しないと
      #原発事故 の #後片付け ができません。
      http://bit.ly/2x0ad4s
      とツイートしました。

      返信
      1. wpmaster

        誤診と薬漬けは、壊れた信号機を全国に配置したことで起こったようなものですね。
        スクールカウンセラーの取締はきつかったようで、家庭内で交通事故も起きました。

        鳥の映像はダイナミックですね。

        返信
    2. wpmaster

      毎日のように教訓を書かねばならないブログもなかなか大変そうですね。

      いろいろに言えますが、貨幣経済なんてのも信号みたいなものですが、誰が始めたか示すのはむずかしいですね。
      貝殻であった時代や物々交換であった時代もあります。
      そもそも一人の人間のこころも3つの圧力(無意識・現実のルール・眺める自分)を受けながら、バランスをとりますし、世界にルールがあることは、赤ん坊も日々学んでますからね。
      人を力でねじ伏せようとし、言うことを聞かない人を罵倒するようなゾンビ婆さんたちなんかよりは、どの段階も知的でエレガントです。

      幼子は、おぶわれたお母さんの背中で、安心することで得られる客観性を保ちながらいろんな現象をじっと観察することができるのだというような視座をいつか書いていただきましたね。

      返信

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