カテゴリー別アーカイブ: 聖書

『 13日の金曜日』も PTSD解離性負の連鎖から

13日の金曜日のいわれについては

諸説あり

 

 

キリスト教圏でも

不吉と考えない文化圏があるそうですが

 

 

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数字とイメージの元素の組み合わせで

あれこれ文化的に規定されるものがあるのは

興味深いです。

 

 

そして

このホラー映画の代名詞みたいな

 

「13日の金曜日」の画像検索結果

 

『13日の金曜日』の

連続殺人鬼も

 

息子がクラスメイトのいじめと

監視員達の怠慢のせいで

湖で消息不明となったことを機に

精神に異常をきたし

多重人格化するまでは

優しい母親だったのですね。

 

 

 

 

 

「PTSD予防」の画像検索結果

 

PTSD予防は大事です。

『 奇跡の丘 』④象徴的に読むPTSD

『奇跡の丘 』の続きですが

 

要するに

こういう手のものは

象徴的に読まねば

意味がわからなくなってしまうということでしょう。

 

 

 

経典学者は

聖書の時代から

おろかで

邪悪で

 

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愚民と同じ思考回路ですから

(日本の場合は

嘘つき扱いされませんでしたが)

 

救世主が

悪者扱いされ

危険に曝されます。

 

1人の人間のこころとして考えると

 

「自我と自己」の画像検索結果

 

正気を保つのは

実は

容易なことではないということでしょう。

 

『奇跡の丘 』③『 崖の上のポニョ 』の海上行も重要な PTSD克服原理 の1つ

『 奇跡の丘 』の続きです。

 

イエスが

突然

波の上に現れます。

 

幻などではないから

よく見よと言われ

 

信じた弟子の1人が

その場所に渡ろうとしますが

 

 

 

 

渡れるかどうか

一抹の不安を感じて

失敗しかけたので

 

イエスに信仰が薄いと言われます。

 

ポニョは

宗介に会いに行くために

波の上を走り抜け

崖も駆け上がりました。

 

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現実には

不可能なことですが

 

その心意気が大事で

 

宮﨑駿は

「波の上というものは

走ることができるのだと思ってもらえれば

(この作品は)正解!」と

言っていました。

 

ポニョは

華厳経満載の物語ですが

 

崖の上のポニョというのは

如人千尺懸崖上樹という

禅の公案から来た名前で

 

正法眼蔵のなかに

「海上行」について書かれた

一節があります。

 

宗教は違っても

海の象徴性は同じなので

似たような表現になるのでしょう。

 

常識にとらわれず

自分の目でよく見て

子どものように素直に

突き進むことは

大事なことだと思います。

 

 

『 奇跡の丘 』② 『レッドタートル』と 聖書 のPTSD超越心理学

『奇跡の丘』ですが

 

 

エジプトに逃げる途中に

こういうシーンがありました。

 

 

レッドタートルと似ているなと思いました。

 

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ジブリは

サハラの熱風という意味でしたね。

 

宮﨑駿は

アフリカを旅し

『奇跡の丘』を観ているでしょうから

 

ジブリが

こういう世界観を前提に

物語を創出している可能性は高いです。

 

聖書も

字面を追うだけではなく

現地の空気を感じながら

味わうと観えてくるものがあるのではないかと思います。

 

そういうことを夢にも見ない

 

 

偏狭な経典学者には

その象徴性が理解できず

大人の発達障害に見えるのかもしれない

世界のお話です。

 

 

 

『奇跡の丘』①イエス が癒やす蹇( ヒステリー=PTSD)

『奇跡の丘』は

「マタイによる福音書」の解釈に沿って

イエスの生涯を再現した物語です。

 

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イエスの到来を知って

両杖をついた

足の不自由な男性が

必死でかけつけました。

 

イエスに

その杖を手放して見なさいと言われ

素直に応じたシーンです。

 

 

男性は

もと来た道をかろやかに去ってゆきます。

 

ヒステリーですね。

 

今はPTSDと言いますが

失立・失歩・失声・失聴から失神まで

何でも起こります。

 

 

「ポニョPTSD」の画像検索結果

 

『崖の上のポニョ』にも

そんなシーンがありました。

 

治癒に至るには

 

法典学者のように

安息日に治療してはならないと

杓子定規に奇跡の邪魔をするのではなく

 

 

人を試すようなことをせず

 

 

狭き門から入る勇気をもち

哲学的忍耐力を養うことが必要です。

『少女のための秘密の聖書』でPTSD予防教育

古典は

 ―『古事記』も
たいてい
PTSD予防教育によい
教材です。
ドラキュラに咬まれた時に
 ―PTSD解離事件に巻き込まれる。
それが
ドラキュラの仕業であること
ドラキュラが
普遍的な存在であることを知り
ドラキュラの呪いから
解脱していった先人の事例を学ぶことは
大切なことです。
『古事記』に出て来る
裸踊りは
教育に悪いと
言われますが
 ―ユング派僧侶がそう言った。

失意の人
アマテラスを外に出すために
大事なことを
象徴的に教えたものであって
なにも
この通り真似るように
勧めたものではありません。
読み方が大事ですが
 ―間違った読み方をし出すと
  迷路にハマり
 PTSDは治らない。
子どもは
教えなくても
感性的に理解するようです。

聖書にあるPTSD克服原理

「人間には
一度死ぬことと
死後にさばきを受けることが
定まっている」
 ―へブル人への手紙 9章27節
「神は
実に
そのひとり子をお与えになったほどに
世を愛された。
それは
御子を信じる者が
ひとりとして
滅びることなく
永遠のいのちを持つためである」
 ―ヨハネの福音書 3章16節
トラウマに向き合うことで
死と再生が起こり
 ― 精神的に一度死ぬ。
個人の物語を完結させ
普遍性の
大きな流れに入ってゆくのです。
信じない人は
個人の物語すら完結できず
 ―成仏できず
 地縛霊として
 人々に悪さをする。
永遠に彷徨います。
 ― お能が示す通りです。

PTSDのトラウマは否認できないと聖書にも書いてある。

「そして
人間には
一度死ぬことと
死後にさばきを受けることが
定まっている」
 ―へブル人への手紙
 9章27節
創造主が実在し
 ―自己
記憶が
きれいに存在するからです。
イエスを
 ―自我
受け入れることで
 ―解離せず
 しっかり直視
救われます。
 
 

寅さんとイエスが似ていると言うPTSD否認司祭はヒトビトを救えるか

$PTSD研究家翠雨の日記
聖書学の成果に
 ―カソリック司祭
「男はつらいよ」の
精緻な読みこみを重ね合わせ
 ―大学教授
イエスの風貌と
ユーモアは
寅さんに類似していると気づき
現代に求められている
聖なる無用性の根源に
迫ったそうです。
寅さんは
人間関係が下手くそで
失恋すると
旅に出ます。
こんなの
PTSD性解離性遁走に    ☚病理
決まってるじゃないですか。
 ―気が弱いから
 無反省に繰り返す。
その哀しみが見えないで
「ユーモアが服を着て歩いている」から
みんな癒されるのだなんて
ヒドすぎる。
 ―上原美優さんの
 PTSD物語を美談にし
 精神科に追い込み自殺させた
 集合的無意識そのものです。
イエスは
求道者です。
 ―西洋人の自己実現モデルです。
 日本のバカモン教授なら   
 わがままと言うかも
 知れませんが。
修行のなかで
ユーモアも生まれますが
 ―自我の成長過程ですから
回避せず
集合的無意識の中にある
悪に対峙し続けた人です。
二人を一緒くたにしてすむ
立場って
お気楽ですね。

『聖痕26』 PTSD克服の過程の1つとしての【受胎告知】その象徴的意味

幼稚園のクリスマスの
催し物で
主人公の男児は
 ―PTSD予防中
『受胎告知』に出てくる
大天使ガブリエルを
演じることになりました。
大天使ガブリエルが登場するのは
ルカ伝だけだそうで
それなら
『古事記』の天孫降臨みたいな
意味があるのでしょうね。
 ―日本人の解釈する
 キリスト教ですから
 『古事記』風に
 展開する可能性があります。
「めでたし
恵まるる者よ。  ☚感応道交が自己実現
主       ☚セルフ
なんぢと    ☚自我
偕にあり」   ☚こころにある降臨の階段です。
マリアが聖霊によって
イエスを身ごもるというのは
科学的には
説明がつきません。
文学的
宗教的
哲学的な
心霊上の事実です。
そして
変質者によって
現実に去勢された男児が  ☚フロイト的
これを演じさせるとは
 ―中国や韓国の
 宦官みたいでもありますね。 ☚子どもの時に去勢
なかなか
象徴的な出来事です。