カテゴリー別アーカイブ: 西田哲学

『奇跡の丘 』⑧「PTSD予防」マブイ のケアから『 善の研究 』(西田哲学 ) まで

『奇跡の丘 』ですが

 

 

危険が迫っている場合は

退避することが基本です。

 

「心的外傷と回復」の画像検索結果「心的外傷と回復」の画像検索結果

 

そして

いつか

もとの場所に戻って

(心霊上の場所です)

何があったのか

 

 

「心霊上の事実」の画像検索結果

 

心霊上の事実として

心理学的に

検証することが

PTSD予防になります。

 

サバイバーたちが

 

「マブイが落ちた」の画像検索結果「マブイが落ちた」の画像検索結果

 

それを語り継ぐことは

普遍性につながり

PTSD予防中の人々を励ます力となるのです。

 

「善の研究」の画像検索結果

 

「松は松なりに

竹は竹なりに」

「天賦を充分に発揮すること」

つまり艱難辛苦から哲学し個性化するのが

「人間の善」ということですね。

 

哲学者も宗教学者も

心理学者もみな同じことを言っているのですよ。

 

 

『奇跡の丘 』③『 崖の上のポニョ 』の海上行も重要な PTSD克服原理 の1つ

『 奇跡の丘 』の続きです。

 

イエスが

突然

波の上に現れます。

 

幻などではないから

よく見よと言われ

 

信じた弟子の1人が

その場所に渡ろうとしますが

 

 

 

 

渡れるかどうか

一抹の不安を感じて

失敗しかけたので

 

イエスに信仰が薄いと言われます。

 

ポニョは

宗介に会いに行くために

波の上を走り抜け

崖も駆け上がりました。

 

「崖の上のポニョ...」の画像検索結果「崖の上のポニョ...」の画像検索結果

 

現実には

不可能なことですが

 

その心意気が大事で

 

宮﨑駿は

「波の上というものは

走ることができるのだと思ってもらえれば

(この作品は)正解!」と

言っていました。

 

ポニョは

華厳経満載の物語ですが

 

崖の上のポニョというのは

如人千尺懸崖上樹という

禅の公案から来た名前で

 

正法眼蔵のなかに

「海上行」について書かれた

一節があります。

 

宗教は違っても

海の象徴性は同じなので

似たような表現になるのでしょう。

 

常識にとらわれず

自分の目でよく見て

子どものように素直に

突き進むことは

大事なことだと思います。

 

 

狡猾なカッコウの托卵のように歴史的身体的に固定される精神障害はPTSD

卵を抱いている

他種の鳥の巣に

こっそりと自分の卵を産みつけ

親としての義務を逃れる

托卵(たくらん)行動で知られるカッコウですが

 

 

英ケンブリッジ大学の研究で

 

カッコウは

托卵がバレないように

 

巣を飛び去る前に

タカ科の鳥になりすまして

「鳴きまね」をし

 

巣の持ち主の鳥を動揺させることで

気をそらす

偽装工作までしている疑いが出てきました。

 

カッコウ一族は

そんなことばかりしてきた種族ですから

その精神は

カッコウの歴史的身体に刻み込まれ

 

背中には独特のくぼみが形成されています。

 

「カッコウ托卵」の画像検索結果

 

ひなは

教えられなくても

その背中にあるくぼみをつかって

正当なお子たちの卵を外に蹴り出し

親を独り占めします。

 

被害鳥は

巧妙に騙され続け

被害意識すらないので

 

「カッコウ托卵」の画像検索結果

 

こんなに大きくなった子(右)に気づかず

エサを与え続けたりすることもあるようですが

(子どもだと思いこんでしまうのでしょう)

 

仏教によれば

動物にも

歴史的身体がありますから

卵の色をカッコウより濃くすることで

対抗して

気づきを促します。

 

 

「カッコウ托卵」の画像検索結果

 

 

しかし

正しいアドバイスというものが

伝わりにくいのは

どこの世界も同じで

 

開き直り確信犯のカッコウに

天罰がくだることもなさそうです。

 

この世は

学びの場所なので

カッコウのような存在も必要なのでしょうが

 

日本の国が

カッコウ王国になるのは嫌ですね。

 

 

「森友学園ガンバ...」の画像検索結果「森友学園」の画像検索結果

 

 

遺伝子に組み込まれたように見えても

歴史的に作られた性格って

あると思いました。

 

カッコウのようになってしまえば

取り返しは困難になるでしょうね。

気が遠くなります。

 

『 過保護のカホコ 』絵を書き続けることもPTSD根本治療につながる。

カホコに対し

無骨ながら

意図せずして

治療的によい働きをしていた

はじめくんでしたが

絵を描くことと

そのためのバイトの日々です。

 

 

そんなはじめくんが

避けようとしている

トラウマの存在に

こころを開いているカホコが気づき

 

何もわからず

ただ

何かある

おかしい

もっとうまくいくはずなのに

このままではいけないという一念だけで

無防備に行動し出した結果

 

バラバラに分断されていた

いろいろなものがつながり始めました。

 

クライマックスはここでしょう。

 

 

養護施設の園長は

イマドキの守秘義務に盲従し

はじめくんの幸せを願う気持ちを抑圧していましたが

カホコの真っ直ぐな目は

騙せませんでした。

 

偶然、目に入った「絵」が

事実を端的に物語っています。

 

誰を描いたのか?

誰が描いたのか?

 

サインがなくても

歴然としています。

 

描かれた人への子供時代の作者の思いも

 

この作者に対するカホコの気持ちも

ただ幸せを願って

純粋な思いから質問していることも

ここに表現されています。

 

はじめくんを知らないと言った園長も

事実を認め

伝えたかったことを伝え

本当は

長年こころから望んでいたことが

叶いました。

 

園長のこころすら救った

カホコの

無心と行動的直観は

西田哲学的ですらあります。

 

 

誤診とクスリ漬けに惑わされていては

到達できない

 

PTSD治療の

時空を超えた壮大な秘密が

この作品にも示されているように思いました。

 

中村雄二郎の「魔女ランダ考」とPTSD治癒論理

日本を代表する哲学者の

中村雄二郎さんが

26日

91歳で

腎不全のため

他界されました。

 

「魔女ランダ考」の画像検索結果

 

魔女ランダとは

ヒンドゥー教の

「悪」を象徴する神獣で

 

「ランダ」の画像検索結果

 

「善」を象徴する神獣「バロン」と

「バロン」の画像検索結果

 

永遠の闘いをします。

 

「陰陽」の画像検索結果「禍福は糾える縄...」の画像検索結果

 

東洋的な考え方の基本ですね。

 

 

夫に先立たれただけでもつらいのに

後追い自殺するべきだという

ヒンドゥの悪習からくる強迫観念に苛まれるうち

子どもを食べるようになった

ランダも

誰かの温かい心に触れて

良心に目覚めることが出来れば

人間を治癒する魔術を使えるようになるそうですよ。

 

 

「パトスの知」の画像検索結果

 

これって

PTSDの昇華の物語じゃないですか?

仏教と陰陽五行説の習合としての西田哲学を不問にした臨床心理学

学会誌が届きました✨

 

 

『日本思想考究 ―論理と構造』という

論文は

ここから始まります。

 

Ⅰ 日本思想の源流 ― 仏教と儒教

第一章 『大乗起信論』の構造

第二章 『太極図説解』の論理

 

ひとのこころを学問するのに

 

仏教も陰陽五行説も問題にしない

臨床心理学は

 

新興宗教みたいなものだということです。

 

 

象徴が使えない発達障害が増えているとか

かぐや姫はわがままだとかの

トンデモ愚説が生まれる原因は

ここにあります。

 

臨床心理学は

机上論じゃないので

犠牲者が出ます。

 

これは

看過できない

日本の一大事なのです。

 

 

ジブリは

こういうことを

全部勉強してから

創作するから

人気があるんですよね。

 

 

崖の上のポニョが生まれたのも

ニセの発達障害ブームから

子どもたちを救うためでした。

 

お雛さまになって主体性を養うPTSD予防教育で脱「発達障害」ブーム

<桃の節句>でお雛さまになった園児たちです。

 

 

窮屈でしょうが

頑張っています💯✨

 

こういうのが「勉強」の語源なんですよね。

 

自分以外のものの立場になってみる経験は

大事ですから

 

 

このおじいさんは

農作業に使った鍬(くわ)さんを労い

お話しています。

 

 

他者(外界)の中に自分を映し出すことが

自分との出会いになるんですよね。

 

森友学園は

日本発の神道の小学校を無断標榜し

天皇陛下まで勝手に担ぎ出しているそうですが

 

「森友学園こども」の画像検索結果「森友学園こども」の画像検索結果

 

象徴としてのお勤めの大変さは

校長先生自らが

一度

お雛さまにでもなって

考えて見たらどうでしょう。

 

「オウム真理教の...」の画像検索結果「オウム真理教の...」の画像検索結果

 

子どもたちへの

洗脳はいけませんね。

 

 

象徴が使えず

主体性のない発達障害と誤診される

二次被害も待ち受けているのですよ。

 

ナラティブに生きれば診断名は回り道になるPTSD治療哲学の世界

この物語性と科学性の論考は

哲学的にして

重要な視点だと思う。

 

 

それまでナラティブな世界を生きていて

診断名などなくても

自分がなにをするべきか

「それ(es)」が教えてくれていたのに

その世界を生き続ける必要があったのに

ふとあるとき

DSM的な観点から見て

自分は何という病名に分類されうるのか

知りたくなったが

それは

「客観的」「科学的指標」ということになっているものの

ナラティブな世界からすれば

ある意味「妄想的」というべきか

一つの世界の見方でしかなかったと

気づかれた。

 

idthatidには注意した方がいいだろう。

 

西武池袋線でPTSD解離人身事故「メンヘラの体調アピールかよ」の声

13:12頃

椎名町~東長崎駅間で

発生した

人身事故の影響で

現在も列車に遅れや

運休が出ているそうです。

 

「西武線は

年に数回乗るか乗らないかだけど

私が乗ろうとすると

事故とかで遅延してる確率が高い」

―事故が多い路線のようです。

 

「またいつもの

電車動かないよぉ病ですか。

メンヘラの体調アピールかよ。

くそう」

―  確かに

世間で

体調不良とか言ってるのは

PTSDの自己表現であることが多いですね。

西田哲学の現代語訳かな?

 

 

 

 

 

悲しみは「発散」「否認」せず歴史的身体的に受け止めてPTSD予防

 

「悲しみ方の型が入ってきたとき

はじめて私たちは

悲しみに耐える能力も

身につけることができるのです」

(山崎正和)

 

それを受けて

 

「悲しいときは

誰しもなりふりかまわず

泣きたくなるが

最後は体を納得させ

その力を借りないと耐ええない。

悲しみは

感情というより

体のもっと深い場処から

噴き上がるものだ。

そのとき人は思わず

悲しみの型を演じることで

かろうじてそれを凌いだ古人たちの技を

なぞっている

(鷲田清一)

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歴史的身体ですかね。