カテゴリー別アーカイブ: 西田哲学

仏教と陰陽五行説の習合としての西田哲学を不問にした臨床心理学

学会誌が届きました✨

 

 

『日本思想考究 ―論理と構造』という

論文は

ここから始まります。

 

Ⅰ 日本思想の源流 ― 仏教と儒教

第一章 『大乗起信論』の構造

第二章 『太極図説解』の論理

 

ひとのこころを学問するのに

 

仏教も陰陽五行説も問題にしない

臨床心理学は

 

新興宗教みたいなものだということです。

 

 

象徴が使えない発達障害が増えているとか

かぐや姫はわがままだとかの

トンデモ愚説が生まれる原因は

ここにあります。

 

臨床心理学は

机上論じゃないので

犠牲者が出ます。

 

これは

看過できない

日本の一大事なのです。

 

 

ジブリは

こういうことを

全部勉強してから

創作するから

人気があるんですよね。

 

 

崖の上のポニョが生まれたのも

ニセの発達障害ブームから

子どもたちを救うためでした。

 

お雛さまになって主体性を養うPTSD予防教育で脱「発達障害」ブーム

<桃の節句>でお雛さまになった園児たちです。

 

 

窮屈でしょうが

頑張っています💯✨

 

こういうのが「勉強」の語源なんですよね。

 

自分以外のものの立場になってみる経験は

大事ですから

 

 

このおじいさんは

農作業に使った鍬(くわ)さんを労い

お話しています。

 

 

他者(外界)の中に自分を映し出すことが

自分との出会いになるんですよね。

 

森友学園は

日本発の神道の小学校を無断標榜し

天皇陛下まで勝手に担ぎ出しているそうですが

 

「森友学園こども」の画像検索結果「森友学園こども」の画像検索結果

 

象徴としてのお勤めの大変さは

校長先生自らが

一度

お雛さまにでもなって

考えて見たらどうでしょう。

 

「オウム真理教の...」の画像検索結果「オウム真理教の...」の画像検索結果

 

子どもたちへの

洗脳はいけませんね。

 

 

象徴が使えず

主体性のない発達障害と誤診される

二次被害も待ち受けているのですよ。

 

ナラティブに生きれば診断名は回り道になるPTSD治療哲学の世界

この物語性と科学性の論考は

哲学的にして

重要な視点だと思う。

 

 

それまでナラティブな世界を生きていて

診断名などなくても

自分がなにをするべきか

「それ(es)」が教えてくれていたのに

その世界を生き続ける必要があったのに

ふとあるとき

DSM的な観点から見て

自分は何という病名に分類されうるのか

知りたくなったが

それは

「客観的」「科学的指標」ということになっているものの

ナラティブな世界からすれば

ある意味「妄想的」というべきか

一つの世界の見方でしかなかったと

気づかれた。

 

idthatidには注意した方がいいだろう。

 

西武池袋線でPTSD解離人身事故「メンヘラの体調アピールかよ」の声

13:12頃

椎名町~東長崎駅間で

発生した

人身事故の影響で

現在も列車に遅れや

運休が出ているそうです。

 

「西武線は

年に数回乗るか乗らないかだけど

私が乗ろうとすると

事故とかで遅延してる確率が高い」

―事故が多い路線のようです。

 

「またいつもの

電車動かないよぉ病ですか。

メンヘラの体調アピールかよ。

くそう」

―  確かに

世間で

体調不良とか言ってるのは

PTSDの自己表現であることが多いですね。

西田哲学の現代語訳かな?

 

 

 

 

 

悲しみは「発散」「否認」せず歴史的身体的に受け止めてPTSD予防

 

「悲しみ方の型が入ってきたとき

はじめて私たちは

悲しみに耐える能力も

身につけることができるのです」

(山崎正和)

 

それを受けて

 

「悲しいときは

誰しもなりふりかまわず

泣きたくなるが

最後は体を納得させ

その力を借りないと耐ええない。

悲しみは

感情というより

体のもっと深い場処から

噴き上がるものだ。

そのとき人は思わず

悲しみの型を演じることで

かろうじてそれを凌いだ古人たちの技を

なぞっている

(鷲田清一)

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歴史的身体ですかね。

 

 

PTSDの人の眼振は天然EMDRなのかな

EMDRは
トラウマ記憶を
そんなに焦点化しなくても
 ―意識化させ
 言葉で言わせたり
 聞かせたりする
 暴露法は
 ハイリスク
イメージのような
ぼんやりしたものを
思い浮かべる程度で
よいらしいです。
 ―そこまで思い出すだけでも
 大変だと思いますが
そして
否定的で
記憶主を
無駄に興奮させるような内容が
正しい認識に変わるそうですが
 ― 自分は最悪だ。→そうでもない 等
なぜなのかは
まだわからないそうです。
PTSDの人で
眼振がある人がいましたが
 ―無意識に
 高速で左右に揺れる。
私が質問すると
『うーん…』と考えるくらいの間
目が揺れてから
答えてくれていました。
それは
トラウマの話ではなかったのですが
私の発するような
一般には訳のわからない質問に
ある種の驚愕を受けつつも
その人なりに
過去の記憶を
急速に呼び戻して
関係するものを瞬時に選び取り
今一度再考したものを
言語化していたのかも
しれません。
頭は
私よりはるかによい人でした。
そうやって
身体まで使って
不思議なバランスをとりながら
考えるクセは
人間にはあるのかもしれません。
西田哲学なんかでは
歴史的身体と言いますからね。
それを外から
どのくらい操作できるのか
 ―EMDR
そこはまだわからないですね。
自発的にする坐禅を
外から操作するようなものですからね。

『まんが 哲学入門 生きるってなんだろう?』PTSD予防教育はここから

臨床心理学者が書いてますよ。
「私」って何?
「生きる」ってどういうこと?
時間って本当にあるの?
どうして世界が存在するの?
「つべこべ言わないで
勉強しなさい!」
 ― 一番の基礎を抜きに
  くだらない常識丸暗記の洗脳
「答えはない」
 ― 開き直るな!
合理化の果てに
PTSD解離薬物汚染社会です。
まんがにしないと
ダメな時代になりました。
臨床心理学の先生方
ここからやり直しましょう。
翠雨PTSD心理学研究所
ぼんくらは
もうやめてね。
 ― リスカはフツー
  自宅警備員も今どきの若者
  デリヘル少女や
  呉16歳死体遺棄は?

発達障害は「主体のなさ」で片付ける現京大と「絶対矛盾的自己同一」でPTSDを分析する木村敏先生

京大こころの未来研究センターは
発達障害の子は
主体がないで
片付けるけど
今年の
西田哲学会で
木村敏先生は
$翠雨PTSD研究所
そこを
分析する
視座を示された。
翠雨PTSD研究所
翠雨PTSD研究所
それは
西田哲学の要でもあるし
$翠雨PTSD研究所
陰陽五行説でも
あるのです。
一貫した
シンプルな
原理があります。

日本的霊性そのものの西田哲学にPTSDの象徴がある

$翠雨PTSD研究所
絶対矛盾的自己同一
理不尽な
矛盾や悲哀感情を
抱えることが
重要です。
華厳も大事だと
言ってますしね。
どう考えても
日本の精神性は
そこにあるでしょう。
$翠雨PTSD研究所
それを
【否認】するから
象徴が観えず
子どもを
発達障害扱いする
愚を犯すのです。
「多すぎたねー」で
済む話ではないです。
京大こころの未来研究センター
発達障害のお墨付き
いくつつけたのでしょう?
いつ謝罪するのでしょう?
翠雨PTSD研究所
翠雨PTSD研究所
解釈しすぎは好きじゃない
ではなくて
解釈する
素養に欠けてるのを
 ―DNAも         ☚親は河合隼雄
 環境も
 最高の場所にあるハズですが  ☚京大とユング研究所
 
 台無しにするのが
 PTSDの怪人の仕業です。
【否認】している
わけです。

消防士(26)がPTSD解離強盗 焼け跡の悲哀と西田哲学

大阪市で
20歳の専門学校生に
言いがかりをつけ
顔を殴り
現金4千円を奪ったあと
自宅に押しかけ
母親に電話をかけさせて
「40万円
振り込んで」と
言わせ
郵便局で引き出し
パチンコなどに
使ったそうです。
そうまでして
パチンコをしなければ
ならないほどの
巨大ストレスがあったのでしょう。
消防士も
危険な仕事ですから
PTSD予防が必要でしょう。
焼け跡には
悲哀を感じますよね。
本当は
やさしい人だったのかも
しれませんよ。
翠雨PTSD研究所
翠雨PTSD研究所
悲哀を否定せず
抱きしめていると
哲学に昇華し
松は松
竹は竹の
人生が歩めるのでしょう。
それが善きことです。