心のケアにおいて「復興を祈る」は『ライ麦畑でつかまえて』に抵触

J・D・サリンジャーが
1951年に発表した小説で
 ―案外新しい物語ですね。
興味深いタイトルは
落ちこぼれ意識や
疎外感に苛まれる主人公が
 ―PTSDだと思います。
妹に問い詰められて
 ―問い詰めた妹を
 バラバラ殺人した裁判
 もうすぐ始まるでしょうね。
語った夢
<自分は
広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが
気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに
捕まえてあげるような
そんな人間になりたい...>から
来ているようですが
 ―日本人の場合は
  『崖の上のポニョ』が正統派リセットで
  ちょっと違うのですがあせる  
主人公が
ある歌を
聞き間違え
そこから連想しながら創りあげた
自分の理想のようです。
 ―聞き間違えや言い間違えは
 抑圧のある場所ですね。
問題に自分は直面せず
助けてほしいという
甘えが感じられます。
 ―PTSDが甘えに終始し
 大人を批判するだけでは
 魔境に入りますね。
とはいえ
大人の
欺瞞に満ちた態度への
強烈な批判は
『そうだなぁ』と思います。
「幸運を祈るよ」なんて一番
槍玉にあがるようです。
アメーバニュースにもありましたが…
やはり
「復興を祈る」と
軽々しく言ってはいけないでしょうし
「がんばれ」は論外ですね。
制度や大人を批判する態度はそのままに
 
 ―正当な批判はすべきですが
「復興を祈る」って連呼してたら
最低ですね叫び
 ―気をつけたいものです。

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