PTSD否認+貧困→悪臭雑魚寝ホームの悪夢

朝日新聞の一面に
恐ろしい記事が出てました。
「特別養護老人ホーム」は
なかなか入れないし
「有料老人ホーム」は
高額
それで
無認可の
劣悪施設が
出現し始めているそうです。
 ―国の基準もないから
 やりたい放題
男女が一緒で
狭い部屋で雑魚寝状態
夜は
汚物処理しないので
朝は
鼻をつくにおいに
圧倒されるそうです。
 ―家畜小屋を連想
これで
一晩800円
どこにも行き場所がない場合に
やって来るそうですが
どこにも行き場がないのが
大多数の現状ですよね。
これでも
PTSD否認しますかって
 ―認知症が多すぎる。
話ですね。

14 thoughts on “PTSD否認+貧困→悪臭雑魚寝ホームの悪夢

  1. まきりんこ

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    今まで、この世は基本的には良いところだというベースでものごとを考えていましたが、それは神話だったのかなと思います。
    現実は我が子を殺したり、自分の安全や保身が大切で、少しでも人より優位になりたかったり、そうやって自尊心を高めていたり、自分の都合で生きているものなのかなぁ。
    経験してきた人間関係や身ぐるみはがした自分を客観的に見た時、そのように思いました。
    それでも生きていくことなのか…。

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  2. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >まきりんこさん
    基本的に「人生は苦」なんでしょうが、PTSD発症すると、その扱いがデタラメになり、負の連鎖してどうしようもないことが起こるのでしょうね。その反対のよい連鎖(愛)が起こるように努力するのが人間だと思います。

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  3. 弓子

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    と、言いますが。家族は助け合うとか、家族を意識づけるような言葉を国から明文化するような話も聞きますが。
    いい悪い、という話以前に、現実にここまで核家族世帯の社会になっていることを考えなければならいのではないかと思います。
    昔は家で家族が看て世話したといっても、実際には座敷牢のような人目につかない部屋に死ぬまで閉じ込めていたようです。

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  4. まきりんこ

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    >翠雨PTSD心理学研究所さん
    そう考え、なにか人の為になれたらと思いました。
    そして、そう思って私が行く場所は、同じような思いで来ている人が多いのかもしれません。
    「こういうのが愛か!」と体感するような気づきは、そいうところとは別の場所(大学なら、心理学科より美術系とか)の方があるような気がしました。
    自分からといくら必死になっても、愛の要素の少ない自分には限界があり、なので良い連鎖の渦に自分が紛れ込んでいくというほうが、愛の良い連鎖が自分の中には起こるような気がしました。
    連鎖ですから、あるところにはたくさんあり、ないところにはあまりない、当たり前のことですが…。

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  5. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >弓子さん
    座敷牢というのがあったのでしたね。
    しかし、今は誤診が昔より多く、このような悲劇が増加していると思います。防止できる部分は防止するのが人権問題においても国家の未来のためにも大事だと思うのです。

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  6. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >まきりんこさん
    今「臨床心理士」を目指している人種が私は嫌いなんです。「臨床心理学」「心理療法」ならよいのですが。ここが大違いで、芸術を目指す人の方に私も親和性を持っています。
    資格社会なんだから持っとけばいいじゃないかという人がいますが、持ったら魂が穢れるんです(^-^)/

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  7. 弓子

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    >翠雨PTSD心理学研究所さん
    そうですよね。寝た子を起こすな、臭いものには蓋をしろ、では、何もよくならないですよね。
    事実を見極める、それに対処する、そこですよね

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  8. まきりんこ

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    >翠雨PTSD心理学研究所さん
    私も心理学を学びながらも、最終的にやりたいことは美術系の取り組みです。
    箱庭とかコラージュとか、言葉や意味で人のこころに関わるのではなく、美術的なことを介した関わりができたらどれほどいいか。
    評価が入らず自由にのびのび表現できることが、自信や自尊心を失って無力化している対象には自分の中から力が湧いてくる唯一の方法のように感じています。

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  9. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >まきりんこさん
    昔のおじいちゃんにもできてましたからね。
    かぐや姫の媼もそれに近いし。
    こころをまっすぐにしたら誰にでもできるんだと思います。

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  10. まきりんこ

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    医師や看護師などは、身体に対する技術的な面での働きかけが、やはりメインかなと思ったのですが、臨床心理士も、こころに対して技術的に働きかけるというニュアンスが強いのでしょうか…
    こころは技術でどうにかなるものではなく、翠雨さんが、↑に、臨床心理学や心理療法ならと書いたのはそういう感じかなと思いました。
    こころの問題で薬を飲むことは、まさに技術的なことでアプローチすることに他ならないのかなと思いました。
    人との繋がりが持てなかったから、お酒(ある意味技術的なもの)に癒しを求め問題化していたのに、また結局人との繋がりでではなく、技術的なものに頼るしかないとなると絶望感はつのりますよね。
    その前に自己中的な考え方がそもそも致命的だった気がします。
    これもつながりを失っていた結果なのかもしれないですが…。

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  11. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >まきりんこさん
    言葉をきちんと定義してから書かねばならないので、簡単にお答えすることはできませんが、臨床心理学にも技術はあります。ただその技術の質が他と違うのだと思います。職人に近いかな。
    自己中心的というのは仏教が指摘するだけあって、根本的な諸悪の根源ですね。

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  12. まきりんこ

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    経験と勘ということなのかなと思いました。
    ところで、自己中は大乗仏教で「凡夫」といわれてるものですね。
    偶然最近何かで読みました。
    自分だけは死なない、自分だけは障害者にならない、差別などもってのほかだが、自分は助ける側…など、あらゆる自分の中の考えが浮かび上がりました。
    差別するこころが自分の中にもあったことを気づきませんでした。
    自分本位なのは、つながりが希薄な状態だからかな…。
    自己中を脱するには、真に愛することかなと思うのですが、愛するというのはどういうことか、その為にはどう生きたらいいのか、それがよくわかりません。
    愛に関する名著をいろいろ読んだりして掴もうとしましたが、いまだ掴めません。
    恐さもあります。

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  13. 翠雨PTSD心理学研究所

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    >まきりんこさん
    難しい問題ですよね。
    おそらく誰もが一生かけて取り組む課題なのでしょう。極端に人を傷つけたりしていない場合は(これに該当すると思います)、長期戦という視点も大事ですよね。
    生きている以上、迷惑かけないなんてことはないですしね。開き直る人には聞かせたくないですが。

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