ペルーでコウモリにかまれた子ども12人死亡【PTSD伝説ドラキュラ】の象徴性

南米ペルーで

先住民の子どもが

少なくとも12人

コウモリにかまれた後で

狂犬病を発症して

(狂蝙蝠病?)

死亡しました。

 

地元住民らは当初

魔術のせいだと信じていたようで

予防措置をとるのが遅れたそうですが

 

先進国を気取っていても

近所づき合いをすればPTSDを発症しにくいなんて

ハーバード&東北大仕立ての

迷信が堂々と流布していますから

笑えないですよ。

 

PTSDと言うだけマシで

hutu-

フツーとスルーしたり

(摂食障害やリスカが

PTSDと知らない)

 

yjimageZKMWL5WY

発達障害にでっち上げたりしています。

(象徴性が感じられないのだそうですが

見方がおかしいだけだと思います)

 

こういう先生方に

「ドラキュラ」の画像検索結果

ドラキュラ(加害者型PTSD)に噛まれたら

ドラキュラ(被害者型PTSD)になるなんて言ったら

迷信です!って

論文ボツにされるだけでしょう。

 

今の学会は

心理学の墓場です。

 

6 thoughts on “ペルーでコウモリにかまれた子ども12人死亡【PTSD伝説ドラキュラ】の象徴性

  1. franoma

    自分は専門が全然違うので…昨日は、30年くらい前に科研費を取ろうということで「重力波通信の基礎研究」グループに行きますか?…と当時の恩師に声をかけられて、お断りした話をツイッターで書いて( https://twitter.com/franoma/status/697939947647422464 )ウケてしまいました。ウケは狙っていませんけど「事実は小説より奇なり」ですよ。

    夫が911同時多発テロ詐欺で変になったし、息子は「発達障害論」で攻撃されるしで、専門違いなのに、あれこれ観察して、読んで勉強して、今日に至ります。idthatidさまも、本当に心理職なら、ここで一緒にやり取りなさって勉強したら良いと今も思っています。匿名で参加できますよね?

    「今の学会は
    心理学の墓場」
    という状態だから、自分の頭では考えられない若い人が変になってしまうのだと思います。
    昨日、コメント欄( http://bit.ly/1Ry1Rbt )で「査読」が変という話が益々変になっているようで、立て直しが大変ですね。

    医学系も複合汚染の時代にあって、査読付き学術誌が変になっているようです。
    http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-416.html#trackback41
    にトラックバック記事
    http://franoma.blog.fc2.com/blog-entry-63.html
    を書きました。

    内海聡氏のfc2ブログの最新記事
    http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-420.html
    「日本人は世界一嘘つき」
    も要するにPTSDが蔓延しているので解離性ウソつきも跋扈している…ということですね。

    返信
    1. wpmaster 投稿作成者

      優曇華(何千年?かに一度咲く花)なのか胡乱(よくわからない)話なのかのうどん談義ですね。
      盛り上がる話はダジャレがしっかりしています。
      1番正気を保たれている、あ*さんの周囲で「ボケ」が起きるという対比がまた面白いわけですが。

      私も同じ頃、「臨床心理士どうする?」と訊かれてお断りしました。
      当時は判子だけでとれたんです。
      末代の恥と考えましたが、「巨大洗脳商法」とは当時は気づいていませんでした。

      「添加物も世界一、農薬も世界一(もしくは世界二位)、放射能も世界一、電磁波も世界一、CT保有も世界一、病気になる率も世界一、奇形や障害児の発症も世界一(もしくは世界二位)」「ガラスのプライド」とは、痛快ですね。
      あちらにも匿名をいいことにおかしなことを書き込む人が少なくないようで、スラップ訴訟も起こされて、私どころの騒ぎではないですが、どさくさに紛れて日頃隠している「ウソつきであること」「礼儀も非常に悪い人種であること」を、idthatidも露呈してしまいました。普通の人は、匿名だからってあんなことできません。

      Yahoo!検索でも「ウソつき」と認定されていて、人のことを頭が悪いと言ってましたが、「バカ」も並んでいます。
      1番言われたくなかった言葉があるようですが、それは書かないでおいてあげましょう。

      返信
      1. franoma

        翠雨先生と、こちらでやり取りして、idthatidさまは「理性」と「打算」を混同しているのではないかという疑いから、気づいた点があります。それは、
        「持ちつ持たれつ」と
        “give & take” の大きな差です。
        後者は理性が欠けた(つまり哲学のない)「打算」だけでも可能ということです。
        年端のいかない息子に故意にタバコの煙を吹きかけた、くだんの心理職=大学教員ご夫妻も、「大人の連帯」を呼びかけて “give & take” の関係は構築できますが、哲学がないのでした。人情がないというのとは違います。彼らは西洋白人文化に属しているので、その言葉を用いれば、 “amor” はあるけれども “caritas” がないのです。すると、贔屓の引き倒しは可能ですが、(子どもも含め)他者の「内面の自由」を大事にするなどということは、できません。彼らは、そのことを「唯物論的で科学的」と勘違いなさっているようですが、科学は必ず真っ当な科学哲学があってこそ可能になる社会的な営為なので、彼らが言う「科学」は「似非科学」です。唯物論哲学も単なる素朴実在論とは違うのです。

        「合理性」という概念についても、誤解が多いようなので、他所さまのブログにコメントしました。
        http://ameblo.jp/minshushugi/entry-12127182518.html#c12821965877
        29. Re:無題
        >みょうさん

        傍から失礼しますが、
        アベ政治の冷酷さを支えているのは、
        「合理性とか損得」ではなく、
        「合理性のない打算」ではないでしょうか。

        合理性のない打算だから、PTSDが蔓延してしまい、
        社会が機能しなくなります。

        打算的でも合理性があれば、一応、機能するものですよ。
        例えば、かつての英国のサッチャリズムのように。
        あ* 2016-02-13 17:49:51
        ===コメント内容おわり===

        ただし、無意識は、かなりのことを(言語化できなくても)知っており、合理性があって、打算的ではありません。それゆえ、英国のサッチャーさんが首相時代に、人頭税を導入しようとしたら、英国民の集合的無意識から猛反発を食らい、できませんでした。打算が露骨だったので、受け入れられなかったでしょう。

        一方、社会の内部崩壊を促進してしまうアベ政治は、非合理主義と打算ばかりが目に付きますね。

        非合理主義も打算も排して、人類の福祉のために学問を進めようとする人たちは、理系であれ文系であれ、対立は一時的なものであり、必ず、人類の福祉のために合意形成ができると科学者は確信しています。

        東大理学部の早野先生とも、一切、面識はありませんが、PTSDが社会に落としている影をご理解いただければ、「知らぬが仏」では、放射能汚染時代はサバイバル不可能だという点で早晩、合意できる筈です。

        合意形成ができない相手は、哲学が欠けているが故に「合理性のない打算」で「“give & take” で行きましょう」と言ってくるidthatidさまのような心理職や精神科医、教育職だと言えます。

        親子で箱庭療法という翠雨先生のアプローチは、言語化できなくても親子が共有するレベルの集合的無意識に支えられた表現を可能にし、PTSD予防にもPTSD克服にも繋がる自然治癒力を作動させると言えますね。

        返信
        1. wpmaster 投稿作成者

          対話はほんとうにありがたいことで、いろいろなことが見えてきます。
          おかげさまで、さきほど学会発表の抄録が8割くらい完成しました。
          私のなかでは、この件は「ゲーム・オーバー」と感じています。こんな日が来るとは思えませんでした。
          あとは慰謝料をもらうだけです。
          (アメリカ人だったらたくさんもらえますが、黄色いサルだとPTSD抜きなので期待できません)

          今年は「ストーカー」で行きます。

          教えて頂いたことを数量化して、今日中にその分をお返しするなんてことはできないわけですよね。
          お返しできないことは、また別な場面で違う方にお返しできるかもしれず、神さまはそれを赦してくださると思います。
          私の神さまは、集合的無意識で、箱庭にはそんな神さまが宿るのだと思います。

          学会では「一緒にするなんて」という意見が今でも半分はあると思いますが、これはこれで他の方法では得られない有意義な意味があるのだと確信できました。
          (どもりの精神科医なら即却下でしょう)

          打算的でありながら理性的だと思っている人には理解できない世界でしょうね。
          どなたがお書きになったのかわかりませんが、あの方の職場のサイトには、箱庭もあるけど、あくまで言葉でやりますと「わざわざ」書いてありました。
          いろいろなやり方があってよいわけですが、問題はそこだろうと思います。

          私なら、知りたいことがあれば、頭を下げて教えを請います。
          90になっても100になってもそれは変わらないと思います。

          あの脅して手に入れようという強盗的手法には驚きました。
          「打算」の漢字の意味を遥かに超えています。

          メディスンマンさんの、「今だけ、カネだけ、自分だけ」はなかなかだと思いました。
          メディスンマンさん見てますかぁ?

          返信
          1. あ*=franoma

            “《観察主体》は胎児期に立ち上がっている” という《観察事実》を共有(←自然人類学)して、
            “言葉の届かない時代” に
            胎児-妊婦の間でネゴシエーションが十分に成立していなかったPTSD現象に対処するには、
            母子合同箱庭療法が著効する…これを世界人権宣言を共有する《人類共同体》レベルで認識できれば…と思います。そうすれば、トニー・アトウッドさんに “Stop it!” セラピーをして差し上げる必要もなくなるでしょう。

            警察&司法が正常に機能しないように頑張る慶應ガールズ&ボーイズが[加害者型PTSD]だという認識も広く共有できるでしょう。

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