忌野忌『ヒッピーに捧ぐ』再考でPTSD予防

2009年5月2日

忌野清志郎さんは他界されました。

毎年命日前後に開催される

「忌野忌」にファンの方々は集い

思い出話をされるそうです。

渋谷にあった屋根裏という小さなライブハウスから
本日閉店するライブハウス下北沢屋根裏ーー怒髪天、Theピーズらが別れ ...
一気に武道館に躍り出たRCサクセションですが

不遇の時代にレコーディングされた

1976年に発売

すぐ廃盤

1980年に再発売

『ヒッピーに捧ぐ』は

ビッグになる夢を見ていたヒッピーというあだ名の

サブマネージャーが

うつ病と診断される状態になり

PTSDですね。

人身事故で亡くなったことを悼んだ歌です。

お別れのお知らせも儀式も必要だけど

仏教では

お葬式だけではなく

何度も何度も法事をしますからね。

それだけでは何ともやりきれなくて

「人身事故で」「死亡した」というような客観的事実では

科学的説明など望んでいない。

何も納得できなくて

子どもであっても

哲学的な疑問が腑に落ちるまで考え続ける過程

普通のことができなくなり

電車に乗っていたが降りてホームで号泣

乗客はただの豚に見えるほど異質

(ある種の離人的表現)

死者に語りかけたあと

ちょっと遅刻して

日常に戻ったという内容です。

喪服を着ていないとわからないけど

群衆のなかには

一定数そういう人が含まれているってことですね。

こういう名状しがたい悲しみや空虚感を表現し

多くの人々に共感してもらえたことが

傾聴さえされればトラウマは癒える。

ただ発散しただけの解離表現ではなく

奥底にどうしようもない悲しみを抱えながらも

まっすぐ前を向き元気でいようとしているのがわかるから

(陰陽五行的に「気」の扱いが重要)

大衆に共感される。

創作の原動力となったのかもしれませんね。

傷が元通りになるという二元論☯ではない展開に

清志郎さんは

世の中のいろんな間違いに気づき

啓蒙するリーダー的存在のように見えましたが

結局は標準治療を受け

よくある謎

カビだらけになって死亡しました。

令和のヒッピー

元祖ヒッピーたちによる

LSDの心理実験により

酩酊と「覚り」は別物であり

PTSDの芸術療法にクスリは不要という結論が得られた。

先行研究としての

過去の表現者から学ぶことは

科学的研究の常識

御霊の成仏ともなり

その人も救済されることにつながるでしょう。

自分こそが仏教をアップデートするなんて

豪語しておられるのはどなた?

2 thoughts on “忌野忌『ヒッピーに捧ぐ』再考でPTSD予防

  1. ドラゴン

    おはようございます😃
    「PTSDの治療の芸術療法に薬は不要である。」
    という事が「PTSDの治療に薬は不要である。」という検証がされると良いな..あっ、芸術療法に反対しているのではなく(寧ろ、芸術療法は大好き❤)、お薬はヒトであるということのvalidityを歪めちゃうから自分で回復してるか否かがわからなくなっちゃうんです(=着ぐるみだけが回復した状態でもホントの自分が一時的に治った感覚を持ててしまう)。

    返信
    1. 翠雨 投稿作成者

      「PTSDの治療に薬は不要である。」とも書けばよかったです( ..)φメモメモ
      教えてくださってありがとうございます<(_ _)>

      覚るのは究極のPTSD治療法なので(心理療法はプチ覚り)、覚り≠酩酊ってことで、実証済みなのでした。
      そもそも仏教アップデート豪語する人たち並みの愚問の立証ですけど(笑)

      確かに治ってない人ほど(酔ってるから)自信満々です(笑)

      返信

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