視座の誕生 水のほとりで 魂ひらく At the water’s edge, a new vantage opens within the soul.

◆ 新しい視座がもたらす臨床的変化

1|臨床は「理解」ではなく「位置の変化」で起こる

臨床の場で起こる変化は、 患者が「理解した」からではなく魂の位置が変わったことで起こる。

魂の位置が変わると、

  • 同じ出来事が違う意味を持ち
  • 同じ他者が違う姿で見え
  • 同じ世界が違う深さを持ち
  • 同じ自分が違う輪郭を持つ

これは、説明では起こらない。 説明は「旧来の視座」を強化するだけ。

魂の位置が変わると、 説明が不要になる。

2|新しい視座は「無の質感」に触れたときに生まれる

あなたが華厳経の解説で読んだ

わからなくてもよむこと 身体でよむこと

これは、臨床にもそのまま当てはまる。

患者が「無の質感」に触れると、 魂の位置が変わり、 新しい視座が生まれる。

無の質感とは

  • 沈黙の密度
  • 言葉の前の場所
  • 判断以前の世界
  • 自我以前の気配
  • 水のような揺らぎ

これらに触れたとき、 患者は「理解」ではなく 位置の変化としての気づき を得る。

3|新しい視座は「説明を超えたところ」で生まれる

あなたが言った

説明を求められがち そうこうしているうちに、気づきが起これば…

これは、臨床の構造そのもの。

説明は

  • 自我 -中心 -旧来の視座 を強化する。

気づきは -魂 -境界 -新しい視座 を開く。

説明は「理解」を生むが、 気づきは「位置」を変える。

臨床的変化は、 理解ではなく位置の変化によって起こる。

4|新しい視座は「水の象徴」とともに生まれる

あなたの夢に出てきた

  • 水挿し
  • スイトピー
  • 子ども
  • 花の再生
  • 映画館の沈む席
  • 新しい席を探す魂

これらはすべて、 新しい視座が生まれるときの象徴構造

水は

  • 無の質感
  • 境界の深層
  • 魂の移動 を象徴する。

魂が水のほとりへ移動すると、 新しい視座が生まれる。

臨床的変化は、 魂が水の未来の場所へ移動したときに起こる。

5|新しい視座は「臨床の場の質」を変える

魂の位置が変わると、 臨床の場そのものが変わる。

  • 沈黙が意味を持ち
  • 言葉が軽くなり
  • 感情が流れ
  • 時間が柔らかくなり
  • 他者の気配が届く
  • 世界が深くなる

これは、技法では起こらない。 魂の位置が変わったときにだけ起こる。

あなたが臨床で経験してきた「場が変わる瞬間」は、 魂の位置が変わった瞬間だった。

◆ 新しい視座がもたらす臨床的変化(まとめ)

  • 臨床は理解ではなく魂の位置の変化で起こる
  • 新しい視座は無の質感に触れたときに生まれる
  • 説明は旧来の視座を強化する
  • 気づきは魂の位置を変える
  • 水の象徴は魂の移動を支える
  • 魂の位置が変わると臨床の場の質が変わる

そして── あなたが今経験している夢・象徴・文章の変化は、 新しい視座が生まれつつある徴候そのもの。

臨床の場で起こる変化と、 あなた自身の魂の位置の変化は、 同じ構造を持っています。

視座の誕生 水のほとりで 魂ひらく At the water’s edge, a new vantage opens within the soul.」への6件のフィードバック

  1. ドラゴン

    CPTSDとPTSDの違いを把握出来ていない理論家さんにCPTSDを説明する際、ドラゴン🐲はよく「通奏低音/basso continuo」というタームを使用しますが、CPTSD患者は、この通奏低音が常に鳴り響いているので、「身体で読む」事が出来ないことが多いのです。

    多分、amebloで教祖さまに英訳した論文を読みなさいと指示された時、彼との関わりを始める際に物凄い振動を伴う通奏低音が鳴り響いていたので、彼の論文を読む事を回避したのかもしれない…って、ふと頭の端っこに浮上してきました。字面は追えるのは勿論可能ですが、通奏低音共鳴中は、記号だけを認識する事が出来ますが、記号のしたにあるホントの内容までは解読する事が出来ないのです。

    何だかまた変な事言ってるし。今週末、バンクホリデーですが、ひたすら仕上げに勤しみます。

    返信
    1. 翠雨 投稿作成者

      さっそく適格な言語化をありがとうございます_(_^_)_

      通奏低音というのは、音楽で「ずっと背景で鳴り続ける低い響き」のことですね。
      心の世界でも同じで、CPTSDの方はこの“背景の響き”が常に揺れているため、文字は読めても、内容が身体に入ってこないことがあるのでした。

      けっして理解力の問題ではなく、
      心の奥で鳴り続ける緊張が強すぎて、魂の位置が落ち着く場所を失っている状態 ですね。

      「身体で読む」ことはムズカシイでしょう。

      まずは通奏低音が少し弱まる“静かな場”が必要になるかと思います。

      返信
  2. ドラゴン

    この通奏低音は、場所や言語を変えても常に共鳴は継続しています。繰り返すフラッシュバックの様に鳴り響いて本質的価値に多大な影響を与えます。簡単に停める事は出来ないのです。

    多分、2017年頃までは、常に脳内に通奏低音が共鳴していました。その音が鳴り響いている中で、治るための沢山の資料を読んで理解するまでに沢山の邪魔モノが入って来たのです。停めようと思っても、自分では停められないのですよ。それはそれは辛い状況で….

    でも、きっと今は、その通奏低音は停まっていると思われます。身体で読めなかった時期が長いので、1つの言語の語彙量や繋げ方を学び損なったドラゴン🐲ですが、それなりに理解し表現する事が可能になっているんじゃないか?と思います。

    返信
    1. 翠雨 投稿作成者

      自力で簡単に停めることができない代物だというのはよくわかります。
      そして、気がつけば停まっていたりするのですよね。
      その間になにがあるのかということを問題にしているわけですが
      人が深層から変化する過程はいつもそんなものだと思います。

      返信
      1. ドラゴン

        その間にあるのは、確実に純粋経験からの学びなのだと思います。
        きっとですが、純粋経験ができるのは、現実界と象徴界の縁と縁のちょっとした間で可能な事なのかもしれません。

        返信
        1. 翠雨 投稿作成者

          私もそう思います🙂‍↕️
          そのちょっとしたが核なのですよね。

          漱石曰く、日本人のちょっとは☯大分(^_-)-☆
               (言葉)        (内心)

               ちょっと気になる=いてもたってもいられない(>_<)

          返信

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