★象徴・夢・物語★」カテゴリーアーカイブ

夢・物語・建築に現れる象徴を深層から読み解く棚。

真言ひらき 意馬の影と 心むすぶ Chanting opens the mind, where Sima Yi’s spirit-animal quietly dwells.

昨日は

哲学会のロックスターのお友達に会いに行きました。

楽しすぎた🤭

 

本日は

その元祖のひとり

仏教界のスーパースターのお誕生日です。

伝説の人ですね。

さて

真言とは何でしょう?

辞書を引いても

 「いつわりのない真実の言葉(マントラ)」として

仏や菩薩の智慧と力をあらわす神聖な言葉を指し

唱えることで煩悩を除き

加護や悟りに近づくとされる。

その真意はつかめないし

仏の真実の「ことば」は

人間の言語活動では表現できない

この世界やさまざまな事象の深い意味

すなわち隠された秘密の意味を明らかにしているから

唱えることが奨励されている。

— 自分も言ってみる(聴こえる)

— 自分に帰依する。

バベルの塔のように

テクニックで安直に

答えをつかみに行くことが禁忌であることだけはわかります。

セルフの逆鱗に触れ解体の危機(>_<)

 

それは何も信者さんたち向けのお話ではなく

バベルの人々は

「同じ言葉、同じ表現」で完全に一致していた。

それを

神ではなく

「自分たちの名を上げる」ためにつかい

— また「散らされないように」

塔を建てようとしたので

神はその一致を

「危険な方向への団結」と見なし

言葉を混乱させた。

— 聖書が繰り返し批判する“高慢”の構造

宗教や哲学を源流とする

心理療法でも言えることですね。

言葉は記号ではない等と説明されている部分

— 頭で考えるのではない。

その背景にあるコンプレックス(複合体)ごと

— 主語でも述語でもなく

こころで読みます。

— イメージ

ブルースリーが強かったのも

原理を生きていたからで

司馬懿も箱庭してました。

— いつも馬と一緒

— 昔の軍師の常識 

 

宗の径 ユングの影と WE結ぶ Along the path of the sacred, Jung’s shadow joins the turning of WE.

 

本日は

1798年(寛政10年)

本居宣長の『古事記伝』全44巻が完成した日で

 

ユングのお誕生日です。

 

 

牧師の家に生まれて

宗教的不可解に苦しんだ

ユングが考案した心理学は

今でも臨床心理学の最終貯蔵庫だけど

東洋やアフリカとの関係も触れはした。

古事記風に書き直される必要があります。

 

 

 

あなたもスタンプをGETしよう

妖怪学あたりから…⁈

 

 

本日は

WEターン鑑賞しておもしろかった🤭

百聞は一見に如かず

松は松 竹は竹なる 善の風 Goodness unfolds as each being becomes itself—pine as pine, bamboo as bamboo.

善とは

 

自己の発展完成 self-realization であるということができる。

自己実現 @ユング

即ち

我々の精神が種々の能力を発展し

円満なる発達を遂げるのが最上の善である

(アリストテレースのいわゆる entelechie が善である)。

どんぐりが樫の木になる。

バラにならなくていい。

桜にはなれない…

(日本では)

竹は竹

松は松と各自その天賦を充分に発揮するように

人間が人間の天性自然を発揮するのが人間の善である。

西田幾多郎

人魚姫はポニョに

床下の小人はアリエッティに

意訳されるのが日本風です。

 

 

 

 

 

場所ひらき 司馬懿の影 心に宿る@三国志とPTSD治療

 

■ 心理療法の核心を描く三層構造

― 曹叡晩年の物語を素材として ―

三国志の曹叡の晩年に描かれる一連の場面は、歴史物語として読めるだけでなく、心理療法の現場で繰り返し観察される「治療の核心構造」を極めて象徴的に示している。 本稿では、宦官・司馬懿・息子たちという三者を、心理療法の三つの層—— 治療者の影の側面/現実の保護者へのアンビバレンス/負の連鎖の継承 として読み解く。

この三層構造は、治療者とクライアントの関係、クライアントと現実の支援者の関係、そして世代間連鎖という、心理療法のもっとも深い領域を立体的に示す素材となる。

◆ 第一層:宦官=治療者の「影の側面」

曹叡は死の恐怖に直面したとき、宦官に向かって初めて本音を語る。 宦官は、どのような言葉も否定せず、受け止め、逃げ場を与える。 この構造は、心理療法における「自由にして保護された空間(free and protected space)」の典型である。

しかし、宦官は善意から受容しているのではない。 気弱になった君主を篭絡し、依存させ、支配するために“受容”を用いている。 ここに、治療者が持ち得る「影の側面」が極端な形で表現されている。

治療者の受容は、

  • クライアントの退行を促しすぎる
  • 過度の依存を生む
  • 治療者の影響力が肥大化する という危険を常に孕む。 宦官は、この危険性を歴史物語の中でデフォルメした存在であり、治療関係の脆弱性を象徴する。

◆ 第二層:司馬懿=現実の保護者へのアンビバレンス

曹叡が宦官に語る本音は、すべて「司馬懿」に向けられている。 司馬懿は、曹叡にとって

  • 恨みの対象
  • 恐怖の対象
  • 依存の対象
  • 救済の対象 という矛盾した位置にある。

この複雑な感情構造は、心理療法でいう「現実の保護者へのアンビバレンス」に一致する。 PTSDの臨床では、クライアントが現実の支援者(家族、医師、支援者)に対して、 助けてほしい/しかし怖い 信じたい/しかし裏切られる気がする 頼りたい/しかし支配される気がする という両価的感情を抱くことが極めて多い。

曹叡が司馬懿に抱いた感情は、このアンビバレンスの極端な形であり、 「恨みと救済願望が同居する心理」 を鮮やかに示している。

◆ 第三層:息子たち=負の連鎖の継承

曹叡は死の直前、幼い息子たちの未来を案じる。 しかし息子たちは、父のPTSDの構造を知らないまま、その影響の中で育つ。

心理療法の中心テーマのひとつに「負の連鎖」がある。 親のトラウマは、

  • 恐怖
  • 恨み
  • 不安
  • 過剰な期待
  • 過剰な警戒 として子どもに伝わる。

曹叡の息子たちは、父の未解決の恐怖と恨みの影響を受けながら、 「知らないうちに負の連鎖の中に生きる」 ことになる。

心理療法は、この世代間連鎖を断ち切るための営みでもある。 曹叡の物語は、連鎖が断ち切られなかった場合の構造を、歴史的事例として示している。

■ 結語

曹叡の晩年の場面は、心理療法の核心を三層構造として描いている。

  • 宦官=治療者の影
  • 司馬懿=現実の保護者へのアンビバレンス
  • 息子たち=負の連鎖の継承

この三者の関係は、 人が本音を語る瞬間の脆さ、 依存と支配の危険、 救済への期待と警戒、 そして世代間連鎖の重さを、 歴史物語の形で立体的に示している。

心理療法の現場で起こることは、この物語の縮図である。 治療者は宦官の影を自覚し、 クライアントは司馬懿へのアンビバレンスを抱え、 そしてその背後には必ず「息子たち」が存在する。

この三層構造を理解することは、治療の核心に触れることであり、 臨床家にとって不可欠の視座となる。

恨火やみず 胸の井戸 @司馬懿も手に焼くPTSD君主

こんなことまで黙って ↓ お世話しながらの軍師は大変(>_<)

曹叡の病 ― PTSD理論からみる「恨みによる生の破綻」

1. 病名が語られない「病」の正体

劇中で曹叡の病名は明示されない。しかし、症状の連続性・誘因・反応の質を総合すると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の特徴と強く重なる。 特に以下の点が顕著である。

  • 過覚醒(hyperarousal) 不安要素を聞くと、寝たきりの状態から突然起き上がり、喘息様の発作を起こす。 これは外傷記憶に関連する刺激に対する過敏反応であり、PTSDの中心症状。
  • 再体験(flashback)と誤認 医師の言葉「天のご加護があります」を「死の宣告」と誤認し、呪詛と受け取る。 皇后の名前の音が皇太后と似ているだけで「母を殺した者」として攻撃しようとする。 過去の外傷体験が現在の人間関係に重なり、現実検討がゆがむ典型的な再体験反応。
  • 感情調整の破綻と攻撃性 宦官という最も近しい存在にまで殺意を向ける。 これは「外傷による恒常的な脅威感」が極限まで高まり、周囲がすべて敵に見える状態。
  • 自己像の崩壊 「まだ36歳なのに、なぜ死なねばならぬのか」という嘆きは、 自分の人生が外傷によって奪われたという深い喪失感を示す。

これらは、単なる身体疾患の危篤状態では説明できない。 曹叡の病は、外傷体験が人格の中心を侵食し続けた結果としての精神的崩壊である。

2. 外傷の起点 ― 父による母の殺害

曹叡のPTSDの核は、幼少期に父親が母親を殺害したという事実である。 これは、PTSD研究において最も重篤な外傷の一つであり、以下の特徴を持つ。

  • 加害者が保護者であるという二重の裏切り 子どもにとって「守るべき存在が破壊者になる」ことは、世界の根本的な安全感を失わせる。
  • 母の喪失と父への恐怖が同時に刻まれる 喪失と恐怖が同時に起こると、外傷記憶は強烈な形で固定される。
  • 外傷の象徴化の失敗 母の姿を絵師に描かせ続けたが、理想像が描けないと激怒し絵師を何人も殺害した。 これは「外傷を象徴化しようとして失敗し、破壊的行動に転じる」典型的な反応。

曹叡は母を失っただけではなく、 「母を殺した父の血を自分が継いでいる」という自己嫌悪と恐怖を抱え続けた。 そのため、皇太后や司馬懿といった“母の代替像”に恨みを投影し続けることになった。

3. 恨みによる生存戦略

曹叡は「恨み」によって生き延びてきた。 PTSDの一部の人は、外傷による無力感を補うために、怒りや恨みを自己防衛の中心に据える

  • 恨みは「自分を守るための鎧」として機能する
  • 恨みを向ける対象が明確であるほど、自己の境界が保たれる
  • しかし恨みは、長期的には自己を蝕む毒となる

曹叡の人生は、 「恨みを向ける対象が変化し続けることで、かろうじて自己を保つ」という構造だった。 父 → 絵師 → 皇太后 → 司馬懿 → 医師 → 宦官 と、恨みの対象は常に移動し、彼の世界は狭まり続けた。

4. 危篤状態での「一瞬の回復」

宦官に「私は父から継いだが、守りきれぬ」と言い受容した瞬間

曹叡は子どものころの利発な表情に戻る。

これはPTSDの治療過程で見られる「外傷記憶の統合」の一瞬に似ている。

  • 自分の立ち位置が確認できる
  • 外傷の意味づけが一瞬だけ整理される
  • 恨みの鎧が外れ、素の人格が顔を出す

宦官が涙ぐむように喜んだのは、 曹叡が「本来の自己」に触れた瞬間を目撃したからである。

しかしその回復は長く続かない。 外傷の重さがあまりにも大きく、恨みの構造が長年固定化していたためである。

5. 恨みによる短い生涯

曹叡は君主でありながら、 「司馬懿が死ぬ前に」という狭い時間感覚の中で生きている。 これはPTSDの特徴である「未来の喪失感」「世界の縮小化」を示す。

  • 世界は外傷の延長としてしか認識できない
  • 人間関係は恨みの連鎖で閉じていく
  • 時間は外傷の反復としてしか流れない

恨みによって生き延びたが、 恨みによって人生が短く終わろうとしている。 曹叡の病は、外傷が人格と統治を同時に破壊した悲劇である。

6. 結語

曹叡の病は、単なる暴君の狂乱ではなく、 幼少期の外傷が生涯にわたり未処理のまま残り、 人格・判断・人間関係・統治のすべてを侵食したPTSDの物語である。

彼の短い生涯は、 「恨みを生存戦略として選ばざるを得なかった人間の悲劇」 として描かれている。

百尺竿 なお一歩の 風ひらく @村主章枝さんとポニョと道元と

私の直観がとらえたものの位置

私は

ジブリ作品『崖の上のポニョ』というタイトルに触れたとき

なぜか道元の言葉――「百尺竿頭一歩進めよ」を

直観的に思い起こしました。

この直観は

単なる連想ではなく

悟りの構造を言葉でイメージ化した

“普遍的概念”を捉えたものだったのだと

今日あらためて確信しました。

 

「百尺竿頭一歩進めよ」は

道元だけの言葉ではなく

禅の古典に広く見られる向上門の教えです。

 

しかし

道元はこの語を最も深く理解し

如浄の教えを受けて

日本の精神文化の中に伝承しました。

 

つまり

私がポニョのタイトルから道元を連想したことは

禅の普遍的原理を

現代の物語の中に看取した直観だったのです。

 

■ 普遍的原理は、時代が変わっても生きている

現代は

村主章枝さんのように

アメリカ人と結婚することが珍しくない時代になりました。

文化も価値観も大きく変化し

個人の生き方は多様化しています。

 

それでもなお

「一生懸命に生きると、次の段階が見えてくる」 という

向上門の原理は

変わらず人々の心に生きています。

 

村主さんが映像で語った内容

―― 「結果ではなく、努力の先に新しい未来が見える」 という言葉は

まさに禅の向上門と響き合っています。

 

時代がどれほど変わっても

人間の深層には

普遍的な原理が息づいている。

 

それを

ジブリは物語として描き

アスリートは身体で体験し

私たちは言葉として受け継いでいるのです。

 

■ ユング心理学が示す「普遍的な場所」

私がこの点にこだわる理由は

ユング心理学の視点から見ると明確になります。

ユングは

集合的無意識には、普遍的な“場所”がある と考えました。

 

それは

宗教・哲学・神話・芸術が 繰り返し到達してきた

深層の構造であり

人間が文化を超えて共有する原理です。

 

禅の向上門も

道元が伝えた「一歩進めよ」という教えも

ジブリが描く“生の躍動”も

アスリートが体験する“次の段階”も

すべてこの普遍的な場所に根ざしています。

私の直観がとらえたものは

この普遍的な場所の“日本的な表現”だったのだと思います。