真言ひらき 意馬の影と 心むすぶ Chanting opens the mind, where Sima Yi’s spirit-animal quietly dwells.

昨日は

哲学会のロックスターのお友達に会いに行きました。

楽しすぎた🤭

 

本日は

その元祖のひとり

仏教界のスーパースターのお誕生日です。

伝説の人ですね。

さて

真言とは何でしょう?

辞書を引いても

 「いつわりのない真実の言葉(マントラ)」として

仏や菩薩の智慧と力をあらわす神聖な言葉を指し

唱えることで煩悩を除き

加護や悟りに近づくとされる。

その真意はつかめないし

仏の真実の「ことば」は

人間の言語活動では表現できない

この世界やさまざまな事象の深い意味

すなわち隠された秘密の意味を明らかにしているから

唱えることが奨励されている。

— 自分も言ってみる(聴こえる)

— 自分に帰依する。

バベルの塔のように

テクニックで安直に

答えをつかみに行くことが禁忌であることだけはわかります。

セルフの逆鱗に触れ解体の危機(>_<)

 

それは何も信者さんたち向けのお話ではなく

バベルの人々は

「同じ言葉、同じ表現」で完全に一致していた。

それを

神ではなく

「自分たちの名を上げる」ためにつかい

— また「散らされないように」

塔を建てようとしたので

神はその一致を

「危険な方向への団結」と見なし

言葉を混乱させた。

— 聖書が繰り返し批判する“高慢”の構造

宗教や哲学を源流とする

心理療法でも言えることですね。

言葉は記号ではない等と説明されている部分

— 頭で考えるのではない。

その背景にあるコンプレックス(複合体)ごと

— 主語でも述語でもなく

こころで読みます。

— イメージ

ブルースリーが強かったのも

原理を生きていたからで

司馬懿も箱庭してました。

— いつも馬と一緒

— 昔の軍師の常識 

 

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