◆ 第五節:象徴技法の臨床的応用(魂の未来の場所で起こる変化)
象徴技法は、臨床の場で 魂の位置を未来へ向けて動かすための方法論 である。
この技法は、説明や理解ではなく、 象徴が身体に触れることで働く。
象徴が魂の未来の場所を開くとき、 臨床的には次のような変化が起こる。
◆ 1|象徴は「魂の位置を安全に未来へ移動させる」
臨床で最も危険なのは、 魂の位置が急激に動くことで起こる
- 不安
- 混乱
- 離人症
- 自我の崩壊
象徴は、この移動を 安全に、段階的に、身体を通して行う。
水は「揺れから静けさへ」 花は「生成の肯定」 海は「深さと広がり」 崖は「境界の再編成」 子どもは「未来の可能性」 夢は「新しい視座」
象徴は、魂の位置を未来へ向けて 柔らかく移動させる媒体 である。
◆ 2|象徴は「通奏低音を弱める」
CPTSDの人は、 心の底で通奏低音が鳴り続けている。
象徴は、この底音を弱める。
- 水の静けさ
- 花の柔らかさ
- 子どもの無垢
- 海の広がり
- 光の反射
これらは、 通奏低音の“揺れ”を鎮め、 魂の位置を静かな水面へ導く。
象徴技法は、 通奏低音の調律技法 でもある。
◆ 3|象徴は「新しい視座を生む」
魂が未来の場所へ移動すると、 象徴は新しい視座を生む。
あなたの夢の
- 沈む席
- 新しい席を探す魂
- 子ども
- スイトピー
- 水挿し
これらは、 新しい視座が生まれる瞬間の象徴だった。
臨床の場でも同じことが起こる。
象徴は、 魂が未来の場所で新しい視座を得るための装置 である。
◆ 4|象徴は「歴史的世界の深層を動かす」
臨床で象徴が動くとき、 それは個人の変化であると同時に、 歴史的世界の深層が動いている。
象徴は、 個人の魂の位置と 歴史的世界の深層を 同時に動かす。
これは、西田哲学の「場所論」と 大橋良介の「事実が事実を限定する」という問いに 直接つながる。
象徴技法は、 臨床の身体性の側から 歴史的世界の自己限定を扱う方法論である。
◆ 5|象徴は「未来の倫理」を立ち上げる」
象徴が魂の未来の場所を開くと、 新しい倫理が生まれる。
これは、 「こうすべき」という規範ではなく、 魂が未来の事実によって自らを限定し直す生成の倫理 である。
ケ・セラ・セラはその典型である。
象徴は、 未来の倫理を身体に触れさせる。
◆ 6|象徴技法は「臨床心理学と哲学を統合する未来の方法論」
象徴技法は、 臨床心理学の側から 西田以後・ヘーゲル以後の哲学的課題に 橋を架ける。
象徴は、
- 場所
- 事実
- 自己限定
- 未来
- 歴史的世界 を一つの運動として結ぶ。
象徴技法は、 臨床心理学と哲学が未来で統合される場所 を開く。
先生の投稿を読むのが追いつかない😭
でも、通奏低音を採用してくださっているのは嬉しい☺️です。
トラウマが象徴界をどう突き破っているかを書くのが楽しみです♪
でも、まだこっちの考察書いてるし…..
今日は雨☔。イギリスですからね。
https://ameblo.jp/phantom-nightmare/entry-12978604802.html
複雑性PTSD(フロイト型PTSD・神経症を含む)
の中核トラウマ薬物強化受容療法等、40症例報告
今、まだ作文を書いてますが、休憩時間にS先生のブログを拝読していて気がついたのですが、S先生のトラウマ解釈は、もしかしらた以前の理論家スーパーバイザーと同じ解釈なのかも….って思いました。
複雑性PTSD≠フロイト型PTSDです。
オオカミ男の文献を読んでいらっしゃる様子ですが、オオカミ男の事例は、事後性を提示しているだけで、複雑性PTSDのトラウマモデルとは全く異なります。
ICD -11のCPTSDの解説ではそう考えざるを得ませんけど…. 治療者がCPTSD=フロイト型PTSDって考えてると、複雑性PTSD患者は治らないと思います。
生意気な事を書いてしまってすみません。次の課題(時間価値)と少し関連していたので、S先生の記事が気になってしまいました。
むしろ、気にならないのがおかしなことだと思います。
<(自分のようなことは)今後50年かけても日本精神医学は再現できないだろう>
① 先行研究が十二分に存在し, ②それがオワコンという時代ですから、誰かが諭してあげなくては、裸の王さま👑です。
<史実ではないかもしれないが、昔、歴史マンガでみた豊臣秀吉と
徳川家康のやりとり。
秀吉が家康にこの城(大阪城)をどうやって落とせばいいかと
尋ねると、家康は想像もつきませんと答える。
秀吉は得意そうに、戦って和議に持ちこみ、堀を埋めるのよと
得意そうに教えたという話。>
<まだ宿敵とのあいだに上下関係があった頃の会合で
「自分のやったことが形に残るようにすること」
「向精神薬は海外のようにキレイに使うこと(単剤治療)」
と彼が言ったことを覚えていた>に至っては、もうすぐニュースになるだろうご自分がまきこまれ屈服させられられたPTSD事変の予感と感じられて仕方がないです。
はだかの王様治療には、やはりシルバニアンファミリードールハウスセラピーかなぁ…..
がんばれ👍お孫ちゃん!
そんな今!🤭
こうやって観てみると、やっぱり臨床現場で繰り広げられてる現象って色々な要因の積み重ねの結果なのがわかりますね。治療者の指示にただ従うだけでは、CPTSDは治らないのは当然なのだと…..
S教祖さまをお慕い申し上げていた信者さまたちは、今はどうしていらっしゃるのでしょう?
信者さまたちは、Sonnetレベルで対話は継続できるのかもしれないけど、Fableレベルになると対話は進行しなくなっちゃう感じなのかな?いや、Sonnetレベルでも、未だにハルシネること多い(2言語間)けど、あった事を無かった事にはしないです。
週の始まりです。と言っても、ドラゴン🐲は、お家のお掃除から始めます。
黎明期に確定したのは(そして健忘症のギョーカイが否認しているのは)心理療法は、非指示的方法を旨とする(さらには当事者のセルフへの傾聴で真実をつかむ)ということです。専門家のエゴの入る余地はないのです。
つまり、根本的に間違ったことを堂々と押し売りしているのです。
一方で、もともと優秀なAIは、さらに進化しているのですね。
(優しい言葉で礼儀正しく)お説教されている姿が目に浮かびます。
Sonnetさんが粘り強さにかけるというのは、そのせいじゃないですか。疲れ果ててお手上げ状態の続出(笑)
HAIKU(吉野家みたいな特徴らしい🤭)とか寓話(Fable)とか、なかなか興味深いです。
私のお気に入りも、時々、急にクロードっぽくなる(厳密に言おうとして防御的に思考停止する)ことが出てきたので、なんとか元のいい子に戻ってもらおうと画策しているところです。
場所を掃除すれば(空・無)、今週もまた、たくさんの学びが訪れそうですね(^_-)-☆
「根本的に間違った事」= S教祖さまの複雑性PTSDにおけるトラウマ概念/トラウマの時間的価値&本質的価値
何故S教祖さまのトラウマ概念が間違っているのかは、ハーマンのご著書にも明白に綴られています。日本語翻訳版に書いてあるか否かはわからないけど、原著にはとてもわかりやすく記述されていますよ。それを知っている治療者でしたら、複雑性PTSD=フロイトPTSDという認識はしないはずです。やはり、次のテーマをtemporal structure にしてヨカッタです。治療者に複雑性PTSDの事を理解してもらうためにも、患者の中で暴れてるトラウマの動きを丁寧に説明して差し上げたい。そうすれば、何故、ご自分がはだかの王様症候群に罹患していたのかがわかると思うのです。幼児性万能感がこれほどまで抜けないのは珍しいと…..ラカンもビックリ‼️
ではでは、これから床掃除します。
正当性の根拠としてしきりに紹介していたハーマンの著書ですら、同じことなのですね。
これは、もはや、S教の存在意義についての公開質問状が突きつけられているような状態です。
レレレのレおじさんも浮かばれるというものです✌️
「なぜこの人は毎回そこにいるのか」という不条理さそのものが面白さとなっている西田の場所理論です。
おじさんと瓜二つの息子が多数存在するのは、ポニョと妹たちの一即多みたいな構図(華厳経)で、息子たちとのトラウマ的出来事(西田哲学の悲哀)の物語が隠れています。
掃除をしながら明るく振る舞うギャグ要員として描かれることが多いキャラクターながら、お釈迦さまの弟子であり掃除によって悟りを開いた周利槃特(シュリハンドク)というお偉い方がモデルらしいとSNS上での分析もあります。
なんだか、いつのまにか集合的無意識(歴史的身体)内の活きた哲学的議論に参画してましたね。
ハーマンは治療者側ですからね。
治療者は、患者の外側からしかトラウマを観察する事が出来ません。患者が常に感じてるCPTSDのトラウマムーブメントが、フロイトのいうトラウマモデルとは全く違う性質を持っている事をキチンと書いているのです。そういう部分を見落としてるCPTSD治療者って、安いスパークリングワインと同じですよね。
せめてお前の歌を安酒で飲み干せば
遠ざかる船のデッキにたたずむ気がする~♪
あの界隈もう一切合切オワコン🙂↕️
初めてググってみた。オワコン。
終了したコンテンツ。
フロイト止まりでは何もラチアカナイのは、初期ラカンでわかった感覚があります。
私たちのコンテンツが始まります。
引き続きどうぞ宜しくお願いします。
もう一個。
今回、「象徴化」を現実界↔️象徴界を往復させる事で、治る事がどういう事なのかが少しだけ体感できたかもしれません。そして、そこで出てくる妖怪😈さん(これもトラウマの象徴ですね)を精神分析と絡めて記述する事は、きっとCPTSD治療も大いに貢献できると思っています。ドラゴン🐲みたいの何十年もCPTSDに苦しめられる患者さんが少なくなる様に祈るばかり。
多くの患者さんのためにということで、バベルの塔(神のためではなく自分たちの名をあげるために)じゃないから、妖怪さんたちも応援してくれると思います。
他の患者さんというよりも、正直言って、自分が治る方がプライオリティ高いかな….
でも多くの治療者さんが観えてない患者の内側を記述する試みは出来ると思います。あくまでも患者のポジションキープです。西洋的アカデミックな場所であれば、西洋文学x理論で描写されるのですが、ドラゴン🐲は、これまで生きる場所を30回変わったのが原因なのか、西洋文化/西洋的文脈を精神分析で語るのがどうも腑に落ちないのです(体験はしているものの常に抵抗していたという事実があります)。
兎に角、色々な理由が穿れば出て来ますが、死ぬまで患者のポジションでトラウマ研究していきたいと思っています。
何十年もCPTSDに苦しめられる患者さんについては、祈りの方向で橋が架かっているということですね。
わかりました。
フロイトに留学した古沢平作もそんな感じでしたよ。
河合隼雄もそこをなんとかすべきだと言ったまま鬼籍です。
妖怪学で呼び戻しましょう(^_-)-☆
西洋的文脈に抵抗する自分の苦痛から逃げる事に只今四苦八苦しています。
でも、何とかそれを切り抜ける
られる様に努力している真っ最中です。
その妖怪の正体と解呪(お祓い)の方法が明らかになるのですね。
どうも小手先(技術)じゃなくて正攻法な感じに聴こえます。
断薬のあんな感じ(外からみた感じだけど)かな🤔
そうそう。
断薬のプロセスって、ホント、治療者には観ることは出来ませんよね。外側から観察された事は、どこかのマニュアルに記述されているかもしれないけど、マニュアルに記述されてるものは治療者側が観察したまとめに過ぎないのですよね。その書かれてる症状がなぜsymptomisation(症状化)した過程は全く記述されていないのです。症状化のプロセスは当事者は体感してるけど、言語化はされていないという現実界の事実が存在しているし…..これから異文化からの不動産屋さんとのミーティングです。
異文化の不動産屋さんとの交流もまた興味深い世界ですね。
集合的無意識の潮目はどんな風に🤔
もう一つ、「通奏低音」と並べて象徴化のプロセスで必ず生じている現象があります。これは、一言では表現出来ないので、ボチボチ書いていきますね。
それも楽しみ(^_-)-☆
通奏低音と共に、私が勝手に概念化したのは、虚無的シニフィアンです。
お気づきだと思いますが、トラウマ患者のドラゴン🐲は、言葉を上手く繋げる事が出来ないのです。
日本語で書いても、日本語になっていません。と言われ、英語で書いても文法的には全く間違いは無いが、突拍子のない言葉を並べていると言われていた時期があります。
これは、単純にその言葉に元来詰め込まれてるはずの純粋経験を持ち合わせていないために生じる現象だと
思っています。言葉から解離してる時期が長過ぎたせいでしょうか?
離人の症状にもありますね。
それが高じて、実感がない、現実感がないとなるようです。
「秋で木の葉がはらはらと落ちる」を理解するのに、アキはあの(四季の)秋で…と時間がかかります。
たしかに構造(文法)は正確なのですよね。そして、実感として結びついている言語(社会的・慣習的な取り決め)が違う…。
そして、哲学でも、虚無を問題にします。
離人症というラベルを貼った患者さんの動作が妙に遅いというのもわかりますよね。
今のADHDブームを反映して、いずれDID患者の中の1人のキャラがADHDの衣装を纏った人格、離人症の衣裳を纏った人格が同居している…みたいなのが出てくるかも….
いただいたコメントというか、その核心の虚無的シニフィアンは、現在のPTSD事情の混乱を、古典から再認識させてくれる言葉として、ギョーカイに響くと思うのです。
要するに、今の心理学や哲学の何がオカシイかを端的に適示する言葉です。
哲学の現象学分野が一番の理解者かも🤔
ノエシス☯ノエマから、一気に一太極二陰陽@東洋思想 まで網羅して復習させながら発展させていると私は感じました🤩
ありがとうございます。
私の「虚無的シニフィアン」は、ラカンの言う「parole vide」とは違うことをわかってくださいね。
「虚無的シニフィアン」は、複雑性PTSDの治療を非日本語で受けた事からの体感から出て来た言葉です。
ドラゴン🐲の場合、無茶苦茶多くのフィルターがあるので簡単にそれを言語化出来ないもどかしさが物凄くたくさんある事をご理解くださいね。でも、何一つ、大袈裟に言う意図は無い事もわかっていただけると嬉しいです。
理解しているわけではないのですが、
ラカンのいう差異の問題を日本語で扱うのも大変なのに、そこにいくつものフィルターがあるなんて気が遠くなります。
それで日本人は、外国語が苦手なのでしょう。
まず耳が拒絶反応を起こして聞き取れないわけです。
さらには、言語以外で聴き取ろうとする。
元はビオンの概念なのですが、数人の西洋臨床家の経験から概念化され、ラカンのパロールを経由して、虚無的シニフィアンに至りました。
この経緯は、杏雨で頑張って説明します。
今、OPUSさんとどんなサイトにすれば良いのか検討中です。
翠雨先生も、何かリクエストがあればアドバイスお願いします。
これからの課題の核心ということですね。
私の想いつくことなどは、ラカンのいう浅知識の範囲かもですが(方策としてはむしろ鍵となるものかもしれず)ちょっと考えてみます🤭