
少しずつですが
精神科は変化しつつある
ようです。
これまで
統合失調症といえば
遺伝性の不治の病
であるとして
精神科の専売特許の
ように扱われてきました。
治せもしないのに
専売特許かと
反感もあったと
思います。
しかし
タイトルの
柔らかな物腰も
驚きなら
書評も
なかなか
意外な言葉
の
オンパレード
です。
エンパワーメントを
基本にした
統合失調症患者の
回復に尽力する
著者の経験を元に
「心理教育」
「地域生活支援」
「パートナーシップ」を
軸にした支援法の実践
が学べる
とか
統合失調症の特性を
理解しつつ
患者に寄り添いながら
自立・回復を促す支援の
アイデアが溢れていて
精神保健、障害者福祉に
携わる多くの方々必読
など
特に19章は
真の「回復」とは何か?
そのために何ができるのか?
精神科医として
支援者として
隣人として
自らの立ち位置を模索し続ける中で
書かれたそうです。
これって
PTSDの教科書の
キーワードばかりですが
統合を失調している=解離
この盲点に
焦点が当てられていますよ
遺伝性&非遺伝性
陰陽のゼロポイント
です。
遺伝か遺伝でないか
治る可能性があるのかないのか
どちらかしか
ないんです。
教科書の書き換えに
繋がる
歴史的大変化は
もうすぐ
起こるかもしれません。
実は
【PTSD】から
自己実現
(個性化の過程)モデルを
歩かされている
人たちだった!
という
結論は
夢のまた夢として
まさか
かぐや姫をわがまま扱いしたり
スサノヲを不適応や発達障害と
誤認して
平均値に引きずりおろそうと
する片棒を
担がせるような
西洋的二元論に基づく
支援ではないでしょうね。
キェルケゴールでさえ
絶望は
『死に至る病』と
書いてますからね。
その点だけは
念のため
どうしても
書いておかねばなりません。
投稿者「翠雨PTSD予防&治療研究所」のアーカイブ
毒入り餃子の代理処罰 『どらえもん』のジャイアンから【代理規制】の復習をしましょうね。
2007年10月
日本列島を震撼させ
いつのまにか
迷宮入りしていた
事件です。
日本人固有の
忘れっぽさを
反省しながら
いろいろ
学習点を
まとめてみました。
①無差別殺人ケースの般化
これは
秋葉原の事件の
親戚みたいなもの
です。
国籍も
育った環境も違いますが、
待遇不満から
メタミドホスを
混入させたのです。
原因は明らかに
PTSDによる
【解離】です。
メタミドホスの
危険性を知らなくて
あるいは
いくら指導されても
覚えられなくて
さらにはコネで
就職したので
防ぎようがなかったなら
【発達障害】ですが、
違うと思います。
待遇にショックを受け
(人格を否定されたように
感じたのでしょう)
良心を解離させてしまったのです。
②【代理】という自我防衛機制
ショックを受けて
ムリにそれを否定すると
急性PTSDとして
症状が固定してしまいます。
しかし
ショックを与えた対象そのものに
立ち向かえないので
自分のできることを
物理的世界でのみ考え
食品が浮かびました。
『今すぐ
こころを整理しなければ
狂う!』
との無意識からの
誤指令が
普通の人に
【解離】を起こさせ
凶行にむかわせるのです。
良心や倫理観
常識が【解離】すれば
心の世界は
【物理の世界】に
変貌します。
犯行は
力学のみで
できてしまいます。
(こころという抵抗が
働かないのは恐ろしい
ことです)
日本側は中国に
【代理処罰】を
求めるそうです。
母親に甘えられない
ジャイアンが
寂しさから
ノビタをいじめたり
お金はあっても
満たされないスネオが
ノビタに嫌がらせ
するようなものですね。
禅寺では
猫が
結構
とばっちりを喰う
…とか。
みんなちゃんと
『どらえもん』観て
勉強してますか
朝日新聞『獅子頭』第二十九話 【道】という名の日本版【個性化の過程】
二順と雲紗は
キスをします。
ぎこちなかった二順が
一転ウキウキ
していますと
こわもての
王料理長が
真顔で二順を見て
この一流レストランの
従業員のまかないの
レシピを
渡します。
なんとここのプロたち
全員の食事を
一人で作ることになったのです。
二順は
チャンスに
感謝し
雑技舞台のカーテンコールの
時のように
深々と腰を曲げて
お礼をしました。
キスから一転
奇跡が起こる構図に
【一太極二陰陽】
を思いました。
料理修行と
雑技訓練での問題との
二重奏が
始まります。
ごくごく普通の
ありふれた
日常のなかで
何度も何度も
リセットしながら
個性化の過程を
(自己実現)
歩み続けるのが
東洋的な
【道】ではないかと
思います。
キリスト教文化の
ハッピーエンドはないのですが
より深いんです。
PTSDの克服に関しても
【うつ病】
【学習障害】
【適応障害】
【人格障害】
と誤診されて
気力や学力や
常識を
平均に近づける
トレーニングを
させられ
基準値になったら
おしまいという
コースは仮想のもの
です。
鼻⑪ 普遍的自己実現法としてのお稽古
ヨガや
座禅の腹式丹田呼吸
などのよさは
よく知られていますが
普通の生活の中で
自然に
選んでいるものも
案外
凄いなあと
みなさんの
ブログを拝見して
思いました。
そうか
合気道も
あったなあ…
最近の子
下手になってるそうです。
やっぱり…ね。
なんか
当たり前のことが
根本から
変質してきてるんでしょうね。
でも合気道習ってるうちは
大丈夫。
きっと
【一太極二陰陽】を
心身霊全体で
探求し続けることができるでしょう。
楽器の演奏だって
呼吸やイメージを
大事にしなきゃならない。
「クレッシェンドで大きく吸い込み
デクレッシェンドで静かに吐き出す」
そのうち
呼吸も音楽も
自分も
みんな融けて
…
これは
もはや瞑想
ですね。
お子さんが同じ道を選ぶと
それは精神分析で
自分の幼児期を回想するような
設定が自然にできています。
しかも【言葉】ではなく
もっと深く記憶の整理が
できる!というよりは
させられてしまうんだなあ…
そうかぁ…
…なんか目からウロコでした…
それに
楽典にしても合気道にしても
古典つまり
ある種の常識である
集合的無意識に向き合いながら
自分の表現を貫く練習ですから
考えてみれば
日本人が
お稽古好きなのは
豊かに見えて
案外貧しい治療文化を
自力で泳いでいく
無意識の知恵なのかな?
など
いろいろ勉強させていただきました。
ありがとうございます
鼻⑩ スサノヲ 鼻息の荒いもの>心貧しきもの
スサノヲは
感情の起伏がはげしく
泣いたり暴れたり
します。
人間的とも
言えますが
荒ぶる自然の
神格化そのもの
でもあり
神性&人間性
陰陽あわせもつ
存在で
日本人は
全知全能の
至高善の神より
人間性を併せ持つ
スサノヲに
魅力を感じます。
スサノヲの
スサは
【すさぶ】で
ある物事が勢いのままに
どんどんと突き進む
状態や
心のままに
振舞う様を表します。
聖書では
瀕死の状態の人
(心貧しき人)が
たたえられていますが、
古事記では
真逆の
鼻息の荒い
スサノヲが
英雄的扱いを
受けます。
鼻⑨ 鼻を明かす=驚かす
引き続き
YAHOO知恵袋の問答からです。
tpxjt615さんの問い
「鼻をあかす」という言葉は、どういうところから生まれたのでしょうか?
質問日時:2007/4/22 10:56:16.
ベストアンサーに選ばれたa9140n7027さん の回答
由来は「驚かせて鼻をピクピクとさせること」だそうです。
つまり、鼻の存在を明らかにするくらいピクピクさせるということだと思います。
ちなみに、「あかす」は漢字で「明かす」と書きます。
鼻の象徴
スサノヲが
乱暴狼藉を働き
機織小屋の屋根に
孔をあけて
馬の皮を投げ込み
アマテラスに仕える
機織の女性を
死なせてしまった
エピソードを
思いました。
①驚いて
②死んだ
具体的な
一回限りの死も
ありますが、
人生のうちに
リセットする
死と再生の
死もあります。
縦糸と横糸を
折っている人
(陰陽の二元論)を
真上から
驚かせて
(はっとすると
誰でも無になりますね)
悟らせる
リセットの
メカニズムが
浮かび上がります。
神話や禅は
少々乱暴
ですが
人間は
驚かないと
変わらない
頑固なところ
ありますから…
慈悲だと思います。
鼻⑧ 鼻を明かす
YAHOO知恵袋の問答から
asahi_dosozinさんの問い
「鼻を明かす」の語源を教えてください。
質問日時:2009/1/25 07:53:12.
ベストアンサーに選ばれた
teruhiroayatatuさんの回答
黙って 相手を出し抜く事。
です。
色々と調べてみましたが 何故 鼻 なのかは記載が有りませんでした。
私なりに 考えて見たのですが
ア~~~ と思うと 天を仰いで溜め息をつきますので その時に相手の鼻の穴が 明らかに見える
ことから 言うようになったのだと思います。
解決日時:2009/2/9 03:01:11.
いかがでしょう
私も
【うつ病】や
【発達障害】
【適応障害】
【仮病】
と誤診されているものが
【PTSD】だと
証明できたら
鼻を明かせるのでしょう!
鼻⑦ 鼻ルシス ~分析家(analyst)は鼻が利かなければ!
分析は
一般には
analysis
精神分析学者は
analyst
しかし…
学校の勉強についていけないなら
【発達障害】
学校に行く元気がないなら
【うつ病】
クラスになじめないなら
【適応障害】
というような
表面的な
素人判断
ではなく
PTSDの背後にある
スサノヲの
【一太極二陰陽】
の壮大な
自己実現モデル
と
トラウマを
嗅ぎ分けるのが
本物の分析家だと
思いますよ
鼻⑥ 一太極二陰陽の具象化そのものとしての現実の鼻
二つの孔をもち
呼吸という
1つの
機能を
果たしている
鼻
ですが…
*呼気と吸気
があり
*基本的には無意識的なものですが
意識的に
変換することもできます。
*先天的なものであるが
後天的に
コントロールすることもできる
と言ってもよいでしょう。
瞑想は…
*現実と非現実
*日常と非日常
の接点で
自己を見つめることですが
呼吸法が
その水先案内人
となることが多いです。
このように
陰陽を
併せ持ちながら
陰陽を超えた
ものをつかむ
取っ掛かりになる
そんな
超越的な存在でありつつ
生命の維持
に不可欠な
基本中の基本
議論されることも
珍しい
自明のものであるのが
鼻です。
しかし
息の仕方がわからなくなって
過呼吸になったり
瀕死の状態から
息を吹き返したり
します。
生き返るは
息還るかな?
ならば
意気消沈
は息消沈か
息をひきとる
と死だし
…
息はなかなか
味わい深いものですね。
脈絡なく
思いつくまま
書いてみました。
皆さんも
どうぞ
閃いたことを
遠慮なく
コメントしたりして
参加してください
鼻⑤ 呼吸法
呼吸は
意識的にも
無意識的にも
しますね。
そして
浅くしたり
深くしたり
すると
心理状態も
変化します。
なので
瞑想法と
呼吸法は
たいていセットですね。
また
呼吸のしかたを
お母さんから
習って
開始した人は
いませんから
先天的なものです。
つまり
人間には
生まれる前から
ある種の記憶がある
ことの証でも
あります。
無意識的な呼吸を
意識的に
しかし日常と違う
ゆったりした
呼吸にしながら
座禅に入ってゆき
(一太極二陰陽)
自分の脚下
(存在基盤)を
観直すのですね。
鼻は出っ張ってるので
取っ掛かりを
意味するそうですが
誰もが持っている
鼻というものが
リセットの
要になっているのは
ありがたい
ことだと
思います。
人は
神(大いなる自然)
の元では
平等です。