乱暴な観察によって ←目だけ

無意味と片付けられた
クライエントの属性も

ゆったりと
五感で感じようとする ←五行
感性には

確かに生きている
証として
実感されます。

…
【発達障害】研究家は
ユング派なのに
【象徴】を否定するのが
特徴です。
象徴が使えないから
発達障害だという理屈で
ユング心理学まで
否定するのです。
投稿者「翠雨PTSD予防&治療研究所」のアーカイブ
『借りぐらしのアリエッティ』うつ病誤診の嵌め殺し
『借りぐらしのアリエッティ』PTSDの二次被害
堅実に生きていた場所に
ある日突然
別世界がねじ込まれるのは
【ストレスフル】な状況です。
間違った箱庭療法の
暴挙として
私は主張していますし
―箱庭療法自体は素晴らしい
治療法です。
震災や水害などの
天災時
DVによる人災時の
具体的な支援の場に
―限りなく天災に近いですが。
こころが無意識に乗っ取られて
いますから…
起こりがちな
間違いと
考えてもいいでしょう。
ショックが【一時被害】
このようなものを
【二次被害】と言います。
一時被害は
なんとかなることが
多いのです。
しかし
二次被害が起こると
致命的なものに ←PTSD予備軍
なります。
絶望が深まるからです。


怯えるクライエントさんを
こんな風に
観察するのは
心理学ではありません。
―心理学は
科学であって
科学でないのです。
主観と客観の双方から
もっとダイナミックな
視点から
考察するものだからです。
陰陽
陰陽つなぐのは
ラポール
(橋を架ける)です。
皇居で一般参賀【笑顔のお手振り】の陰陽五行的意味
新年恒例の一般参賀の陰陽五行説的意味
皇居・宮殿の東庭で行われました。
仏の掌
西庭や南庭では
いけないのです。
新しいと言えば
【春】
春と言えば
【東】に
決まっているのです。
―日本人は案外理屈っぽいのです。
トラウマティックに
学習し
条件づけられてきましたから。
でもこれは
【トラウマの再演】ではありません。
【昇華】の過程としての
【華開世界起】です。 ←道元
天皇陛下は
皇后さまはじめ皇族方とともに
宮殿のベランダに立ち
「新しい年を共に祝うことをうれしく思います。
今年が
みなさん一人一人にとり
少しでも良い年となるよう
願っています。
年頭にあたり
世界の平安と
人々の幸せを祈ります」と
あいさつし
笑顔で手を振られました。

天皇は日本の【象徴】
多数の国民
華厳経の【一即多】の原理です。
トップダウンの
絶対支配ではありません。
日本の国の象徴的平和主義が
世界の平和に抜けるような
そんな非暴力の思想を
目指しているのです
表向きにはボロボロであっても
日本が世界に一目おかれるのは
この独自の無我思想のためです。
皇室イメージは
【笑顔で手を振る】
原爆投下のPTSD予防に
握り締めた拳で
笑顔で平和的に遊ぶ
【じゃんけん】が生まれています。
いつも
PTSD予防は
拳(五行)を柔軟に!です。
何から何まで
陰陽五行説に則った
平和の呪術が
ご公務です。
複雑性PTSD解離家族っぽい福島の不審な放火事件
31日
福島市伏拝で
会社員(56)方から出火
全焼し
知的障害のある
次男(21)が
逮捕されました。
脳梗塞で歩行困難な
父親(89)と
妻(58)
知的障害の
三男(19)と長女(29)が
焼死しました。
不可思議な家族です。
子供達は
本当に知的障害だったのでしょうか?
脳梗塞の原因だって
凄いショックってことも
ありますからね。
解離状況は
恐ろしく
進化していますね。
東京で70代PTSD解離夫が妻を刺殺
昨日
東京・立川市で
74歳の夫が
「人を殺しました」と
丁寧に通報しました。
74歳の妻は
ベッドの上で
胸に包丁が2本刺さった状態で
倒れていましたが
その後死亡しました。
…
通報時の態度と
犯行は
まるで別人みたいです。
70代になっても
キレやすい人は
要注意です
よく
「いつか死ぬんだから
そんなに早まらなくても」と
言います。
殺害についても
言えそうですが
【解離】してしまえば
そんなことは
関係ないのでしょうね。
あ、これ
認知症ではないですよ
お屠蘇も陰陽五行
『借り暮らしのアリエッティ』野性の思考スピラー
『借りぐらしのアリエッティ』宗教戦争
エジプト北部アレクサンドリアで
1日未明
キリスト教の一派
コプト教の教会を狙った
自動車爆弾テロがあり
新年のミサに訪れていた信徒ら
少なくとも21人が死亡
40人以上が負傷しました。
犯行声明はありませんが
宗教対立による
一連の事件が頻発している地域です。
…
日本人も
無宗教の上に胡坐をかいている
時代ではありません。
―無宗教という
立派な宗教ですが
知らないうちに
他人のテリトリーに
自分の宗教
(集合的無意識)を
押し付けていたりします。

テロリストの
強い攻撃性の背後には
強い恐怖感が
あるのでしょう。


宗教を超えて
人類愛で手をつなぐには
まず相手の宗教を
大まかでもいいので
学ぶことが大事でしょう。
【寛容精神】だけでは
限界があります。
―寛容にするつもりがあっても
寛容になりようが
ありません。
アフリカの本屋さんには
子どもの絵本で
比較宗教を教えたものが
普通にあったように思います。










