投稿者「翠雨PTSD予防&治療研究所」のアーカイブ

うつ病がころっと治った?! 鍼灸院の広告から

鍼灸院のブログとか
拝見していますと
うつ病も
診ますと
書いてあったり
しますね。
病院で治らなくて
あきらめていた患者さんも
短期で治りましたと
書いてあります。
普通は
あれーっ?!
うそでしょうシラー
って
思うんじゃないかな。
でもこれ
うそではないですよ。
どういうことかと言うと…
煎じ詰めれば
【うつ病】誤診の問題
になります。
たいてい
精神科のクリニックの
先生に会う前から
診断名が
うつ病に決まってますね。
うつ病は
そうそう起こる病気ではないんです。
遺伝性(内因性)ですから。
しかも寝たきりの状態です。
『ツ・ラ・イ』という
感情反応しかないんですから
「行列にならんで
話題のアイスクリームゲットしました!」
なんてピースした写真を
うつ病日記のブログに
アップしているなんて
ありえない。
冗談が多すぎますよニコニコ
うつ病というのは
こんな病気だというイメージがあって
まさか医者が
誤診なんか
しないでしょうという
思いこみがあって
そのうつ病が
治ったと聞いて
凄い!
と思わせるマジック
みたいなもので
からくりは
簡単です。

メスメルという
内科医が
磁石で
心身症を治していたのと
同じです。
大ブームになり
その間は
治療効果がありましたが
メスメルはうそつきだと
言うことになると
治療効果がなくなりました。
つまり
それは心身症ではなく
ヒステリーだったのです。
暗示にかかりやすい
ヒステリーだったから
擬似治癒が
起こっていたのです。
これは教科書にも書かれている
有名な話です。
現在
うつ病と診断されている人たちも
実は
うつ病ではなく
PTSDという名の
ヒステリーなんです。
つまり
磁石でも
針でも
治るんです。
この段階の治癒は
一時的ですが
絶望を防ぐ効果はあるし
アルコールなんかに
依存するよりは
いいかなあと
思います。
昔は
メスメルみたいな
治療家が嫌いだったけど
最近
まあ必要かな…
と思うようになりました。
成長か堕落か…汗

朝日新聞『獅子頭』第十八話 トラウマを回避しなければいいというものでもない

復帰後初の舞台で
出番を待つ間
いつにない
緊張に襲われ
舞台に上がると
タイミングをはずし
突如
立ち止まってしまい
ました。
黄先生が
どうしたのか
尋ねますが、
答えられません。
先生は
舞台恐怖症かも
しれないから
しばらく
様子をみるしかない
と言いました。
一年で治る人もいれば
十年かかる人もいるし
治らなかった人も
いるそうです。
鬼猫は
名門の雑技団に
スカウトされるし
取り残されたようで
いろいろ
悔やむうち
ますます
舞台が怖くなり
ました。
PTSDも
問題となった
事件から
回避しないのが
理想と言われますが…
直面したらしたで
恐怖が
出てきたりして
その恐怖から
回避しないように
がんばらないと
恐怖が
複雑化して
しまいますね。
これなら
始めから
距離を置いた方が
よかったかも
と思うかもしれません。
トラウマは
回避しなければいい
というような
単純なものでもないですね。

10日ネットカフェで学生自殺 硫化水素検出で一時避難

新聞には
ありましたか?
10日の出来事なんですが
今グーグルで見つけました。
PTSD研究家翠雨の日記
午後4時50分ごろ
大阪市北区芝田の複合ビル
「D・D HOUSE」
地下1階にある
インターネットカフェの
シャワー室で
近畿大2年の男子学生(24)が
首をつっていました。
微量の硫化水素が検出されたため
店内の客や従業員ら
約140人が避難し
周辺は一時
騒然となりました。
父親あてのメモが残されていて
内容などから自殺と
みられています。
硫化水素は
少し前の流行ですね。
しかもネットカフェは
別の事件との組み合わせ
を連想させます。
自傷と他害は
方向は反対ですが
根っこの問題は
同じですからね。
政府の自殺対策以後
流れが
また
変化してきたように
感じます。

地下鉄サリン事件:発生15年 「風化はさせない」

95年3月20日に
起きた
地下鉄サリン事件を
語り継ぐ
「15年のつどい」が
13日
東京都内で
開かれ
被害者の会代表
世話人の
高橋シズヱさん(63)が
被害者や
捜査、医療にかかわった人たちを
インタビューした
記録映像が
上映されました。
参加者は
「風化させてはいけない」と
思いを新たにしています。
いつまでも忘れないこと
    &
記憶を更新させていくこと

常識になってきたのは
いいことです。
被害者だけでなく
いろんなひとが
傷ついたことも
理解されるようになって
少しづつ
ですが
PTSD対策は
すすんでいますね。

朝日新聞『獅子頭』第十七話 PTSD回復期の問題

怪我休養中に
対人関係も
微妙に
変化
しています。
鬼猫は
相変わらず
生意気なまま
精進を続け
猿への進化」を
遂げていたことに
気づき
二順は
慌てます。
一緒に大会に行けないのも
残念です。
今までは
怪我が治ることだけ
考えてれば
よかったのですが
いきなり現実が
戻ってきました。
PTSD回復時にも
よくある問題です。
よくなったから
周囲は
もう大丈夫!と
思います。
(確かに
そうなのですが)
ふっと
寂しくなって
(これはなかなか
理解してもらえない心境です。
何甘えてんだ?とか)
悪化する人もいますし
残念なことに
なることも
ないではありません。
父親は
獅子頭研究の成果を
二順に味わってもらいます。
自信満々なのに
否定され
(二順はすまなさそう
に首を振っただけなのですが)
生意気になったと
怒ります。
説明を聞いて
すぐ二順の優しさに
微笑みますが。
これも
子どもが個性化(自己実現)するとき
起こりがちです。
PTSD罹患者の周りの人は
この父親ほど
物分りがよくない。
ブログで
わかりやすい説明を見つけましたよ。
トラウマを
整理しようとしたけど
相手が
「そんなことなかった」
「いまさらそんなこと言わないで」
と泣いたり
怒ったり
倍返しされると…
(名前を書いた方がよかったらコメント下さいね)
周囲の
【否認】は強烈です。

これは
最大の難関と
心得たほうがいい。
DVなんかの場合には
ムリと言い切る人も
多いですからね。
必ずしもそうは
思いませんが
難しいのは
確かです。
これがうまくいかないからって
失望することは
ありません。

今は昔? 平常底

『竹取物語』も
「今は昔…」
で始まります。
のっけからヘンです!
普通に考えると
ヘン!
今は今で
昔は昔
これが
常識
分別というもの
しかし…ですね。
常識で
解けないのが
PTSD

ポニョバリの
常識破りなくしては
もはや
生きていけないのです。
これは
なんでもあり
ということでは
ありません。
あくまで
常識も知ってるけど
それ以上のものを
つかもうとする
発想です。
無分別智
と言います。
今は昔
この理解は
色即是空
空即是色
(見えるものは見えないもの
 見えないものは見えるもの)
おばあちゃんの
好きな
般若心経
の世界です。
『星の王子さま』の世界でもあります。
「大切なものは
目に見えないんだよ」
でしたね。
平常底とも
言います。

竹取物語の5人の貴公子③  心理分析には駄洒落が必須アイテム

5人の
貴公子の失敗ですが
なぜか
駄洒落でまとまっています。
「はぢを捨つ」
偽者の鉢を献上して
恥をかいて
鉢を捨てた。
あつかましさを
表現したもの。
「たまさかる」
偽者の玉の枝を献上して
恥をかいて
隠居した情けなさを
表現したもの。
「あへなし」
望み達せられず
張り合い失った
安部の大臣の
失意を
表現したもの。
「あなたへがた」
龍の5色に光る玉のかわりに
2つの目の玉をスモモのように腫らし
「ああ食えたものではない」
と言われたことを
表現したもの。

「かいなし」

貝が取れなかったことを
表現したもの。
日本語や
習慣の理解
そして
無意識の分析には
駄洒落が
必須アイテムです。

竹取物語の5人の貴公子② 華厳&陰陽五行

かぐや姫に
難題を出された
5人の貴公子の
結末は
以下の通りでした。
*だまそうとして
うそをついたが
バレて
恥をかく  ×2
*同じく
うそをついたが
バレて
やる気を失う
*失敗して笑われる
*死んでしまう
哲学的難題は
凡夫には
難しい
ということ
ですが
どう難しいのか
について
実に心理学的な
考察が
あったのですね。
いまだに
これを
理解できず
二の舞を踏んでいる
分析家が
多いですあせる
最後に
帝が登場して
富士山に火をくべる
(不二)

ところで
お話は終わっています。
5人の貴公子の
失敗と
帝の
不二


かぐや姫には
華厳経と
易陰陽五行の
習合がみられます。

華厳経は
お水取りという名の
火祭りと
ビルシャナ仏の
東大寺
に象徴される
宗派ですからね。

竹取物語の5人の貴公子①

かぐや姫は
5人の貴公子
に対して、
「どのお方も
優劣がないから」

愛を試すために
難問を
出しました。
恨みが残らない
平和的解決は
このころから
日本の常識でした。
優劣=陰陽
5つの問題=五行
わが国には
553年くらいに
陰陽五行説が
入ってきています。
そして
早速
影響を受けています。
(竹取物語は
9世紀末ころ書かれたのではないか
と言われています)
感受性が凄いでしょう得意げ

ユング派にかかれば PTSD=発達障害 

正法眼蔵『空華』からです。
【高祖道、一華開五葉、結果自然成】
達磨大師が言った。
1つの華が開くときは
5つの葉が
生ずることの
結果を
自然とする
時である。
空華は
幻の華ですから
一般には
眼病を患った人が
空中に見るものと
あんまりいい意味では
とらえられていませんが
さすがは
道元
発想が逆です。
これが
生きている
真実
だと
言い切ります。
いわゆる
夢とか
イメージとか
たとえ話とか

それは
現実でもないし
非現実でもない
現実即非現実
現実であり現実でないもの

つまりは…
非現実=
現実=

5葉 =五行
   木・火・土・金・水
   のめぐり
仏教とて
中国を経由していますから
平気で
陰陽五行が出てきます。
今のユング派は
これを知らないから
日本人を
分析できない。
PTSDの子どもに
「彼らは
【象徴】が使えない。
だから
【発達障害】だ」
と言って
二重に傷つける。