獅子頭」カテゴリーアーカイブ

朝日新聞『獅子頭』第十五話  応急処置≠治療

二順は
モンゴル公演に
来ています。
大自然は
彼を開放的な気分に
してくれて
生意気な
鬼猫も
心もとない
存在に感じます。
相対化ですね。
しかし
ここで問題が起きました。
練習中
高所から
落下
右肩&左足など
4箇所骨折しました。
現地の
軍の医務室で
応急処置をし
翌日
病院に入院しました。

応急処置は
あくまで
応急処置なんですよね。
本格的な
治療をしなければ
骨が
曲がったまま癒着してしまいます。

トラウマも
同じこと

自分を助けるために
とりあえず
とっさに
行動したのは
間違っていませんが
助かったからと
そのままにしておくと
認知のゆがみを
生じてしまいます。
認知がゆがむと
行動も
ゆがみます。
JAYWALKが歌うように
スタートとゴールを
間違うと

依存症など
PTSDを生みます。

朝日新聞『獅子頭』第十四話  無心の傾聴

上海の獅子頭は
黄金色のソースが
たっぷりかかり
千切り生姜が
獅子の長い毛並み
みたいで
味も凄かった。
雑技学校に戻ると
父の獅子頭は二個も
埋められていたが
なんだか
みすぼらしく
思えて
うれしくない。
相対化
悲しい
問題点だ。
しかし
この父の凄いところは
息子の話を
熱心に聴き
息子がであった
獅子頭を
想像し
再現しようとする

点にあると思う。
変化できなければ
人間は死んだも
同然
最悪の場合は
本当に
死んでしまう。

いかに変われるか
その秘策が
父親の
この無心の傾聴にあり
それが息子の成長を
支えているのだと思う。

朝日新聞『獅子頭』第十三話 『ザ・コーヴ』アカデミー賞

二順と鬼猫は
憧れの上海の大舞台にも
立つようになり
ました。

気候が違い
食べ物が違い

幼少の頃から
毎日毎日鍛えられた
団員たちですら

公演中以外は
ぐったりしています。

しかし
この二人だけは
いたずらしたり
ふざけたりしながら
トレーニングを続け

公演は大成功
皆に祝福され
目をきらきらさせています。

まじめさも大事ですが
楽しみながら
継続させるのは
もはや【才能】なのでしょうね。

テーマの
獅子頭
(肉団子)にも
出会いました。

日頃
父親がおまけしてくれる
獅子頭も
ありがたかったけど

ここの名物獅子頭は
巨大で熱く
いつものと
ぜんぜん違います。

食べ物は
自己実現の過程での
隠されたテーマ

ではないかと
思います。

二順も
最初
南方の甘い料理は
苦手でしたが
一ヶ月もいますと
滋味を感じるようになり
獅子頭とも出会ったようです。

姿かたちは
同じ人間が

気候の違いから
いろんな瞑想をし
そこから哲学が生まれ

それをもとに
料理や
病気の治療や
住まいの形や
着るもの
踊りや
音楽が
派生したのだと
想いました。

イルカ漁批判も
ここから
再考してほしいですね。
続きを読む

朝日新聞『獅子頭』第十三話 『ザ・コーヴ』アカデミー賞

二順と鬼猫は
憧れの上海の大舞台にも
立つようになり
ました。
気候が違い
食べ物が違い

幼少の頃から
毎日毎日鍛えられた
団員たちですら
公演中以外は
ぐったりしています。
しかし
この二人だけは
いたずらしたり
ふざけたりしながら
トレーニングを続け

公演は大成功
皆に祝福され
目をきらきらさせています。
まじめさも大事ですが
楽しみながら
継続させるのは
もはや【才能】なのでしょうね。
テーマの
獅子頭
(肉団子)にも
出会いました。

日頃
父親がおまけしてくれる
獅子頭も
ありがたかったけど
ここの名物獅子頭は
巨大で熱く
いつものと
ぜんぜん違います。
食べ物は
自己実現の過程での
隠されたテーマ

ではないかと
思います。
二順も
最初
南方の甘い料理は
苦手でしたが
一ヶ月もいますと
滋味を感じるようになり
獅子頭とも出会ったようです。
姿かたちは
同じ人間が
気候の違いから
いろんな瞑想をし
そこから哲学が生まれ
それをもとに
料理や
病気の治療や
住まいの形や
着るもの
踊りや
音楽が
派生したのだと
想いました。
イルカ漁批判も
ここから
再考してほしいですね。

朝日新聞『獅子頭』第十二話  生意気!が大切

最近のドラマは
短くなったと聞きますが、

小説も
そうなのでしょうか。

お話は
トントン進み

二順は

生意気な
鬼猫と
協力しながら
芸道まっしぐらです。

PTSD克服の過程では
【内なる鬼猫】
伴走があるかもしれません。

【生意気】というのが
ポイントですね。

【わがまま】と同じで
悪い意味で使われることが
多くなりましたが、

本来は
人間のこころは
生意気でなければなりません。

文字通りの意味ですよ。
漢字をよーく
見てください。

小学生レベルの話ですみません。
道元とポニョを一緒にするような
人間の言うようなことですから…

道元なら
カツカツパッチとか
言うのでしょうね。

魚がぴちぴち跳ねてる様子です。

禅風を吹かせましょう!
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朝日新聞『獅子頭』第十二話  生意気!が大切

最近のドラマは
短くなったと聞きますが、
小説も
そうなのでしょうか。
お話は
トントン進み
二順は
生意気な
鬼猫と
協力しながら
芸道まっしぐらです。
PTSD克服の過程では
【内なる鬼猫】
伴走があるかもしれません。
【生意気】というのが
ポイントですね。
【わがまま】と同じで
悪い意味で使われることが
多くなりましたが、
本来は
人間のこころは
生意気でなければなりません。
文字通りの意味ですよ。
漢字をよーく
見てください。
小学生レベルの話ですみません。
道元とポニョを一緒にするような
人間の言うようなことですから…
道元なら
カツカツパッチとか
言うのでしょうね。
魚がぴちぴち跳ねてる様子です。
禅風を吹かせましょう!

朝日新聞『獅子頭』第十一話 獅子頭の二重性

雑技の訓練で疲れた
二順の心身を
食堂のおいしいご飯が
癒してくれます。

しかも
食堂には

父ちゃんがいて 

苦労を見守ってくれていますし
ちょっとえこひいきして

ご飯の底に
獅子頭(肉団子)
忍ばせておいてくれます。

親子であること
そしてこのおまけは

父子の秘密です。
まあ黄先生とかは知っていることですが

このくらい開放された
秘密が
ちょうどいいと思います。

あんまり
閉じられすぎた秘密をもつと
苦しさも倍増しますから。

ほどよい秘密は
こころを癒し
エネルギーとなり
人を大きく成長させます。

年齢的に
ぎりぎりセーフで
入学した雑技学校でしたが、

3年間で
雑技の能力も
格段にアップし

天才的な
鬼猫くんとのペアで

公演を成功させ

厳しい黄先生に
抱きしめ
ほめられるようにまで
なりました。

肉団子のことを
獅子頭というのですね。
そして
第一話に出てきた
獅子頭は
お祭りでみる獅子の被り物でした。

二重の意味をもつ
獅子頭

このお話
ひいては
PTSD克服の過程の
カギになると
予想されます。

物語の重要な
フセンは整いました。

あとは
急成長→急降下→克服
が描かれると
思います。
続きを読む

朝日新聞『獅子頭』第十一話 獅子頭の二重性

雑技の訓練で疲れた
二順の心身を
食堂のおいしいご飯が
癒してくれます。
しかも
食堂には
父ちゃんがいて 
苦労を見守ってくれていますし
ちょっとえこひいきして
ご飯の底に
獅子頭(肉団子)
忍ばせておいてくれます。
親子であること
そしてこのおまけは
父子の秘密です。
まあ黄先生とかは知っていることですが
このくらい開放された
秘密が
ちょうどいいと思います。
あんまり
閉じられすぎた秘密をもつと
苦しさも倍増しますから。
ほどよい秘密は
こころを癒し
エネルギーとなり
人を大きく成長させます。

年齢的に
ぎりぎりセーフで
入学した雑技学校でしたが、
3年間で
雑技の能力も
格段にアップし
天才的な
鬼猫くんとのペアで
公演を成功させ
厳しい黄先生に
抱きしめ
ほめられるようにまで
なりました。
肉団子のことを
獅子頭というのですね。
そして
第一話に出てきた
獅子頭は
お祭りでみる獅子の被り物でした。
二重の意味をもつ
獅子頭

このお話
ひいては
PTSD克服の過程の
カギになると
予想されます。
物語の重要な
フセンは整いました。
あとは
急成長→急降下→克服
が描かれると
思います。

朝日新聞『獅子頭』第十話 DV被害児は人類の宝

雑技学校の訓練は厳しい。

先生の指導を
まじめに聞き
その通りにしようとするが

なかなか
身体がついていかない。

そこでピシッと
たたかれる。

限界の限界を超える。

そんな努力が
要求される場所です。

これは
【如人千尺懸崖上樹】

千尺の崖の上にいたら
怖さで
一杯一杯

しかしその先へ
飛ばねばならない。

雑技という
スポーツのような
芸術であっても

公案に取り組むのは
寺の修行僧と同じ。

入学前
「サルみたいに木の枝を歩けるようになる」
と言っていたように

人間の限界に
挑戦する。

7歳の
二順も全身全霊をぶつけて修行する。

DVや虐待の被害児も
それは
同じで…

今のままでも
充分過酷なのに

その先を
自力で超えるように
要求される。

暴力を
非暴力で
避けているうちに

神技的な
心身を身に着けた子が多い。

雑技学校では
訓練は厳しくても
時間がきたら
終了
おいしい食事が待っているし

食堂のおじさんは
子どもたちの苦労を知っているから

慈悲をたたえた目を向けつつ
一生懸命うなずき
ねぎらいながら
トレーを一人一人に渡してくれる。

DV家庭だと…

四六時中
神経が休まる暇がない。
誰もわかってくれない。
浴びるのは罵声と暴力のみ。

PTSDに罹患しないほうが
おかしい。

絶望から
無気力や
注意散漫や
混乱が起きても
なんら不思議ではない。

まともな会話がない家庭では
日本語の習得は難しい。

何も
日本人だから
日本語が話せるのではない。

しかし
【言葉が遅い】

表面的な判断で
容易に
【発達障碍】【学習障害】
と診断され、

療育の対象とされる。

下手をしたら
投薬される。

雑技学校に入学すると
人類の限界を超えなければならない。

DV家庭に生まれると
PTSD克服という
未来型の難題に取り組まねば
殺される。

苦境に住む
DV被害児や虐待児は
人類の宝だと思います。

それをいじめる親や
専門家は悪魔です。
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朝日新聞『獅子頭』第十話 DV被害児は人類の宝

雑技学校の訓練は厳しい。
先生の指導を
まじめに聞き
その通りにしようとするが
なかなか
身体がついていかない。
そこでピシッと
たたかれる。
限界の限界を超える。
そんな努力が
要求される場所です。
これは
【如人千尺懸崖上樹】
千尺の崖の上にいたら
怖さで
一杯一杯
しかしその先へ
飛ばねばならない。
雑技という
スポーツのような
芸術であっても
公案に取り組むのは
寺の修行僧と同じ。
入学前
「サルみたいに木の枝を歩けるようになる」
と言っていたように

人間の限界に
挑戦する。

7歳の
二順も全身全霊をぶつけて修行する。
DVや虐待の被害児も
それは
同じで…
今のままでも
充分過酷なのに
その先を
自力で超えるように
要求される。
暴力を
非暴力で
避けているうちに
神技的な
心身を身に着けた子が多い。

雑技学校では
訓練は厳しくても
時間がきたら
終了
おいしい食事が待っているし
食堂のおじさんは
子どもたちの苦労を知っているから
慈悲をたたえた目を向けつつ
一生懸命うなずき
ねぎらいながら
トレーを一人一人に渡してくれる。
DV家庭だと…
四六時中
神経が休まる暇がない。
誰もわかってくれない。
浴びるのは罵声と暴力のみ。
PTSDに罹患しないほうが
おかしい。

絶望から
無気力や
注意散漫や
混乱が起きても
なんら不思議ではない。
まともな会話がない家庭では
日本語の習得は難しい。
何も
日本人だから
日本語が話せるのではない。
しかし
【言葉が遅い】
表面的な判断で
容易に
【発達障碍】【学習障害】
と診断され、
療育の対象とされる。
下手をしたら
投薬される。
雑技学校に入学すると
人類の限界を超えなければならない。
DV家庭に生まれると
PTSD克服という
未来型の難題に取り組まねば
殺される。
苦境に住む
DV被害児や虐待児は
人類の宝だと思います。
それをいじめる親や
専門家は悪魔です。