連続消火器投げ込み事件の象徴的意味

昨日は
大阪府吹田市竹見台1丁目の
プロテスタント系の教会施設にある
保育園1階の窓ガラスが
破損しているのを
通行人の男性(32)が見つけました。
室内から消火器が見つかり
吹田署は器物損壊で
捜査しています。
解離を起こすと
世界が物理的世界に変貌しますから
消火器を持ち上げ
投げる腕力があれば
教会の窓ガラスを割るという
不遜で迷惑なことも
可能です。
良心が痛まないための
麻酔として【解離】が
あります。
しかし
単なるストレス発散なら
いろいろ他にも
迷惑行為が
考えられます。
やはり
教会に消火器を
投げ込む必要性を
犯人の無意識は感じており
解離を起こし
現実検討能力を失ったこの人は
無意識に操られるまま
消火器を投げ込んだのです。

統合失調症のさせられ体験ですが
統合失調症かどうかは
わかりません。
PTSDでも
解離という名の
統合の失調を起こしますから。

【象徴的】な意味での
教会を消したいのでしょうね。

かぐや姫を
西洋二元論に当てはめて
わがままあつかいするような
世の中に
一言言いたいのでは
ないでしょうか?
宮崎監督は
キリスト教文化の
『人魚姫』では
絶望が深まるばかりだから
『崖の上のポニョ』を
描いたのです。
単なる哲学ではありません。
この哲学が
心理療法における
見立てと切り離せない関係にあるため
誤診がおこり
自殺する人が
後を絶ちません。
無意識の意図は
そういうことでしょう。
もちろん
これは犯罪ですが…

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