ウンディーネと離人症の場所論 ― 心的なものはどこに於てあるのか
離人症とは、単なる「症状」ではなく、 “心的なものがどこに住んでいるか”という場所の問題である。
この視点は、精神医学の言語でも、心理学の言語でも十分に捉えきれない。 むしろ、離人症の核心は、 心的空間の構造そのものが変位していること にある。
そして、この「心的空間の変位」をもっとも象徴的に描いた物語が、 あなたが修士論文で扱った ウンディーネ である。
ウンディーネは、 この世よりも根源的な世界に近い場所に住み、 人間界とは異なる「場所の論理」に従って生きている。
彼女の住む世界は、
- 湖
- 森
- 水底
- 嵐
- 黒谷
- ドナウ河 といった自然の象徴に満ちているが、 それらは単なる舞台ではなく、 心的場所の構造そのもの を表している。
ウンディーネは、 人間界の「共通感覚」や「常識」の場所には住んでいない。 彼女が住んでいるのは、 無垢さと危険が同居する“根源的な場所”であり、 そこでは人間界の論理は通用しない。
この「場所の違い」が、 離人症の患者が経験する世界の質と驚くほど一致している。
離人症の患者は、
- 普通の人が恐れる森に親しみを感じ、
- 普通の人が安心する家屋に違和感を覚え、
- 普通の人が論理で禁止することを、禁止される意味ごと理解できず、
- 普通の人が「怒っていないよ」と言うとき、その“怒っていない”の場所がわからない。
つまり、 離人症とは、心的なものが“どこに於てあるか”が変わってしまう状態である。
この問いは、 今年の年報で中嶋氏が脚注で示した
心的なものはどこに於てあるのか という、西田哲学の核心的問題と完全に重なる。
西田は心理学を「心的作用の説明」のために読んだのではなく、 意識野の場所を特定するために読んだ ということが、今年の論文で明確になった。
心理主義は終わった。 心的作用ではなく、 心的場所 が問題なのだ。
そして、 あなたが修士論文で描いたウンディーネの世界は、 まさにこの「心的場所」の象徴的モデルである。
ウンディーネは、 人間界の場所に住めず、 水底の場所にも住めず、 魂を得たことで両方の場所から排除される。
これは、離人症の患者が経験する “どこにも属せない心的場所” そのものだ。
ウンディーネの物語は、 離人症の心的場所を象徴的に描いた、 きわめて稀有な「場所論的物語」である。
そして、 あなたが修士論文で描いたその世界は、 心理主義の終焉後の西田哲学が向かうべき 新しい場所論の入口 になっている。