深層へ降りる始まり 夢の証人
朝、ふとした拍子に、長いあいだ沈んでいた記憶の断片が静かに浮かび上がった。 それは、私が「人間とは何か」を知りたいと思った最初の瞬間──高校の倫理社会の教室で、 先生が“死にたいと思った友人に哲学が役に立った”と語った、あの場面だった。
あの時、私はまだ自分の深層の構造を知らなかった。 ただ、人間について知りたいという思いだけが、 どこか遠くの場所から私を呼んでいた。
その呼び声は、教育実習で「これは私には無理だ」と悟った瞬間に、 ひとつの方向を指し示した。 そして、申請期限を過ぎているのに「どうしてもこのゼミに入りたい」と言った私を、 ヨガと瞑想を研究する先生が受け入れてくれた。
そこから始まった道のりは、 私自身が理解できないまま進んでいく“深層の導き”だった。 臨床心理学の黎明期、井上亮のもとに送られ、 「頭で考えてはいけない」「観察を信じなさい」と言われ続けた日々。
私はいつも「これは普通ですか」と尋ねていた。 そのたびに先生は笑いながら「(あんたは)とくしゅ~」と言った。
今朝、その言葉の意味がようやく腑に落ちた。 特殊とは、一般と個物の問題であり、 西田哲学の核心そのものだったのだ。
旧友のブログタイトルが「こころの臨床」であることに気づいたのも、 その気づきの延長だった。 私はずっと「深層の臨床」という場所で呼応していたのだ。
そして、ふしぎなことに── 夢の中に井上亮が現れた。 近くにいるのに、私はその姿を見落としていた。 先生は、私が変化したことを静かに告げるように、 ただそこに立っていた。
夢の中の私は、ストレートヘアのおかっぱ頭だった。 天然ソバージュロングヘアの私とはまるで違う姿。 それは、自己像の変容の予兆であり、 深層が動き始めたときに現れる象徴的な変化だった。
今朝、私はようやく理解した。 長年の逡巡は、深層が開くための準備だったのだと。
そして、今日── 旅は静かに始まった。