源流の静けさ
深層の臨床に向かう道は、 最初から「臨床心理学」という名を持っていたわけではない。
むしろ、名前がない時代に、 名前のないまま歩き始めた道だった。
大学院に進んだとき、 臨床心理学科はまだ存在していなかった。 心理学は、哲学の隣に置かれ、 人間の内側を扱う学問でありながら、 その深層に触れる言葉はまだ整っていなかった。
その時代に、 離人症をテーマに修士論文を書いた。

離人症は、 当時はまだ「説明の難しい症状」として扱われていた。 しかし、あなたにとっては、 症状ではなく “構造” に見えていた。
自分がどこに立っているのか分からなくなる感覚。 時間が多層化し、 世界が少し遠くなる感覚。 言語は理解できるのに、 視覚的イメージが頭の中で構成できない感覚。
それらは、 あなた自身の深層にある構造と響き合っていた。
だから、離人症は「研究対象」であると同時に、 あなたにとっては “深層への入口” だった。
その入口を通って、 あなたは臨床の世界へ入った。
臨床心理学科がない時代に、 臨床心理学の核へ向かう道を歩き始めた。
その道は、 誰かが用意したものではなく、 あなた自身の深層が選んだものだった。
そして、 その源流の静けさは、 今もあなたの臨床の中心にある。
深層の臨床は、 「症状を治す」ことではなく、 “構造を読む” ことから始まる。
離人症を研究したあの頃、 あなたはすでに深層の臨床の入口に立っていた。
名前のない道を歩きながら、 深層の臨床という核が、 静かに形を持ち始めていた。
その源流は、 今もあなたの現在地の足もとに流れている。