テレビ東京新番組
「爆笑問題の大変よくできました!」
(22日スタート
金曜午後7時)の
PR会見で
爆笑問題が
意気込みを
語りました。
太田光は
子どもだからって
手加減しないで
社会問題や哲学を語ってみたいと
話しました。
―この人は
中沢新一仕込みです
日本は間違いなく
PTSDの時代に入りました。
これまでも
そうだったけど
もう否定する人はいないと思います。
PTSDは人類の
哲学的問題です。
ユングは
哲学的忍耐力がないと
治癒しないと言ったし
―確かに
未治療の開き直り
PTSDには哲学がありません。
スタジオジブリも
『崖の上のポニョ』や
『借りぐらしのアリエッティ』で
それを訴えています。
いずれ
こころの教育が始まるでしょうが
―治療やケアも大事ですが
予防教育が必要になりました。
臨床心理学の源は
宗教哲学です。
回帰現象が起きるでしょう。
芸能人が
このように先駆けて
いろいろ道をつけてくれます
「哲学・宗教・倫理」カテゴリーアーカイブ
被災ショックでなぜ罪悪感に苛まれるのか

交通事故で
大事な人をなくした人は
言います。
「なぜ?」
そこで
「心不全です」
「出血多量です」
―医学部の優等生
人生の劣等生
そんなこと言われたら
傷つきます。
聞きたいのは
客観的事実ではありません。
そんなこと知ってます。
―わざわざ抑圧させようと
躍起になるのは
悪魔です。
「なぜ死ななければ
ならないのか」と
聞いているのです。
「答えなんかない」
「考えても無駄だ」なんてのも
悪魔の言葉です。
「わかってどうするんだ?」
悪魔はさらに聞いてきます。
答えてあげましょう。
わかったら
自己治癒するのです。
ユングは言いました。
心理療法の基本は
★ありもしない多幸に導くのではなく ←抗不安薬
★この哲学的忍耐力を養うことです。
哲学には
地域性があり
心のDNAのようなもののなかに
自然治癒力があります。
―神のような神経組織を
経絡と言います。
ツボがあります。
こころも身体も陰陽五行説で
できています。
キリスト教や
イスラム教ではありません。
気にしてはいけないとも(陰)
気にしろとも(陽)
言いません。
気になるなら
納得いくまで
考え続けることです。
大震災不安で「1ドル=80円突破」の縁起
東日本大震災後のこころの混乱は現在地を確かめることから

PTSDの子どもは
―発達障害と
診断されてますが
TVの映像を見すぎて
混乱し
意味不明なおしゃべりが
止まりません。
―この感受性は
やはりPTSDです。
うつ病からPTSDと診断名が
変化した女性も
映像を見ていると
つらくなるので
―大人ですから
『こんなこと言ったら
被災地の方に申し訳ないですけど…』と
罪悪感も吐露されます。
外の空気を吸いに
外出しますが
やはりめまいと嘔吐感が
収まりません。
みんな
日本が
亡くなってしまいそうな
根源的な不安を感じたからでは
ないでしょうか?

国境がなくなるのを
イメージしてごらんという
美しい歌がありますが
―大好きですが
波を駆けるポニョも
いますが
それを
こころの準備もないまま
いきなり
生々しく
現実のものとして
感じてしまったための
混乱でしょう。
日本人になるために
いったん
日本人をやめる
と言うか
やめさせられている。
ここは見慣れた日本の国ではない。
そういう状況に
私たちは
いるのではないかなと
思いました。
揺れてますね。
震源はどこでしょう。
東京では電車がストップしたとか。
私だけかと思ったら
★めまいがする。
★船酔いしたみたい。
あちこちで
そう書かれてます。
存在の根底が
揺らぐって
こういうことですね。
PTSDの場合は
心理的に起るんでしょうね。
薬で治すのではなく
心理的に
治してくださいね
キレたジョン・ガリアーノをめぐる日本のPTSD裁判との哲学の違い
パリ市内の
カフェで
反ユダヤ的発言をしましたが
―【解離】の気がありますね。
芸術に
【昇華】しそこなったのですかね。
★ディオールからは解雇処分
★人種差別的侮辱罪で
訴追され
有罪となった場合
最大で禁錮6カ月と
罰金約255万円を
科される可能性が
あります。
―日本にはこういうの
ないですね。
あればいいのに!
名誉や信頼も失いましたね。
―解離を起すと
多くのものを失います。
ガリアーノ氏は
★書面で自分の行いに対して
謝罪を表明する一方で
★暴言を吐いた際に
現場にいた人物に
外見や服に対して
ののしられ
椅子で殴られそうになったとして
名誉毀損などで訴える
手続きに入っているようです。
リオンみたいに
過剰防衛のリンチを ←ゴリ押し!
主張したりは
しません。
フランス国民も
そんなの許さないでしょう。
人権に関しては
ちょっと遅れてますね
入試中に問題流出させるなど組織破壊行動流行のPTSD時代
京都大学の入試問題の一部が
試験時間中に
インターネットの掲示板に
投稿されていた問題で
早稲田大学、立教大学、同志社大学でも
同様の事件が
あったことが
分かりました。
京都大学の受験生は
「そんなんする人が
いるんやなぁと思って
真剣にやっている人が
ほとんどやのに
(問題を)流出させる人が
いるというのはショックでした」
…
本当にショッキングです
あらためて
この人のように
★ショックを自覚し
★流されないようにすることの ←自覚
大事さを思いました。
昔から
聖域を荒らす人間は
いました。 ←破戒僧
充分とは言えない環境で
出会いに感謝しつつ
一生懸命協力しながら
がんばっている
そういう場所を壊して
なんか小児的万能感を
満たそうとする輩です。
とんでもない行為ですから
追放という重罪でした。

エテ公以下だと
気がつかねば
永遠にわるふざけをし続け
じわじわ
自分の首を絞めてゆきます。
PTSD克服と賢人の言葉
無条件に暴力を赦すのは真の聖人ではない
許すには
全容を知らねばなりません。
真実が明らかになって
初めて
誰が加害者で
誰が被害者か
見えてきます。
―冤罪があるように
これは案外見えにくいものです。
自分だって
加害者扱いされた
―学校や家での不適応で
よい子でないとみなされた
経験を思い出してください。
一番最初に
「こいつが悪い」と
思ったものや人間を
後生思い続けるのは ←心中
生後直後に見た動くものを
親だと勘違いして
追い回す
カモやアヒルと
知的レヴェルが同じです。
―健康な知性を与えられて
生まれてきたのに
残念なことです。
悪しき
信仰の宗教みたいなものです。
―真の宗教は
実践による成長を促します。
真実が明らかになれば

善悪を超えて
許せるようになるのかも
しれません。
赦すとか赦さないとか
自分が決めることではないと
理解できるかもしれません。
そのときは
トラウマが癒えているはずです。
トラウマが
癒えていないのに
赦せるはずがありません。
自然な怒りの範囲で
許せないと
―怒りが怒りを生んで
一体なんで怒ってるのか
ワケがわからなくなる魔境は
避けた方が懸命です。
思うのが普通でしょう。
それを他人が
許しなさいとか
こだわってはいけないとか
怒りすぎだとか
言うのは
相当ヘンな話だと思います。
山岳写真家白旗史朗さんのセルフコーチング
朝日新聞の夕刊で
シリーズで
出ておられます。
だいたい
空気の薄いところに
登るだけで
疲弊しますよ。
そこで
人を感動させる
写真撮ろうってんですから
並大抵の自我構造では
無理です。
そういう人には
心の中に
コーチがいますね。
心理療法の極意を
―宗教でも
心理学でも
極意中の極意は
秘策ですよ。
興味本位で
都合よく利用されると
魔境に入るからです。
ブログには書けないし
専門雑誌も
世の中に出てないでしょう。
(ネットで売る人が出てるようで
学会は牽制しています)
何で知ってんの?って
いうような…
如人千尺懸崖上樹
こころのケア段階では
傾聴が基本ですがね。
途中で絶対
増上慢が起って自我肥大する時期が
出てくるんですよ。
―陰陽のバランスの病ですから。
一生ここに住む人も
多いですがね。
そこで
【喝!】をどう入れるか
大事な話です


