ジブリ『崖の上のポニョ』」カテゴリーアーカイブ

清水寺に行ってきました。

数年前
キヨ・ブタ
バッグ買っちゃった!」
なんて言い回しが
流行していると
朝日新聞にありました。
清水の舞台から
飛び降りるつもりで… を
短縮した言い方ですね。
【如人千尺懸崖上樹】
ポニョ  崖の上の
この公案に関係あるのでは?
と思っていたのですが、
説明書きには
やはり【崖】を意識して
造られたものだと
書かれてました。
PTSD研究家翠雨の日記
その舞台に行く前に
出会うのが
この大黒天
赤と黒ですね。
陰陽相殺で
仏教と陰陽五行の
見事な習合です。
そう言えば
寺の入り口の
阿吽の像からして
陰陽でしたね。
法相宗の寺で
ご本尊には観音様が
置かれてありました。

家出するポニョは発達障害?人格障害?

人格障害とか境界例
なんて人達

心理療法家は
わりと
「ボーダー」
(ボーダーライン)って
言い方を好んでましたが

―精神病と神経症の
間と習いました―

心理療法の途中で必ず
何か危険なことをするから
セラピストも
巻き込まれます。

初心者が
最初に巻き込まれることを
アクティング・アウト
洗礼とか呼んでました。

本来なら
心の中で
葛藤や不安を処理していくのが
心理療法なのですが

それが現実の行動に移されてしまう
ことを言います。

暴力とか家出とか
自傷・他害なんかが
ここに含まれます。

行動化だらけの
PTSDは
人格障害扱い
間違いないですね。

じゃあ

ポニョも
人格障害目ですか?

そんなぁあせる

そう言えば
昨年東京フォーラムで
ポニョを自己実現モデルとして
分析したのを
発表したら

「ポニョの年齢では
適応論でしょう」
という大学教授がいました。

発達障害ってことですね。

妹たちは
お父さんに言われなくても
お部屋に帰るのに
ポニョは
嫌がって家出までするんですから

知能が遅れてるってことですね。
お部屋に帰れるように
少しずつ教えていかなければ
なりません。

じゃあ、宗助は出番ないですね叫び
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家出するポニョは発達障害?人格障害?

人格障害とか境界例
なんて人達
心理療法家は
わりと
「ボーダー」
(ボーダーライン)って
言い方を好んでましたが
―精神病と神経症の
間と習いました―
心理療法の途中で必ず
何か危険なことをするから
セラピストも
巻き込まれます。
初心者が
最初に巻き込まれることを
アクティング・アウト
洗礼とか呼んでました。
本来なら
心の中で
葛藤や不安を処理していくのが
心理療法なのですが
それが現実の行動に移されてしまう
ことを言います。

暴力とか家出とか
自傷・他害なんかが
ここに含まれます。
行動化だらけの
PTSDは
人格障害扱い
間違いないですね。
じゃあ
ポニョも
人格障害目ですか?
そんなぁあせる
そう言えば
昨年東京フォーラムで
ポニョを自己実現モデルとして
分析したのを
発表したら
「ポニョの年齢では
適応論でしょう」
という大学教授がいました。
発達障害ってことですね。
妹たちは
お父さんに言われなくても
お部屋に帰るのに
ポニョは
嫌がって家出までするんですから
知能が遅れてるってことですね。
お部屋に帰れるように
少しずつ教えていかなければ
なりません。
じゃあ、宗助は出番ないですね叫び

太田光代『私が「にんぎょひめ」だったころ 』に観るポニョ的自己実現の一事例

PTSD研究家翠雨の日記

爆笑問題
太田光氏とは
双子のような
著者です。

光さんと光代さん
イザナギとイザナミ
みたいですね。

ボケとツッコミ
陰陽が
爆笑で
二元論を超えた

【一太極二陰陽】が

国民に
パワーを与えます。

光氏も
西田哲学批判したりして

なかなかの
哲人ですが…

ひらがなで
にんぎょひめ

しかも
だったころ

と書いてあるのですから

アンデルセンの
人魚姫では

日本女性は
生きていけない
という
『崖の上のポニョ』が
描かれた哲学思想

この方にも
顕著です。

ポニョみたいに
かわいいしドキドキ
続きを読む

太田光代『私が「にんぎょひめ」だったころ 』に観るポニョ的自己実現の一事例

PTSD研究家翠雨の日記
爆笑問題
太田光氏とは
双子のような
著者です。
光さんと光代さん
イザナギとイザナミ
みたいですね。
ボケとツッコミ
陰陽が
爆笑で
二元論を超えた
【一太極二陰陽】が
国民に
パワーを与えます。

光氏も
西田哲学批判したりして
なかなかの
哲人ですが…
ひらがなで
にんぎょひめ
しかも
だったころ
と書いてあるのですから
アンデルセンの
人魚姫では
日本女性は
生きていけない
という
『崖の上のポニョ』が
描かれた哲学思想

この方にも
顕著です。
ポニョみたいに
かわいいしドキドキ

夏目漱石『夢十夜』第一夜の女性はポニョとして生まれ変わり約束を果たした

第一夜には

死にゆく女性が
出てきます。

きっと
逢いに来ますから
百年待っててください

そう言われて
漱石は
戸惑っています。

無意識の
面白いところは
大文豪でも
自分の夢の意味が
わからない
ところに
あります。

そんなに
簡単にわかったら
つまらない。

でもわかりたい。

誰もが思うところです。

漱石の『門』は
世紀の公案小説

と言われています。

作家は時代の先読みをする
シャーマンみたいな
感性で
作品を書かされている
わけですから

それを読んだ
同時代の人が
みな得心できるはずが
ありません。

万人得心は
三文小説家の
証ですから

漱石は
ロンドン留学で
西洋文化に圧倒された
最初の人の一人です。

心身症をやむくらい
真剣に
格闘
したのです。

『門』が書かれたのは
西洋と東洋との
出会いなんて
こじゃれた話ではなく

まさしく
PTSD克服物語

なのだと
私は思います。

かつて
大陸文化に出会い
圧倒されて
PTSD克服のために
『古事記』
編纂されたのと
同じ無意識にある
魂のメカニズムです。

平成になって
『門』は
世紀の公案アニメ
『崖の上のポニョ』
としてリメイク
されました。

主人公の名前を同じにし
正法眼蔵斜め読みしてたら
気づくような
親切な
構想で…

そして
ポニョをもとに
解説したら
若い人たちが
漱石も
仏教や陰陽五行説のような
東洋思想の意義も
理解してくれる
ようになりました。

今年のテーマは
それとPTSDについて
同様に理解してもらい

自殺者を減らすことです。

女性とは
漱石のアニマで
自身が時代に先駆けて
病んだ
PTSDが

平成の時代では
ありふれた問題となり

自身の
克服記録としての
作品が

かならず
再び世の中に
貢献できるとの
励ましを
自信のない
漱石に
与えていたのでしょう。

宮崎監督の無意識で
ポニョとして
受け継がれ
女性は
確かに
現れました。

続きを読む

夏目漱石『夢十夜』第一夜の女性はポニョとして生まれ変わり約束を果たした

第一夜には
死にゆく女性が
出てきます。
きっと
逢いに来ますから
百年待っててください

そう言われて
漱石は
戸惑っています。
無意識の
面白いところは
大文豪でも
自分の夢の意味が
わからない
ところに
あります。
そんなに
簡単にわかったら
つまらない。
でもわかりたい。
誰もが思うところです。
漱石の『門』は
世紀の公案小説

と言われています。
作家は時代の先読みをする
シャーマンみたいな
感性で
作品を書かされている
わけですから
それを読んだ
同時代の人が
みな得心できるはずが
ありません。
万人得心は
三文小説家の
証ですから
漱石は
ロンドン留学で
西洋文化に圧倒された
最初の人の一人です。

心身症をやむくらい
真剣に
格闘
したのです。
『門』が書かれたのは
西洋と東洋との
出会いなんて
こじゃれた話ではなく
まさしく
PTSD克服物語

なのだと
私は思います。
かつて
大陸文化に出会い
圧倒されて
PTSD克服のために
『古事記』
編纂されたのと
同じ無意識にある
魂のメカニズムです。
平成になって
『門』は
世紀の公案アニメ
『崖の上のポニョ』
としてリメイク
されました。
主人公の名前を同じにし
正法眼蔵斜め読みしてたら
気づくような
親切な
構想で…
そして
ポニョをもとに
解説したら
若い人たちが
漱石も
仏教や陰陽五行説のような
東洋思想の意義も
理解してくれる
ようになりました。
今年のテーマは
それとPTSDについて
同様に理解してもらい
自殺者を減らすことです。
女性とは
漱石のアニマで
自身が時代に先駆けて
病んだ
PTSDが
平成の時代では
ありふれた問題となり
自身の
克服記録としての
作品が
かならず
再び世の中に
貢献できるとの
励ましを
自信のない
漱石に
与えていたのでしょう。
宮崎監督の無意識で
ポニョとして
受け継がれ
女性は
確かに
現れました。

「岸壁の母」二葉百合子引退

78歳で
芸能生活76年目
だそうです。

凄いですね。

戦争に行ったままの
一人息子が
帰ってこないから
毎日毎日
岸壁に
迎えに行ったんでしたね。

宗教者の
【行(ぎょう)】
みたいだなあと
思ううち

『崖の上のポニョ』
の下敷きである

公案
【如人千尺懸崖上樹】
を思いました。

高い高い崖の上の人
に対して

下から
質問するのが
師匠です。

崖の上は
もちろん
危険で怖いです。
足が震えますが

下にいる人の
恐怖も
同じです。

責任は
それ以上でしょう。

戦地の息子と
送り出す母の
構図も
同じではないかと
思いました。

わが国の
お母さんは
マザー
とは違うんですね。

師であり
神であり

親子関係は
神仏と人間との
関係を
どこか含んでて

子どもは
母を個人として
見られないし

母も
子どもを
個人として
見られない。

そこに
素晴らしさがあり
ややこしさも
あるんでしょうね。

HIKIKOMORIは
MOTTAINAI
と並んで
有名な
日本語です。
続きを読む

「岸壁の母」二葉百合子引退

78歳で
芸能生活76年目
だそうです。
凄いですね。
戦争に行ったままの
一人息子が
帰ってこないから
毎日毎日
岸壁に
迎えに行ったんでしたね。
宗教者の
【行(ぎょう)】
みたいだなあと
思ううち
『崖の上のポニョ』
の下敷きである
公案
【如人千尺懸崖上樹】
を思いました。
高い高い崖の上の人
に対して
下から
質問するのが
師匠です。
崖の上は
もちろん
危険で怖いです。
足が震えますが
下にいる人の
恐怖も
同じです。
責任は
それ以上でしょう。
戦地の息子と
送り出す母の
構図も
同じではないかと
思いました。
わが国の
お母さんは
マザー
とは違うんですね。
師であり
神であり
親子関係は
神仏と人間との
関係を
どこか含んでて
子どもは
母を個人として
見られないし
母も
子どもを
個人として
見られない。
そこに
素晴らしさがあり
ややこしさも
あるんでしょうね。
HIKIKOMORIは
MOTTAINAI
と並んで
有名な
日本語です。