土浦市のホームセンターで
中学3年の男子生徒(15)が
30歳くらいの
男に背中を刃物で刺されて
重傷を負いました。
男は逃走中です。
「死ね、こらー」と
叫んでいたようです。
年末年始は
PTSDにとって
魔境ですからね。
―中島みゆきも
12月は自殺する若い女性が多いとか
歌ってたような
キレる出来事があり
病的退行して
―治療的退行
創造的退行
いろいろあります。
ゆめうつつの
幻覚妄想のなか
自分も他人も
一緒くたのなかで
犯行が行われたのでしょう。
中学生は
相当なショックだと思います。
受験もあるのに
理不尽さをかみしめることに
なるでしょう。
こころのケアが必要です。
投稿者「翠雨PTSD予防&治療研究所」のアーカイブ
本物駅長よりうさぎの駅長に観る【象徴】
【象徴】が生きてる証ですね。
こういうの好きですもんね。
思わず笑ってしまいますし
子供たちも
喜びます。
無我
(本当は意識があると
思いますが)なものに
その年その年の
干支が宿るのですね。
兎と書かずに
卯
茂るという意味で
草木が地面を蔽う状態です。
年賀状にも
「跳ね回ります」とか
書かれてました
あやかって ←同一視・憑依
元気に働こうとしておられるのですよね。
「あんたは兎か?」
そういう野暮な日本人はいません。
やはり象徴は
生きているのです
上沼恵美子のホラは落語的陰陽五行説
番組の【華】です

ホラ話が面白いのですが
「うちのお姉ちゃん」が
よく登場するそうです。
―例)私の顔はイタリア系
お姉ちゃんはどぶ板系
これは
ひそかに
あるいはヒステリーで
叶美香が
パクっている
実はひとり漫才なんですね。
落語と一緒です。
―ボケとツッコミの
陰陽
足して2で割るのではなく
想像もしなかった
トンでもない話に ←頓知のトンでしょう
なっていって
笑います
今日から
すべてがこの構造です。

笑う=無我=大死
【大死一番乾坤新たなり】
―乾坤は天地
つまり世界
一度
象徴的な意味で死ねば
世界がガラリと変わる。
そう言えば
お料理もお上手だそうですが
禅寺の【典座(料理係)】は ←落語のもと
出世頭だそうです。
『サウンド・オブ・ミュージック』もPTSD物語
集合的無意識に息づく三蔵法師の冒険
人間のこころは
宗教的にできています。

孫悟空が
―空思想をつかんだつもりの
自我
調子に乗って
小児的万能感から
勘違いを起こして
増上慢になったとき
額の金縛りに
苦しみます。
―「トラウマ?
関係あるかぁ!」
「心理学ごときに
この辛さが理解できるかぁ」
「自分の人生
好きに生きて何が悪い!」

すべては
仏の掌の上の出来事です。

仏の掌は
無意識でしょう。
―人が無心になると
沸いてきます。
佛とも書きますね。
一即多です。
無一物即無尽蔵です。
命をかけた冒険により
蓄積された
有り難い
お経(縦糸)は
感官に宿っています。


こんな風に表現される
場所です。
―使う方も
命がけです
智恵の光が照らします。
「もっと呑め!」
そういう風に響いてくるのは
妄想であって
別世界の話です。
援助交際やリストカットの背後にあるPTSD
朝日新聞に
ウェブデザイナーの
PTSD克服物語が
ありました。
―精神科の診断名は
強迫性障害とか人格障害
薬は山ほどもらいますが
足りずに(?)
家中のアルコールを
飲み干したことも
あるそうです。

まだ31歳の女性ですが
ずっと年上に見えます。
老けているというのではなく
―克服しましたから
元気で美しいです。
一生分の
(二生分?)
苦労をされたからでしょう。
リストカットや
援助交際の原因は
機能不全家族であったとの
回想から
―表向きエリート家族で
この人も優秀です。
99点で叱られるんですから!
記事が始まっています。
こんな風に
物語ってみて
全体像を眺めてみるのも
いいですね。
『あ、ここでネコと
出会ってる』
―ネコとの出会いの意味を考えて
おられます。
無関係なら
ただの野良猫でしょ?
こういうグラフ
事例研究で使う
研究者少なくないです。
―ちょっと古典的かな?
気づきが起こりやすい
装置です。
この人とは別に
父母も離婚し
それぞれ
生き直しておられるようです。
関わりあわなくても
克服できます。
自力で克服する人も
おられます。
リストカットや援助交際を見て
PTSDだと認識し
傷を深めるだけだからと
治療に向かわせる
ネットワークができれば
いいですね。
PTSDとUターン帰省
PTSD未治療孤高の人なりそびれ症候群

世に住むPTSDのかたちを
具体的に
教えてくれています。

71歳の
モンスター患者の
背景にあるのも
PTSDです。
―認知症やピック病では
ないです
この人の場合は
子どものころからの
生活苦
―貧しいこと自体が
悪いのではないのですが
機能不全家族が背景にあると
問題が複雑化するのです。
人と群れず
自己流を貫くのを
自分のスタイルに
せざるをえなかったようです。
これは
低空適応であり
【昇華】とかでは
ありません。
迷惑かけてますから
身勝手ですね。
本当の孤高の人は
ひっそり静かに
(感情のコントロール)
豊かに生きており
傍目にも美しいものです。
こういう人も受け入れたという
美談にしてますが
医療体制破綻の世の中
PTSD予防と
PTSD治療に努めたほうが
本人のためにも
社会のためにも
よいのでは?と
考えます。
PTSDの時代【キューブラー・ロス】は常識に

不治の病の告知に関して
どう反応しやすいかという
ことでしたが
受け入れがたいことを
言われるのは
精神的死を意味しますから
同じことです。
否認したくなりますし
怒りがこみ上げてきますし
抑うつ状態になります。
簡単に受容できません。
理不尽な死を迎えた
死体が
無念を抱えていたことも
認めはじめていますね。
自殺対策に活かされるでしょうか。
―「また…」
「迷惑」
「親から貰った命を粗末にする
罰当たり」
死者のPTSDに鞭打つような
声は少なくなりました。
最先端医療がと書いてるのは
ウソですがね。
―知識は増えていません。
この世界
進歩も進化も不要です。
ゆっくりゆっくり
世の中はまともになってきています







