哲学・宗教・倫理」カテゴリーアーカイブ

コンサータ錠発売記念講演?!と五戒

仏教でいう
在家(一般人)の
五戒とは

アメーバ不殺生戒(ふせっしょうかい)
– 生き物を殺してはいけない。
アメーバ不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
– 他人のものを盗んではいけない。
アメーバ不邪淫戒(ふじゃいんかい)
– 自分の妻(または夫)以外と交わってはいけない。
アメーバ不妄語戒(ふもうごかい)
– うそをついてはいけない。
アメーバ不飲酒戒(ふおんじゅかい)
– 酒を飲んではいけない。 ←般若湯はO.K.by 翠雨

夢の解釈では、真逆
 ―あくまで夢の中の話ですよ!
  現実に移したら行動化
  場合によっては犯罪ですゾドクロ

ヒミツ殺さなくてはならない
  ←自家中毒の要因である賞味期限の切れた常識に決別
ヒミツ盗まなくてはならない 
 ←秘策を盗み実行するルパン並みの行動力 
ヒミツ交わらなければならない
  ←自分の常識の外にいる人たちと関わり
ヒミツイメージと遊ばねばならない
 ←無意識の声を聴きながら
ヒミツ酔わねばならない  
    ←しっかり解離した上で再統合する

この魂の秘策を知らない臨床家は

自分の経験知で
クライエントの現実の反映とか願望などと
解釈することで

クライエントのこころを
叫び殺し
叫びクライエントの利益を盗むため
叫び関わるべきでない相手に近づき
叫び事実を捻じ曲げた自説に
叫び酔いながらお接待を受ける。

コンサータ錠発売記念講演?

なんですか
このふざけようは!

世も末です。
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PTSD克服は楽園追放から

「園のすべての木の実を
自由に食べてもよい。
だが
善悪の知識の木の実を食べてはいけない。
それを食べたら
きっと死ななければならなくなるから
である」
  ―旧約聖書 
   創世記第二章16節からです。
不眠や不安、イライラの背景に
心因があるなら
PTSDです。
心理療法しか
ありません。
心因を見つめながら
自分の頭で整理してゆきますから
楽ではなく
死にたくなるようなつらい作業かも
しれません。
薬を飲んだ方が
楽だと思われる気持ちも
わかります。
しかし
【象徴的に】
一度死ななければ
再生はないのです。
禅では【大死一番】と言います。
 ― 一度死んだら
   もう何も怖くなくなる
   そうですよ。
   
   もちろん比喩です。
   象徴的に死ぬのです。
   本当に死ぬことではありませんよ。
  
  

来日中のダライ・ラマ14世の記念講演PTSD流解釈

来日中のチベット仏教最高指導者
ダライ・ラマ14世
です。

PTSD研究家翠雨の日記

約6500人の観客を前に
「人間的価値の大切さ」をテーマに
講演し

「心の平穏さを維持すれば
物事を客観的に見ることができる」と
述べました。

どんなに余裕がなく
辛いときでも
なるべく
これを想うことが大事でしょうね。

たとえできなくてもね。

また

「自国以外に
他国のことも考える広い視野を持つことが
世界のさまざまな問題の解決につながる」と
強調しました。

日本の常識=世界での非常識
ってこと
たくさんありますからね。
 ―専門家による
  うつ病あつかい
  発達障害あつかいで
  PTSDごときで
  自殺する人続出の学術学会って
  悪魔の集団ですか?
  

我が家の常識=世間での非常識
 ―DV家族の常識
  虐待する親子
  被害者はそれが常識だと
  マインドコントロール
  されてたりしますからね。

死に行く人に
僧侶が
「畏れるな!
幻に過ぎないのだから
飛びついてしまえ!
そしたら幻は消えるから」と
語りかけ

神々しい光のイメージとともに
死の不安を
絶対の安心(あんじん)に変える
ダイナミックな密教が

チベット仏教です。

瀕死のPTSDが
自殺することなく
【象徴的に】死と再生するための
ヒントがそこには
ありますよ。
続きを読む

コンサータ錠発売記念講演?!と五戒

仏教でいう
在家(一般人)の
五戒とは
アメーバ不殺生戒(ふせっしょうかい)
– 生き物を殺してはいけない。
アメーバ不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
– 他人のものを盗んではいけない。
アメーバ不邪淫戒(ふじゃいんかい)
– 自分の妻(または夫)以外と交わってはいけない。
アメーバ不妄語戒(ふもうごかい)
– うそをついてはいけない。
アメーバ不飲酒戒(ふおんじゅかい)
– 酒を飲んではいけない。 ←般若湯はO.K.by 翠雨
夢の解釈では、真逆
 ―あくまで夢の中の話ですよ!
  現実に移したら行動化
  場合によっては犯罪ですゾドクロ
ヒミツ殺さなくてはならない
  ←自家中毒の要因である賞味期限の切れた常識に決別
ヒミツ盗まなくてはならない 
 ←秘策を盗み実行するルパン並みの行動力 
ヒミツ交わらなければならない
  ←自分の常識の外にいる人たちと関わり
ヒミツイメージと遊ばねばならない
 ←無意識の声を聴きながら
ヒミツ酔わねばならない  
    ←しっかり解離した上で再統合する
この魂の秘策を知らない臨床家は
自分の経験知で
クライエントの現実の反映とか願望などと
解釈することで
クライエントのこころを
叫び殺し
叫びクライエントの利益を盗むため
叫び関わるべきでない相手に近づき
叫び事実を捻じ曲げた自説に
叫び酔いながらお接待を受ける。
コンサータ錠発売記念講演?
なんですか
このふざけようは!
世も末です。

来日中のダライ・ラマ14世の記念講演PTSD流解釈

来日中のチベット仏教最高指導者
ダライ・ラマ14世
です。
PTSD研究家翠雨の日記
約6500人の観客を前に
「人間的価値の大切さ」をテーマに
講演し
「心の平穏さを維持すれば
物事を客観的に見ることができる」と
述べました。
どんなに余裕がなく
辛いときでも
なるべく
これを想うことが大事でしょうね。
たとえできなくてもね。
また
「自国以外に
他国のことも考える広い視野を持つことが
世界のさまざまな問題の解決につながる」と
強調しました。
日本の常識=世界での非常識
ってこと
たくさんありますからね。
 ―専門家による
  うつ病あつかい
  発達障害あつかいで
  PTSDごときで
  自殺する人続出の学術学会って
  悪魔の集団ですか?
  
我が家の常識=世間での非常識
 ―DV家族の常識
  虐待する親子
  被害者はそれが常識だと
  マインドコントロール
  されてたりしますからね。
死に行く人に
僧侶が
「畏れるな!
幻に過ぎないのだから
飛びついてしまえ!
そしたら幻は消えるから」と
語りかけ
神々しい光のイメージとともに
死の不安を
絶対の安心(あんじん)に変える
ダイナミックな密教が
チベット仏教です。
瀕死のPTSDが
自殺することなく
【象徴的に】死と再生するための
ヒントがそこには
ありますよ。

蔓延するPTSDお念仏療法と親鸞『歎異抄』

「歎異抄」や親鸞は人気がありますね。

「念仏は
まことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん
また地獄におつべき業にてやはんべるらん
総じてもって存知せざるなり
たとひ法然聖人にすかされまゐらせて
念仏して地獄におちたりとも
さらに後悔すべからず候ふ。

そのゆゑは
自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が
念仏を申して地獄におちて候はばこそ
すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ
いづれの行もおよびがたき身なれば
とても地獄は一定すみかぞかし」

親鸞の到達した境地は
わかりませんが
そして
念仏に罪はないのですが
 ―ひたすら念仏を唱えることは
 思いのほか精神衛生によいと
 考えています。

しかし叫び
念仏や法然を
こころの専門家と
書き換えると

蔓延する
PTSD地獄の原因
そのものです。

「自分で考えるな」      ←あなたには自力の坐禅は無理です
「薬を飲んでたら治る」という ←念仏を唱え他力を期待しなさい
お念仏療法を信じて

フラッシュバックの地獄に
落ちたとしても
そこから抜け出られない
ことになるとしても
決して後悔したりはしないと
親鸞のように
断言してのことではないはずです。

阿頼耶識は異熟するなり

一時代の真理も
後の世の人の無意識のなかで
いびつにゆがんで
妙な取り入れ方をされることが
あります。

敵は内にも外にもいますよ。

まずは小さな気づきを
内に起こし

誤診に気づくことです。
そして
ゆっくりゆっくり
現実をみる練習をしましょう。
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蔓延するPTSDお念仏療法と親鸞『歎異抄』

「歎異抄」や親鸞は人気がありますね。
「念仏は
まことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん
また地獄におつべき業にてやはんべるらん
総じてもって存知せざるなり
たとひ法然聖人にすかされまゐらせて
念仏して地獄におちたりとも
さらに後悔すべからず候ふ。

そのゆゑは
自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が
念仏を申して地獄におちて候はばこそ
すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ
いづれの行もおよびがたき身なれば
とても地獄は一定すみかぞかし」
親鸞の到達した境地は
わかりませんが
そして
念仏に罪はないのですが
 ―ひたすら念仏を唱えることは
 思いのほか精神衛生によいと
 考えています。
しかし叫び
念仏や法然を
こころの専門家と
書き換えると
蔓延する
PTSD地獄の原因
そのものです。
「自分で考えるな」      ←あなたには自力の坐禅は無理です
「薬を飲んでたら治る」という ←念仏を唱え他力を期待しなさい
お念仏療法を信じて
フラッシュバックの地獄に
落ちたとしても
そこから抜け出られない
ことになるとしても
決して後悔したりはしないと
親鸞のように
断言してのことではないはずです。
阿頼耶識は異熟するなり
一時代の真理も
後の世の人の無意識のなかで
いびつにゆがんで
妙な取り入れ方をされることが
あります。
敵は内にも外にもいますよ。
まずは小さな気づきを
内に起こし
誤診に気づくことです。
そして
ゆっくりゆっくり
現実をみる練習をしましょう。

PTSDと悲劇の哲学

人間はなぜ【悲劇】が好きか。

容易に涙が出るからかもしれません。

自分のことだと
相当ひどい悲劇にであっても
笑ってしまいます。
 ―【反動形成】と言います。
 日本人の誤解されやすい特徴です。

他人の話だとつい気を許して
泣いてしまう。
 ―泣けるということは
  自分の無意識の中にも
  同様の悲劇があるということでしょう。
  【投影】です。

PTSD研究家翠雨の日記

カタルシスという言葉は
なにもフロイトが考えたものではなく
大昔から哲学で
取り扱われてきた概念です。
 ― 心理学なんて
   哲学宗教を源泉とした新興宗教ですよ。
    
新興宗教が新しい宗教になるかどうかは
   ①源泉を無視しないこと
   ②源泉に意味ある発展が認められること
   
   ですが

   「べっつにぃ、テツガクじゃないし!」
   って詭弁で反撃されるかも叫び

PTSD研究家翠雨の日記

ニーチェも最初の著作で
取り扱っています。
そして文献学会から
村八分にされたそうで

…相当共感しますしょぼん

古典を扱うと
嫌われやすいのは
世の東西同じかもしれないですね。

でも扱わなくていいということ
ではないですねニコニコ
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