人間はなぜ【悲劇】が好きか。
容易に涙が出るからかもしれません。
自分のことだと
相当ひどい悲劇にであっても
笑ってしまいます。
―【反動形成】と言います。
日本人の誤解されやすい特徴です。
他人の話だとつい気を許して
泣いてしまう。
―泣けるということは
自分の無意識の中にも
同様の悲劇があるということでしょう。
【投影】です。

カタルシスという言葉は
なにもフロイトが考えたものではなく
大昔から哲学で
取り扱われてきた概念です。
― 心理学なんて
哲学宗教を源泉とした新興宗教ですよ。
新興宗教が新しい宗教になるかどうかは
①源泉を無視しないこと
②源泉に意味ある発展が認められること
ですが
「べっつにぃ、テツガクじゃないし!」
って詭弁で反撃されるかも

ニーチェも最初の著作で
取り扱っています。
そして文献学会から
村八分にされたそうで
…相当共感します
古典を扱うと
嫌われやすいのは
世の東西同じかもしれないですね。
でも扱わなくていいということ
ではないですね
「哲学・宗教・倫理」カテゴリーアーカイブ
マトリョーシカ人形の流行とPTSD
最近よく目にしますね
流行ってるのでしょうか?
Матрёшка
マトリョーシュカ
ロシアの木製の人形です。
6重以上の入れ子である場合が
多いようです。

女性像が多いですが
大統領など有名人が描かれたものや
動物や絵柄など人間以外のものが
描かれたものなど各種あります。
1900年のパリ万国博覧会から
ロシア各地で作られるようになり
ロシアの民芸品、みやげ物として
知られるようになったそうです。
オリジナルは
ロシアにあるという説と
正教会の避暑館にやってきた
ロシア人修道士が
本国への土産に持ち帰った
箱根細工の入れ子人形
(こけし・だるま・七福神)が
原型であったという説があります。
入れ子構造も
こころの本質を表し
なかなか哲学的です。
それで
現代日本人に
受け入れやすかったのでしょうか。
流行の
―PTSDとは
ヒステリーという
被暗示性の高い
つまりは
流行に敏感な方々ですから
PTSDの方々は
統合失調症や
発達障害や
うつ病に見えたり
攻撃的で
人格障害みたいなときもあるし
妙に素直そうに
つるんでたり
新しげな考えにすぐ迎合したり
自分でも
最後の1つ
(真の自己)は
どんなのか
なかなか
検討がつかないのかも
しれません。
でもコンパクトで
かわいかったり
するんでしょうね
続きを読む
デカダンスに想うPTSD克服環境② ニーチェの場合
「見えない処を見る」
あの心理学にせよ、
その他私が特技としている事柄は
病苦の時期に
はじめて習得したものなのであって
あの時期固有の贈り物である。
病苦の時期には
わが身における何もかもが
洗練された。
観察それ自体だけではなく
観察の全器官も洗練されたのである。
病者の光学から
一段と健康な概念と価値を見渡し
また
これとは反対に豊富な生の充実と自信とから
デカダンス本能の秘かな営みを見下すということ
―これが私の最も歳月をかけた修行であり
私のほんとうの経験であって
もし私が何らかの点で達人になったのだとすれば
それはこの点においてであった。
…私にだけ「価値の価値転換」などと
いうことが可能になる第一の理由は
ここにある。
自分でつかむしかないし
それが最強なんですね
続きを読む
デカダンスに想うPTSD克服環境① デカダンス
デカダンスは
フランス語
decadenceからで
【退廃】です。
日本語から受けるイメージは
あまりよくないですが
「無」とか「空」に繋がるものの
フランス版で
本来は
哲学的で
よい言葉だと思います。
― 一生、そこに浸ってはいけませんが
【個性化の過程】のある時期において…
19世紀末に
既成のキリスト教的価値観に懐疑的で
芸術至上主義的な立場の
一派に対して使われたんです。
でも
21世紀に
その一派にいて
デカダンスを気取ってたら
化石と映る。
PTSDに関しても
この迷いが
案外多いなぁって
思います。
自分の頭と身体だけで
考える人だけが本物で
その人にしか
この病は克服できないと
思います。
続きを読む
マトリョーシカ人形の流行とPTSD

最近よく目にしますね
流行ってるのでしょうか?
Матрёшка
マトリョーシュカ
ロシアの木製の人形です。
6重以上の入れ子である場合が
多いようです。

女性像が多いですが
大統領など有名人が描かれたものや
動物や絵柄など人間以外のものが
描かれたものなど各種あります。
1900年のパリ万国博覧会から
ロシア各地で作られるようになり
ロシアの民芸品、みやげ物として
知られるようになったそうです。
オリジナルは
ロシアにあるという説と
正教会の避暑館にやってきた
ロシア人修道士が
本国への土産に持ち帰った
箱根細工の入れ子人形
(こけし・だるま・七福神)が
原型であったという説があります。


だるまさんは
達磨大師を親しみやすくしたものですし

入れ子構造も
こころの本質を表し
なかなか哲学的です。
それで
現代日本人に
受け入れやすかったのでしょうか。
流行の
―PTSDとは
ヒステリーという
被暗示性の高い
つまりは
流行に敏感な方々ですから
PTSDの方々は
統合失調症や
発達障害や
うつ病に見えたり
攻撃的で
人格障害みたいなときもあるし
妙に素直そうに
つるんでたり
新しげな考えにすぐ迎合したり
自分でも
最後の1つ
(真の自己)は
どんなのか
なかなか
検討がつかないのかも
しれません。
でもコンパクトで
かわいかったり
するんでしょうね
デカダンスに想うPTSD克服環境② ニーチェの場合
「見えない処を見る」
あの心理学にせよ、
その他私が特技としている事柄は
病苦の時期に
はじめて習得したものなのであって
あの時期固有の贈り物である。
病苦の時期には
わが身における何もかもが
洗練された。
観察それ自体だけではなく
観察の全器官も洗練されたのである。
病者の光学から
一段と健康な概念と価値を見渡し
また
これとは反対に豊富な生の充実と自信とから
デカダンス本能の秘かな営みを見下すということ
―これが私の最も歳月をかけた修行であり
私のほんとうの経験であって
もし私が何らかの点で達人になったのだとすれば
それはこの点においてであった。
…私にだけ「価値の価値転換」などと
いうことが可能になる第一の理由は
ここにある。
自分でつかむしかないし
それが最強なんですね
デカダンスに想うPTSD克服環境① デカダンス
デカダンスは
フランス語
décadenceからで
【退廃】です。
日本語から受けるイメージは
あまりよくないですが
「無」とか「空」に繋がるものの
フランス版で
本来は
哲学的で
よい言葉だと思います。
― 一生、そこに浸ってはいけませんが
【個性化の過程】のある時期において…
19世紀末に
既成のキリスト教的価値観に懐疑的で
芸術至上主義的な立場の
一派に対して使われたんです。
でも
21世紀に
その一派にいて
デカダンスを気取ってたら
化石と映る。
PTSDに関しても
この迷いが
案外多いなぁって
思います。
自分の頭と身体だけで
考える人だけが本物で
その人にしか
この病は克服できないと
思います。
PTSD克服にはウロボロスではなく六道輪廻図参照!
六道輪廻図です。
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天
地獄は嫌だし
餓鬼の苦しみも困ります。
小児虐待なんて畜生以下です。
人間も辛いし
天はいいのではないかと思うでしょう?
ところが
有頂天はいけないのです。
そこから転落した天人のお話が
仏教説話にはあります。
r
怖い鬼さんに牛耳られた世界からの
解脱を目指すのです。

完結はありません。
常に水のように流れ続けるのが
いのちであり
生きているということなのです。

永遠に進化し続けるのが
東洋的自己実現
個性化の過程なのです。
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PTSD克服過程における不安と学び
「園のすべての木の実を食べてもよい。
だが善悪の知識の木の実を食べてはいけない。
それを食べたら
きっと死ななければならなくなるからである」
創世記第二章16節にあります。
陰陽五行では
善悪の知識の実を食べよ!
ですけどね。
善悪を神さまに決めてもらってすむなら
楽ちんです。
でもその神さまが
暴君って場合
―聖書の神さまは偉大だと思いますが
人間の無意識に刷り込まれた邪悪な神のこと
虐待する親とか・間違った医療知識だとか…
成長とともに
そこは地獄だと気づき
逃げ出したくなるときが
きますよね。
そして
そのときは
試練ですよね。
でも
キェルケゴールは
ここで正しく不安がることを学んだものは
最高のものを学んだものであると
言ってます。
つらいけど
そうなんです。
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