本日は
蘇我馬子が亡くなった日だそうです。
お墓の
石舞台は
『君たちはどう生きるか』のお墓を連想させますね。
たしかに
こころのなかでクーデターが起きるような
生死の場所に主人公は向かいます。
1400年前の今日、蘇我馬子が薨去 (推古天皇34年5月20日=626年6月22日)。群臣筆頭の大臣として対立する物部氏を滅ぼして権勢を確立し、仏教など外来文化の受容を進めた。推古天皇のもと厩戸皇子と協力して冠位十二階や十七条憲法を制定し、天皇中心の中央集権の礎を築いた。墓は石舞台古墳に比定される pic.twitter.com/1ZV3cZEsNe
— 可怜小汀 (@iokhicjnoakn) June 21, 2026
蘇我稲目、馬子、蝦夷、入鹿という
名前は、藤原が蘇我氏を貶める為に
日本書紀で勝手につけた名前。
蘇我氏代々の本当の名前が記された
文書はもう発見されないのかな?— 古野悪太 (@dZuyW1A2XT42733) June 22, 2026
蘇我氏の実名は不明で
一次文書の欠如は古代史の課題
発掘や木簡研究により
日本書紀の記述に疑問が呈されるケースが増えているものの
蘇我氏滅亡後に
藤原氏の影響下で編纂されたもので
蘇我氏を専横な悪役として描く傾向が強い。
氏名の完全な「捏造」については
蘇我氏の歴代名(稲目・馬子・蝦夷・入鹿)が
— 馬鹿をイメージしているとのこと
藤原氏により貶めるためにつけられたとする説
定説ではないそうです。
奇しくも
昨日は三国志の記事を書いたのですが
司馬遷にあこがれており
中国では
馬🐴は実に縁起のよいイメージです。
もっとも
司馬懿も
司馬遷の先祖
— 司馬懿の孫が司馬遷の父
歴史書では悪辣な人物として名を残していますが
最近の中国ドラマでは
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の竜馬に似せて
歴史に残る優れた軍師なのに
子どもっぽく
つかみどころがない
愛されキャラ
演じさせています。
歴史上の人物のイメージについての
古事記は
始めから比喩表現なので不変という特殊
普遍的な問題ですね。
AIに訊いてみると
古代日本史研究の
第一人者
日本書紀の現代語訳:井上光貞監訳の
『日本書紀(下)』(中公文庫など)の訳者として
飛鳥・奈良期(継体天皇~持統天皇頃)を担当
蘇我氏関連の記述(馬子・蝦夷・入鹿の活躍と乙巳の変)を
客観的に現代語に訳している。
笹山晴生先生におかれましても
1932-2024
東大名誉教授
このあたりの蘇我氏の名前(馬子・蝦夷・入鹿)の
「貶称説」や藤原氏による日本書紀でのイメージ操作について
直接的に深く論じた著作は
先の訳書の
注釈で
名前への蔑称的解釈や藤原氏の史料操作を積極的に強調した形跡は薄い。
見当たらないそうです。
バランスの取れた制度史・政治史寄りで
センセーショナルな「陰謀論的」再解釈とは距離を置いていた印象とのことで
さすがお上品
残念…
書いたものがないだけで
なんらかの印象は持たれていたのでは🤔
— 何も思わないということはないような…
律令制の論集か。ジャンク品でも日本の古い制度勉強できるのはいいけどな。
▲01)【1点限り!】日本律令制論集 上・下巻 2冊セット/笹山晴生先生還暦記念https://t.co/2Si8wyRKcl
— 小林忠志 (@kobayashitbv0t) May 29, 2026
この笹山晴生さんを含むつぶやきに、笹山登山さんというアカウントのリポストがついた。ヰキしたら、政治家で晴生さんの実弟らしい
元自由党議員か、懐かしい。 https://t.co/mlHBRLpArP— のぐち ともひろ (@skumomaro) May 25, 2026
歴史的身体




