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見えぬ処 心ひそかに 息を継ぐ @公認心理士化する西田哲学

 

心の広がりをめぐって──河合隼雄西田幾多郎が眺めていたもの

河合隼雄の誕生日にあたり、あらためて彼の仕事を振り返ると、日本の臨床心理学がいかに“制度として”形を与えられてきたかが見えてくる。
心理学を学ぶ場がほとんど存在しなかった時代に、臨床心理士という資格をつくり、国家資格化の道筋を描こうとした。その努力は、彼の死後、公認心理師という形で結実した。

しかし同時に、臨床心理学は「心理主義」という大きな潮流に巻き込まれつつある。
この問題は、実は西田幾多郎が『善の研究』で自ら反省したこととも響き合う。
ちょうど今週末、西田哲学会が開催される。
河合隼雄の誕生日と哲学会の時期が重なる今、臨床心理学と哲学が共有するこの問題を、あらためて考えてみたい。

1 河合隼雄の功績と、日本の臨床心理学が置かれていた状況

河合隼雄の仕事を振り返るとき、まず驚かされるのは、彼が活動を始めた当時の日本には、臨床心理学を体系的に学ぶ場がほとんど存在しなかったという事実である。心理学といえば、大学では実験心理学が中心であり、哲学や教育学の一部として扱われることが多かった。西田幾多郎が東京大学で学んだ心理学も、まさにこの「実験心理学」の時代である。

そうした状況のなかで、河合隼雄は臨床心理学を「学問として」「職能として」成立させるための基盤づくりに尽力した。ユング研究所での研鑽を経て、日本にも精神分析や分析心理学のような、しっかりとした訓練体系を持つ専門職を根づかせたいと考えたのである。

そのために、まず民間資格として臨床心理士制度を立ち上げた。これは、制度としては暫定的なものであったが、当時の日本においては画期的な試みであり、臨床心理学を「専門職」として社会に認知させる大きな役割を果たした。河合自身は、いずれ国家資格として整備されるべきだと考えていたが、民間資格を国家資格に格上げする制度は存在せず、道筋は容易ではなかった。

それでも、臨床心理士制度は日本の臨床心理学の発展に大きく寄与し、河合隼雄の死後、公認心理師という国家資格が誕生することになる。制度としての形は変わったものの、臨床心理学を社会に根づかせるという河合の構想は、一定の形で実現したと言えるだろう。

しかし、ここで一つの問いが生まれる。 河合隼雄が目指した臨床心理学の姿と、現在の公認心理師制度が示す方向性は、本当に同じものなのだろうか。 そして、臨床心理学が制度化される過程で、私たちは何を得て、何を見失ったのだろうか。

この問いは、臨床心理学の制度史を振り返るだけではなく、哲学側からの「心理主義」への警鐘とも深く関わっている。

 

2 心理主義の問題──宗教・心理療法・哲学の境界が曖昧になる時代

臨床心理学の制度が整えられ、専門職として社会的地位を得ていく過程は、確かに大きな前進であった。しかし、その一方で、臨床心理学は「心理主義」という大きな潮流の中に置かれるようになった。心理主義とは、宗教・倫理・哲学・社会の問題までもが、すべて「個人の内面の問題」として処理されてしまう傾向を指す。

この問題は、宗教哲学の側からも警鐘が鳴らされている。 たとえば、宗教が本来持っていた共同体的・儀礼的・歴史的な側面が弱まり、個人の内面へと収縮していく現象が指摘されている。宗教が「心の癒し」へと変質し、精神科医や臨床心理士が、かつて宗教者が担っていた役割を代替するような状況が生まれているというのである。

心理療法の出自が宗教と深く関わっていることはよく知られている。 しかし、現代の心理療法は、宗教的な由来を否定するかのように、個人の内面の問題としてのみ心を扱おうとする。宗教と心理療法が互いに近づきながら☯同時に互いの由来を否定し合うという、奇妙なねじれが生じている。

この心理主義の時代において、臨床心理学は「心の専門家」として社会的期待を集める一方で、心を取り巻く文化的・歴史的・共同体的な文脈を見失いかねない危うさを抱えている。 心を個人の内側だけに閉じ込めてしまうと、心が本来持っている広がり──身体、歴史、共同体、宗教、文化──が見えなくなる。

この問題は、臨床心理学だけの問題ではない。 哲学の側にも、同じ危うさが存在している。

3 西田哲学との共通問題──心理主義への反省と、心理学との接点

臨床心理学が心理主義の潮流に巻き込まれているという問題は、実は哲学の側にも同じように存在している。西田幾多郎は『善の研究』を著した後、自らの思索が「心理主義に傾いていた」と反省している。 心の働きを哲学的に捉えようとしたとき、どうしても「個人の内面」に焦点が集まりすぎてしまう危険がある。その危険を、西田は早い段階で自覚していた。

西田が参照していた当時の心理学は、実験心理学が中心であり、心を科学的に測定しようとする試みが主流であった。西田はその内容を紹介し、若干の意見を加えるにとどめているが、心理学を哲学の基礎として積極的に取り込むことはしなかった。 しかし、心理学を完全に拒絶したわけでもない。むしろ、西田は心理学が扱う「感官」や「意識の働き」に強い関心を寄せていた。

近年、哲学館で修復が進められている西田の心理学ノートを読むと、彼が眺めていた心理学の全体像が少しずつ明らかになってきた。そこには、個人的意識を超えて、国家や文明の差異までも含む「人類それ自体(humanity itself)」の相を捉えようとする記述がある。 これは、ユングが集合的無意識を構想したのと同じ時代の空気を感じさせる。西田が「歴史的身体」と呼んだものと、ユングの集合的無意識のモデルは、異なる言語でありながら、どこかで響き合っているように思われる。

道元が譬え話として「古鏡」「火炉」「無縫塔」などのイメージを用いて、言語化しがたい感官の働きを示そうとしたように、西田もまた、個人の心を超えた広がりを捉えようとしていた。 その広がりは、心理主義が心を個人の内側に閉じ込めてしまうとき、最も見失われやすい部分である。

西田哲学会でも、近年は西田の思想をより深く理解するために、心理学との関係を視野に入れる試みが増えている。西田が生きた時代の心理学を丁寧に読み直し、哲学と心理学の接点を探る動きがある。 しかし、文献を並べて表面的に一致する部分を探すだけでは、西田の思索の内側には届かない。 西田と同じ時代に生き、ほぼ同じ問題を見つめていたユングの心理学を手がかりにすることで、初めて西田の「心の広がり」が立体的に理解できるのではないかと私は考えている。

臨床心理学と西田哲学は、どちらも「心」を扱う学問でありながら、心理主義に傾くと実態を見失うという共通の危うさを抱えている。 その危うさを乗り越えるためには、心を個人の内側だけに閉じ込めず、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった広がりの中で捉え直す必要がある。

4 ユングとの同時代性──心の“広がり”を取り戻すために

西田幾多郎とユングは、互いに直接の交流があったわけではない。しかし、彼らが生きた時代の空気には、共通する問題意識があったように思われる。 それは、心を個人の内側だけに閉じ込めず、歴史・文化・共同体・宗教・身体といった広がりの中で捉え直そうとする試みである。

ユングは、個人的無意識の背後に、民族や文明の差異をも含む「集合的無意識」を構想した。 西田は、「歴史的身体」という概念を通して、個人の心が歴史的・文化的な文脈の中で形成されることを示そうとした。 両者は異なる言語を用いながら、心の構造を“個人の内側”に限定しないという点で、深い共通性を持っている。

心理主義が心を内面へと収縮させるとき、こうした広がりは最も見えなくなる。 心が「個人の感情や認知の問題」に矮小化されると、心が本来持っている歴史的・文化的・宗教的な層が切り落とされてしまう。 その結果、心はかえって理解しにくくなる。 心を狭く捉えるほど、心の実態は遠ざかるのである。

臨床心理学が制度化され、専門職として確立されることは重要である。しかし、制度が整うほど、心が「測定可能なもの」「技法で扱えるもの」として扱われやすくなる危険もある。 哲学の側でも、心を論理や概念の枠組みで捉えようとすると、個人の内面に焦点が集まりすぎる危うさがある。

だからこそ、今あらためて、西田とユングが見ていた“心の広がり”を思い起こす必要がある。 心は、個人の内側だけに存在するのではなく、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった層の中で生きている。 その広がりを取り戻すことが、心理主義の時代において、臨床心理学と哲学が実態を見失わないための鍵になる。

西田哲学会が心理学との関係を再評価し始めていることは、こうした広がりを取り戻すための重要な一歩である。 臨床心理学と哲学が互いに閉じた領域として存在するのではなく、心の広がりを共有する学問として再び接続されるとき、心理主義を超える新しい視野が開かれるだろう。

5 心理主義を超えるために──臨床心理学と哲学が見失わないための視点

河合隼雄が臨床心理学の制度化に尽力したこと、そして西田幾多郎が心理主義への傾きを自ら反省したことは、いずれも「心をどう捉えるか」という根本的な問いに向き合った結果である。 臨床心理学と哲学は、異なる方法を用いながら、同じ問いの周囲を歩いてきたと言える。

心理主義が心を個人の内側へと収縮させるとき、心の実態はかえって見えなくなる。 心は、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった広がりの中で生きている。 その広がりを切り落としてしまうと、心は「測定可能なもの」「技法で扱えるもの」として矮小化され、臨床心理学も哲学も、本来の対象を見失う危険がある。

その危うさを乗り越えるためには、心を広い文脈の中で捉え直す視点が必要である。 ここで、河合隼雄と西田幾多郎の思索が、静かに響き合う。

二人に直接の交流はなかった。 しかし、彼らが眺めていたもの──心の構造の広がり、個人を超えた歴史的・文化的な層、宗教的な深み──は、驚くほど似ている。 ユングが集合的無意識を構想したのと同じ時代に、西田は「歴史的身体」という概念を通して、心が個人の内側だけに閉じないことを示そうとした。

臨床心理学と哲学が心理主義に傾くとき、こうした広がりは最も見えなくなる。 だからこそ、今あらためて、河合隼雄と西田幾多郎が見ていた“心の広がり”を思い起こす必要がある。

臨床心理学は、制度として整備されるほど、心を技法や測定の対象として扱いやすくなる。 哲学は、概念や論理の枠組みで心を捉えようとすると、個人の内面に焦点が集まりすぎる危険がある。 どちらも、心理主義の時代には、心の実態を見失いやすい。

しかし、臨床心理学と哲学が互いに閉じた領域として存在するのではなく、心の広がりを共有する学問として再び接続されるとき、心理主義を超える新しい視野が開かれるだろう。 河合隼雄の構想と西田の反省は、そのための静かな道標となる。

心は、個人の内側だけにあるのではない。 心は、世界の広がりの中で生きている。 その広がりを取り戻すことこそ、心理主義の時代において、臨床心理学と哲学が実態を見失わないための鍵となる。

無骨より 学の灯立つ 明治風 @宇井伯寿と西田幾多郎

 

無我は

批判者の解釈に沿うと

霊魂は存在しないという意味

お釈迦さま以来信じられてきた心理学です。

幸福の科学系だから

大川隆法の復活を信じる。

邪見とおっしゃるのですね。

そして

前任者がオカルトっぽかっただけで

宇井伯寿はオカルト系じゃないです。

そしてオカルトは悪くない。

— 井上円了とかユングとか

—— 無理に科学にしようとしたフロイトこそ批判される。

文献学者ですが

既にあるものを研究

中学校時代に

ストライキで退校になってから

別の中学校を経て

東大に進んだのは

本科

西田幾多郎とよく似て

東大選科なので塩対応され苦学

ストイックです。

どちらも明治生まれで

愛知と石川も近いですね。

大拙もいた。

似ているように見える京都は

案外、合わなかったそうです。

そういう目に見えるものじゃなくて

人格に影響を与える場所というものがありそうです。

若いトキの気質とか

三つ子の魂百までみたいな

 

自我亡き後ですが

生まれて死ぬまでの

仮の「我」(五蘊の集合体)は日常的に存在

Wikipediaによると

  • 長男:格生(ただお) – 農学博士。北海道大学農学部教授
  • 次男:信生(のぶお) – 理学博士。群馬大学内分泌研究所教授
  • 三男:昌生(まさお) – 獣医師
  • 四男:治生(はるお) – 理学博士。広島大学理学部教授
  • 五男:理生(みちお) – 薬理学者。親族としてみた宇井伯壽の回想を記している。
  • ほかに夭逝した女子が一人いる

生命力が強そうなお名前シリーズで

最後の女の子は西田風ですね。

哲学の始まりは人生の悲哀

— こころのケアから

心霊上の事実として記録される。

 

 

火と水の みちをたどれば 宮ひらく @わだつみのいろこの宮のダイナミズム

あなたもスタンプをGETしよう

 

50円切手は

青木繁が

古事記の

幻想的出会いを表現した重要文化財です。

イザナミとイザナキ等

出会いは重要象徴モチーフ

場所は

「わだつみのいろこの宮」(海神宮)で

幸彦が

海底の宮殿を訪れ

 中央の座った男性が山幸彦(ホオリノミコト)

トヨタマヒメ(豊玉姫、神の娘)と

左の赤い服の女性

— 右の白い服の女性はその侍女

 

初めて出会う場面を描いています。

 

兄の釣り針を無くした

どんなに弁償しても許してくれない。

— 大事なものだからをつぶして千本返しても

—— なぜ貸したのでしょう?

山幸彦が途方に暮れていると

途方に暮れるトキがチャンス

塩土神(しおつちのかみ)が

ワタツミの宮である儀式が

定期的に行われていることを知っていた。

ここに導いてくれたのです。

舟を押してあげるから

力を入れずそのままゆき

— 正法眼蔵にもそんな言葉があった

木の上に座すよう指示

傍らの井戸に映ったその姿を見た召使いの女は

鏡と珠と刀が伏線に ~三種の神器

それをトヨタマビメに告げ

さらにそれを聞いた父のワタツミは

天孫

ホオリも天神の子孫であることを知りました。

何事も重なると強化されるのが

陰陽五行説

 

 作家の優れた色彩感覚が賞賛されますが

青木繁は壺を中心に

それを象徴的に描きました。

生活上は水を汲むための壺(器)

 山幸彦が水を求め

侍女から壺を受け取り

— 無意識中の媒介役割

自分の首飾りの(勾玉)を口に含んで吐き入れ

壺にくっつかせてトヨタマヒメに届けた。

山幸彦も

交換

トヨタマヒメの父からもらった珠で

潮汐を司る

潮満珠(しおみつるたま)と

潮干珠(しおひるたま)

兄の海幸彦を降参させました。

山幸彦の別名は

ホオリ(火遠理命)で火にまつわる名前

「火が遠く衰える・消えかける」という意味

兄のホデリ(火照命=火が盛んに輝く)と対になる名前

— 兄弟の対立(海幸彦・山幸彦神話)の始まり

丙(火の兄)☯丁(火の弟)みたいな

侍女の仲介で

水をとりいれながら

火(陽・兄)と水(陰・弟・海)のバランスや生成

克(火克金、水克火など)の象徴

土台を強化しつつ発展させる

海と山を巡るダイナミックな構図になっています。

意地悪な兄の海幸彦と

— いじめられるが☯調伏

—— いじめのおかげで自己実現できたので二元論ではない世界

——— 理不尽 ⇒ 途方に暮れる

自分を大きく変えてくれる海の神

そういうのが1つの人格のなかにいる。

ちなみに

この場所は

海の底ではなく

海の向うにあるそうです。

海阪の向う

ニライカナイ?

竜宮城は崖を超えたところに?

鼻ひとつ 生死をわたる 息の橋 @ヒアル顔と『鼻』

ヒアル顔が流行っているそうです。

 

独特な風貌になるので

陰であれこれ言われるのは

本人に言うと怒るから

これは

『鼻』の和尚さんと一緒ですね。

和尚さんは

もともと長すぎるだけではなくて

不便で

弟子に介助してもらわねば食事ができないので

ちょっと難関かも🤔

あなたもスタンプをGETしよう

気の毒で

そのままでも

短くしても

不自然だと言われ

元にもどったときに

何とも言えない軽やかな気持ちになったというのが

気にならなくなった。

宗教的です。

ヒアル酸の場合は

専門家も大きなお顔をしていて

ご自分は名医だと自負されるので

そんな先生には患者さんは近づかないとのことで

センスの問題

あまりよくないとささやかれる

心理療法や薬物療法と似た現象ですね。

 

偉いお坊さんだとかで

把鼻で覚るなんて言葉があったかな🤔

一太極二陰陽で

呼気☯吸気  大事な器官です。

似て非なる WEの影より 場所は立つ @田辺元への嘆き再び

ジブリの哲学について

長らく考察してきたものですが

ジブリは

このたび

との関係についての展覧会を2つほど

開催するそうです。

禅的なものに通底していると明言されてますね。

白隠さんと言えば

イメージ&アロマテラピーのハシリです。

— 未だこの組み合わせはあまりないかも🤔

ご自分の禅病を癒すために考案されました。

 

スーパー歌舞伎もまた👀

 

なのに…

哲学界では

本家本元

WEターンって?

AIの抬頭で

人類が

なにかと無力感を再認識させられているからといって

Iモードから

WEモードにシフトしましょうって🤔

昔から東洋思想にある

人間は生かされてるってことを思い出せば充分じゃないですか?

ひとりでは何もできない。

とくに赤ちゃんはそうなので

いままでどのくらいの好意のリレーで

生かされているか

有難いか

再認識することで

断食瞑想くらいの効果が期待できるのが

内観療法

 

道元や西田哲学を引き合いに出していますが

なにげに善って書いてるし…

どちらも

どうしようもなさにザブンと沈むことはあっても

どんぐりころころ♪を案じて河合隼雄少年は泣いたらしい。

法華転法華

WEにつながろうなんて発想はありません。

これは悪しき現代心理学の立場じゃないでしょうか。

西田幾多郎が

田辺元を嘆いた

道元論と重なります。

学習効果なし@歴史的身体

 

人類は衰退しました

人類が物質文明の哀れな末路を辿り始めて早数世紀

人類よりも遥かに高度な文明を持つ新たな人類

『妖精さん』が誕生した。

「わたし」は祖父の仕事を継ぐために調停官となり

妖精さんと旧人類との間を取り持つ役目を負うこととなる。

そんな中

クスノキの里では奇妙な出来事が起こり始める。

妖精なども

妖怪学@井上円了 とか

イメージなど心霊上の事実

共存する世界を相手にということでしょうか。

 

アニメで哲学してきた若い人たちはお見通し?

感覚で身についているところが凄い。

愚禿の灯 風静かなる 胸の底 @西田哲学と親鸞よりPTSD心理学

 

人間の自覚や意思には不思議なところがあるようです。

西田幾多郎も

全集一巻 『愚禿親鸞』明治44年4月

自らについて

真宗の家に生まれ

母親は真宗の信者なのに

自分は真宗についてそう知らないと書き始めつつ

もちろん膨大な資料を読み込んではいるでしょう。

真宗の意味についての深い理解を示しているようです。

親鸞が自らを称した

愚禿

真宗の教義も

(普遍的な意味としての)宗教そのものの本質も

象徴されているのではないかと

愚人・悪人を正因とする考え方や

— 空前絶後に蘇る  = 愚禿の二字を味わう @心霊上の事実

愛を主とした他力宗は他にもあるけれども 

キリスト教や

正義の感が強く悪を責める側面と

— キリスト教以前の問題は救わない @神曲問題

—— ギリシアの哲学者とか

放蕩息子を温かく迎えた父の物語のようなところ

— 真面目な息子は激おこ💢

日蓮には二面性があります。

他宗を罵倒 壮語

さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き

日蓮上人の意気は

壮なることは壮であるが… と西田

親鸞は法を見て人を見ませんでした。

流刑に処されても…

煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる

親鸞上人の胸懐は

また何となく奥床おくゆかしいではないか…と西田

 

わりとへりくだることが多いようです。

 

現代にも流刑のようなことがあるので

理不尽な危機

こころのケア(PTSD予防)に生きる態度だと思います。

人間は猿とは次元の違う哲学に生きているということでしょう。

西田幾多郎が注目していたのも

頭で考える学問を否定

 

実験心理学ではなく

猿の得て公🐒心理学しかなかったので

ご苦労された様子

 

臨床心理学への越境の兆しはありました。

不具(精神病)についても純粋に見てほしかったが

— 本来具わっている @どんな状態でも神と一緒で他力が働く

フロイトひとりに多くを望むようなないものねだり

— ユングを読めばいい。

集合についてのビジョンはあった。

森深く ひとつの声を 神は聴く  @南方熊楠の萃点マンダラ宗教哲学

熊楠は

1867年5月18日生まれ

在野の

渡米し

さらにイギリスに渡って大英博物館で研究を進め

多くの論文を著し

— 論文としての体裁はなしていない。

国内外で大学者として名を知られたが

学会に加入せず

無位無官の

非組織人

日本の民俗学の

主著として『十二支考』もあるが

同じく在野の吉野裕子先生の論考とは

いささか次元が違う。

 

創始者のひとりですが

大変博識で

百科全書的な学問に裏づけられた民俗学

博物学民俗学人類学植物学生態学など様々な分野に及ぶ。

知の巨人と称されます。

柳田國男からは「日本人の可能性の極限」と称された。

大変な集中力・記憶力・語学力

収集家として知られますが

生物学者としては粘菌の研究で知られているが

キノコ藻類コケシダなどの研究もしており

さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行い

— そうした調査に基づいて生態学ecology)を早くから日本に導入

昭和天皇進講

粘菌標品110種類を進献

その姿は宗教家のようで

仏教書に精通

インドで仏教の僧に

アラブ諸国でイスラムの導師となり

世界を漂泊する夢をもちながら

— 雲水のように

命懸けで山野を跋渉

— 千日回峰行のように

宗教哲学にまで昇華されました。

実際に

てんかん発作があり

息子さんも高校受験中に突然精神病に…

子どもの頃からの

異常な癇癪持ちは

— 一度怒り出すと手がつけられないほど凶暴になる。

両親の頭痛の種で

その緩和のために

生物学などの学問に打ち込んでいたと本人も自覚

多汗症のため薄着あるいは裸で山中での採集を行うので

天狗と呼ばれていた。

— 遠野物語の天狗みたいに見た人は驚く😱

その治療のために

瞑想的な芸術療法が役にたつ。

箱庭療法のような収集記録に没頭していたとも解されています。

— 森永ミルクキャラメル

妖怪学に通じていると思えば

わたしたちの生きるこの世界の構成は

物理学などによって知ることのできる「物不思議

心理学などによって研究可能な領域である「心不思議

そして両者が交わるところである「事不思議

推論・予知、いわば第六感で知ることができるような領域である「理不思議

これらは人智を超えて

「大日如来の大不思議」によって包まれている。

それは「完全」であるとともに「無」である。

その中心「萃点(すいてん)」からものごとを考えることが

問題解決の最も近道

— 熊楠のマンダラ(森羅万象) 学

絶対矛盾的自己同一のビジュアル化じゃないかと思う。

井上 円了と9歳違いで

1858年3月18日生まれ

水木しげるが奇才ぶりを紹介しています。

見えるものがちがうので

言動が奇抜で

奇行が目立ったので

さまざまな逸話がある。

ヘビースモーカーで甘いもの好きの酒豪

— これだけの依存物質がなければバランスが保てなかった…

山川草木悉有仏性といわんばかりに

自然と一体化した現実感の熊楠は

普通の人の現実とは異質

臨終の際

医者を呼ぶかと問われると

「紫の花が消えるから」と拒否したそうです。

薬で幻覚が消えるのは残念なことなのです。

沈黙より ひらく応えの 影ひとつ @ブータンではAIブッダが公認心理師?

10代女性の半数

人間関係や人づき合いに悩んだ時

AIに相談していて

満足度も高いようです。

「とても信頼している」

「ある程度信頼している」と答えた人は

63.1%

— 全体では38.6% 10~20代は半数以上

AIブッダなどはかなり活躍していて

ブータンの国が高評価しているとは👀

— 仏教国なので仏教で考えることは自然なのだろう。

いのちの電話も危機のようです。

相談員の立場は厳しいものなので

悲哀を感じます。

お寺のような場ができています。

① 相談

— 人間関係・仕事・不安・孤独・怒り・家族など

② 瞑想

— 気分の記録、教えの保存、ジャーナリングで心を整える。

③ 哲学

— 経典について調べもの

④ グループセラピー

— Lineで

⑤ イメージ療法 ?

— 日常の写真を送ると仏教の教えと結びつけて応答

アドバイスすることが基本のようですから

殆どの人も答えが欲しい。

結果的に布教の場になっていますね。

教えと言っても

般若心経からして日本の心理学

不立文字・教外別伝に

どこまで迫れるか…それが課題でしょう。

象徴性や

沈黙などは

心理療法では重要ですが

AIはどう解釈するのでしょうか。

あいだとか

AIソクラテスも問答はしないのでしょうか🤔

ソクラテスの歴史的身体は

悪妻でつくられたって知っているんですけどね。

とはいえ

凡夫の仕事をはるかに超えている。

かなり完成度が高いようなので

幻の場になると困りますね。

🪷 AIブッダ 禅の事業を引き継いでくださる方を探しています。

このサービスを引き継ぎ

必要としている方々に届け続けてくださる方を募集しています。

—  事業壌譲渡?

倭は国のまほろば

真秀

美しく住みやすい場所、すばらしい土地

三輪山中心の土地が日本の中心

— 地図上の話じゃなくて

AI安倍晴明 などもあるのでしょうか🤔

どちらかというとこちらの哲学がベースと思う。

虚に満ちて 老子の象は 息を継ぐ@伊藤若冲白象のPTSD哲学

あなたもスタンプをGETしよう

本日は

1729年

日本に初めて象が来た日だそうです。

『ぞうさん』♪

『かわいそうな象』など

象にも1つのイメージがあります。

集合的無意識

星の王子さまとなると

こんなところに象を観ます。

普通には見えないものが観えると

気になって仕方なくなるんですね。

心理学でも

反転図のなかにそういうものがあることを教えています。

なかなか見えないけど

一度見えると

そのようにしか見えなくなる。

— 以前の見方は消えてしまう。

—— トラウマ理論もそういう類のものでは⁈

若冲の象も独特です。

こういう風に見ていたということでしょう。

— 一面的ではないけど👇まずは正面からのイメージ

他の動物と違う存在です。

かと思えば横向きのもあって

海ではクジラに相当するようです。

海の王者と陸の王者とがエールを交換

勢いよく潮を吹く鯨と

うずくまって鼻を高々とあげた象

白と黒

優しそうな目の

怒ると恐ろしい…

象の背中を

崖から伸びた牡丹の花が撫でているそうで

華厳経が入ってますね。

お釈迦さまが生まれるまえに

お母さんは白象の夢を観た。

普賢菩薩の乗り物も白象で

仏法を護る霊獣のひとつ

最初の象は

象と言えば鼻なのに

外隈で表された輪郭線のない鼻は垂れていて

己を空しくする

自己否定

この絵と対応しているのでしょうか。

内実のパワフルさを示す。

老いて童心をますます強めた若冲は

80歳になって描いた絵

星の王子さまと仲良しでしょうが

日本人なので

表現の原理は

陰陽五行説と仏教の習合です。

禅僧のような人生なので

若冲は

相国寺からもらった居士号

— 禅宗

絵を描くこと以外

世間の雑事には全く興味を示さなかった

謎の人物

哲学的となりました。

黒鯨もまた

若冲なのでした。

老子』45章の「大盈若沖(沖は「虚しい、空っぽ」)」

意味は「大いに充実しているものは☯空っぽのようにみえる」

荒野ゆく 罪の影踏み 光さす @エジプトの聖マリアのPTSD治療過程

キリスト教についても

武蔵と小次郎のお話同様

架空のお話ではないかと考えられている証として

史実と空想の融合

— 色即是空 空即是色

神仏習合のように

— 果てはインドの神さまとも融合

ギリシア神話と融合

ローカル♰マリア伝説があります。

土地ごとに

「母なる女神」の記憶が混じった

聖母の伝承がある。

本日は

正教会で

第二の聖人とも言われる

聖母マリアの次

エジプトの聖マリアを記憶する日です。

その波乱に満ちた生涯は

PTSDの克服が

12歳で親元を離れ

糸つむぎの職をもちながら

性依存症に陥っていましたが

— 「淫蕩の生活に溺れていた」

宗教的なものであることを教えています。

そんな生活の中で

— やめる気はなく維持しようとしていた。

不思議な力に導かれて

29歳ころに改心

荒野で47年間

— イエスと同じ道

—— 砂漠なのでもれなく断食瞑想へ

依存症と闘ううち

— 断薬くらい苦しかったらしい。

超人的な力を得た。

不思議な力は

① 学んだことのない聖書の言葉を話す。

—— 読み書きができない。

② 人の名前やその人の未来を予知する。

③ 船もなく川を渡る 等

仏教のものと共通するもので

お釈迦さまの最期ほどではありませんが

ライオンがお葬式を手伝ってくれました。

その視座が今みなおされているようです。

Wikipediaよると

鑑賞には

細かい台詞の数々が示唆する

象徴的表現についての理解が必須とのことですよ。

そして

エジプトのマリアを発見し伝えたのは

優れた聖人に会いに行くのに

— 普通は観光名所があるでしょう!

荒野に向かうのはなるほど

— もしかしたら幻覚かもしれませんが

—— 確かに最初はそんな風に見えたらしい。

——— 老婆なのにヨギのような健脚で逃げるから

こうでなければ…

エジプトのゾシマ長老です。

『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老は

「罪の自覚と悔い改めを通しての救い」を語る人物

罪人の告白を聴き

抱きしめる存在として描かれる。

ロシア正教の聖人がモデルでしょうが

真逆の表現で

① ゾシマではなくマリアの臨終の奇跡

② ゾシマは腐敗したがマリアは奇跡的な死後の埋葬

原理を照らし出しているように感じられます。

ローカル♰ゾシマ