18日から始まるドラマです。
阪神・淡路大震災発生時
25年前
自ら被災しながらも
他の被災者の心のケアに奔走した
実在の精神科医の物語だそうです。
『1995年1月・神戸
「阪神大震災」下の精神科医たち』のうちの
おひとりです。
編者の中井久夫先生の訳された
『心的外傷と回復』や
この大震災で生まれた
「こころのケア」によって
PTSD予防のこと
精神病と違い
予防が可能なのです。
日本でもPTSDという言葉が
広まったのでした。
おみくじにも作法があるそうです。
わかりやすいのは
「大吉」なのか「凶」なのかということで
一喜一憂させられがちですが
本来はなかったもので
江戸時代におみくじが大流行した際に
庶民にもわかりやすくするために
振られたものだそうです。
本来一番大事なのは
「お告げ」にあたる部分です。
神様のお告げは和歌で
仏様のお告げは漢詩で書かれる。
かつては
巫女さんやお坊さんが
読み解いてくれていたらしい。
たとえ話で書いてありますから
夢の解釈のように
自分の場合はどうかとあれこれ考えます。
考えてもわからないときは
声に出して読んでみると
言霊として
こころに響く言葉があるものなので
それを味わうとよいそうです。
そして
一番大事なことは
「ちょっと試しに引いてみる」ものではないということです。
本来は
自分でぎりぎりまで悩んだけど
どうにも決めがたいことがあるときに
お告げをくれる神さま仏さまを信頼し
全身全霊で神仏を招いてから
例えば
お経を3回読んで
333回真言を唱え
33回礼拝して
こころの準備を整えてから
引くものだったということです。
漫然と引いても
ポニョを連れた宗介が
こころもとない状態で
一度来たことがあるトンネルを通る前
やたらと「とまれ」と強調してあるのも同じ
覚悟して通る必要がある。
御利益が得られにくいのです。
昨日のモンテクリスト伯論同様
自力を尽くして他力を待つというのは
おみくじでも大事な態度らしいです。
巌窟王を思い出しました。
無実の罪で
監獄に送られ
長い年月を過ごした後
脱獄して
巨万の富を手にし
モンテ・クリスト伯爵を名乗って
自らを陥れた者たちの前に現れ
復讐する物語ですが
物事が反転しだしたのは
獄中の常に陽の当たらない土牢の奥で
無為の日々を過ごし
餓死自殺を図ったあとでした。
朦朧とした意識の中で
穴を掘る微かな音に気付き
自分も穴を掘って
隣の独房に投獄されていた神父と出会い
身の上話を聞いてもらい
自らの身に何が起こったのかを理解
復讐を決意し
無知無学でしたが
様々な学問をならい
とある島に隠された財宝の在り処も託され
病死した神父の遺体と入れ替わって
脱獄に成功したのです。
要するに
どうしようもない理不尽な絶望のなかで
さらに断食すると
感覚が研ぎ澄まされ
智恵と出会い
心身霊が豊かに成長し
救われた人のお話です。
美食家であった著者の
空想としても
補償作用
興味深いですね。
あけましておめでとうございます🎍
今年はネズミ年ですね。
干支は
動物で表現されますが
もとは
植物の発生から繁茂、伏蔵の輪廻を示したもので
「子」というのは
その最初で
「孳(しげ)る」という意味です。
新しい生命が種子の内部で萌し始める状態で
「混沌」としていますが
太極
季節では冬の中心ですから
🐗 🐭 🐄
一陽来復の陽始です。
冬の時代に
哲学的忍耐力を養いながら
努力してきた人たちの問題が
日に日に好転してゆくのを
運気が後押ししてくれます✨
『崖の上のポニョ』より
少年ジャンプ
自力をつくせば他力が働く
PTSDには
自己処方がつきものです。
クスリに限りません。
田代まさしさんは覚せい剤
沢尻エリカさんはMDMAを
選んだので
逮捕され
強制治療に入りますが
多いみたいですね。
「逮捕されない薬物乱用」とは
言い得て妙です。
悪いお友達に丸め込まれない
勇気大事ですよ。
それを養うのが
PTSD予防教育なのです。
お正月飾りにもみられる
紙垂(しで)は
古事記の天岩戸伝承のなかに出てきます。
アマテラスのひきこもり問題で
ショックを受けて
PTSD予防中でした。
最高の神々が集結して
クスリを処方せずにいると
自然治癒力が働きます。
知恵を出しあい
治癒のための装置をつくりましたが
そのなかにあった
日枝のアレの部分です。
稗田阿礼という人物名ではなく
ここが肝要
このころは布でしたが
今は紙を垂らします。
落雷があると稲が良く育ち豊作となるとかで
稲光や稲妻のイメージである「Z」に見えるようにとか
旧字「絲」の象形に見えるように
「いと、いと、いと」と発声しながら折るとか
どこまでも非科学的で
芸術療法的です。
詳細はこれまでに書いてきました。
古典的なPTSD予防と治療の極意です。
カトリック教会での
問題になっています
ある被害者(63)は
児童養護施設で暮らしていた
10代の初め
ドイツ人神父(故人)から
日常的に呼び出され
下半身を触らせられるなどしたのですが
当時は性虐待との認識がなく
「親の愛情を知らずに育った私にとって
ぬくもりすら感じ」
忌まわしい記憶は脳裏に封印されましたが
34歳の時
1歳の子どもをお風呂に入れている時
被害状況が鮮明によみがえるフラッシュバックに見舞われ
突然大声が出たり
死ぬことを考えたりするなどの
後遺症に苦しみ続けるようになったそうです。
トラウマが
成人後に症状となることがあるのは
精神分析の常識です。
ウソの診断名をもらって安堵し
知的洗脳でもバックアップ
麻薬を処方されて気分がよくなり
医療機関や案内してくれた心理職に
感謝したあと
現在も魔法が解けていない場合も多数
地獄を見て
「こんなはずでは…」ということも
よくある話ですね。