笑わない男の子は
確かに
無愛想ですが…
おじいさんに言われて
見知らぬ絵師と同席できます。
まばたきが多少多めですし
表情もなくはありません。
かつて言われた
自閉症
【カナー型】では絶対ないです。
自分のために描かれたという
絵を観る様子は
真剣で
賢そうな表情に変わり
笑い
「絵から音が音が聴こえてきました」
と紙に書きました。
絵から音を聴くとは
非常に高度で繊細な
感覚です。
色即是空
(かたちあるものはかたちないもの)
空即是色
(かたちないものはかたちあるもの)
…
眼耳鼻舌身意
(五感とこころですが…)
…
無眼界乃至無意識界
(眼の領域なんてないし
こころの領域なんてない)
【発達障害】や
【適応障害】扱いされている子たちの
多くは
『般若心経』の世界にいるのです。
一昔まえのおばあさんたちが
ありがたがって唱えた
『般若心経』の
哲学の世界です。
戦争や貧困や差別や
辛いことが多かった時代の
おじいさんおばあさんは
この世界にまで深く降りて
魂を常にリセットさせる
必要性を実感していたのでしょう。
意味はわからなくても
その哲学性に
癒されていたのだと
思います。
色でも空でもない
というのは
陰でも陽でもない
ということですから
陰陽五行の
【一太極二陰陽】の哲学です。
エジソンやモーツァルトも
アスペルガーだったという
理論がありますが
それは
むりやり
西洋理論に当てはめて言ってみただけのことで
「日本人は12歳レヴェル」との
マッカーサーの失礼千万な発言と同様です。
あのときと
今は状況が全く違うのです。
怒ってください!
こころのメカニズム的には
このドラマの笑わない子と
同じです。
月別アーカイブ: 2010年5月
韓国ドラマ『風の絵師』第十五話① ユング心理学【全体性】
笑わない子に対して
「可愛い気がない」
とか
「親のしつけがなってない」
という世間と
「発達障害の疑いがあります」
「最新の薬飲んでいただいて
経過をみましょう」
という専門家は
同レベルです。
ドラマのように
なぜ笑わなくなったのか
必死で観察し
それでもわからなければ
その子の周囲にいる人達に
聞いてでも
背後を探り
人間の魂として
全体的に判断し
支援すべきです。
少なくとも
私の学生の頃の常識は
そうでした。
PTSDを自己克服した
ユングという人も
【全体性】を大事に!
そう言っています。
朝日新聞『獅子頭』第五十六~五十八話 スイカを食べるとなぜ元気になるのか?
おいしく食べ終わったスイカの皮を
無造作に捨てようとしたところ
雲紗が
なぜ捨てるのか?
と聞きます。
『なぜって…
何を言い出す。
スイカの皮だぞ!』
二順の声が聞こえてきそうです。
雲紗は
自分の父が
スイカの皮の料理を
いろいろ創作したこと
クセがないので
案外何にでもあうこと
身体を涼しくするスイカの作用は
もちろん皮にもあることなど
教えながら
学校にも行ってなくて
勉強もできなくて
何のとりえもないように
見えるけど
やる気になったら
何とかしてきた
二順のことを
スイカの皮みたいな人間だと
言います。
凄い奥さんですね。
ほめられてるのか
けなされてるのか
わからないようで
凄く励ましています。
その人の魂に対する信頼感が
ビシビシ感じられます。
二順の目がまた光りました。
新しい世界に飛び込む不安を前に
価値観や人生観を更新することが
できたのでしょう。
こんな心理療法がいいですね。
人間が元気になるのは
先入観をうまく超えたときで
リセットの法則は
二元論でなくて
【一太極二陰陽】です。
太極が元気のふるさとですから。
スイカのおいしいところは
赤と黒で
太極の色です。
(作家の無意識は
陰陽五行でできてる証です。
偶然にしてはできすぎてますし
知的操作には限界があります)
スイカの皮を
不要物としかみないような
(一元論・一言居士)
心理療法はダメですし
スイカの皮と人間は別物だとしか
考えられないような
(象徴を使えない)
ユング心理学もだめです。
あなたには
かぐや姫やスサノヲの涙の意味が
わかりますか?
泣き虫か英雄か 発達障害か個性化か
ブログネタ:涙の数だけ強くなっていると思う? 参加中
『古事記』のスサノヲは
あごひげが胸に届くくらいの
年齢になっても
泣きわめき
山を泣き枯らし
海を泣き干すほど
でした。
しかし
出雲の国で
泣いている親子を見て
話を聞き
ヤマタノヲロチを
倒し英雄になりました。
『竹取物語』では
かぐやひめは
月を見て涙ぐむようになってから
自分が何者で
何をすべきだったのか
自覚が深まり
月へ還ってゆきました。
(本来の家)
神話では
泣くことと自己実現には
密接な関係が
あるようです。
多分
瞑想と関係がある
のだと思います。
カタルシス効果もあるし
分別を超えて
深く考えるリセットの法則が
泣くことの
【象徴】的意味だと
思います。
しかし
それは一回きりです。
いつも泣いてばかりで
変化のないのは
ただの泣き虫です。
発達障害なら
適応指導
個性化なら
自己実現モデル
大違いですよ。
泣いている人がいたら
どちらなのか
よく話を聞かなければ
なりません。
スサノヲや
かぐやひめに
職業訓練させる
あなたのご職業は?
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2つの【ASD】~ 発達障害なのかストレスなのか
ASDは
以下の略称である。
急性ストレス障害
(Acute Stress Disorder)
心房中隔欠損
(Atrial Septal Defect)
自閉症スペクトラム障害
(Autism Spectrum Disorders)
文化庁長官としての
責任ある仕事中
倒れた河合先生って
どのASD?
いまはどっちが多いの?
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河合隼雄古墳劣化隠蔽事件同席によるASD(急性ストレス障害)死因説
河合隼雄はなぜ
亡くなったか。
心臓が停止したから。
その前に意識を失い
植物状態に陥ったから
…
多くの信者は
こんな物理的な説明では
得心できないだろう。
ならば
今こそ
そこに気づくべきではないか。
なぜ倒れたのか。
倒れさせるショックがあったのではないか…
ユング派研究者として
古墳の劣化と
その隠ぺい工作に
直面させられる
これ以上強烈な
インパクトを与えるものは
なかっただろう。
そうでなかった
(何も感じていない)と言うなら
それこそ
河合隼雄を
冒涜していることに
なるだろう。
なんとも思わなかった
はずはない。
古墳はすべて
陰陽五行説にのっとって
作成されている
のだから。
日本人が
世界の中心
(中華民国なんて
名前つけるような
プライド高い国)の
凄すぎる哲学に圧倒され
PTSDにならないように
それと向き合い
取り入れ
必死で
昇華してきた
陰陽五行説
ユングも
現代西洋哲学の不足を
それで補い
バランスのよいものに
変革しようとしていた
東洋文化の華
それが劣化している。
キリスト教色豊かな
ユング心理学を
日本に自然に根付かせるには
陰陽五行説は外せないのは
あきらかなのに
手付かずのまま
劣化しようとしている。
モノとしての古墳のみならず
こころとしての研究も同様
かぐや姫がわがままだという
見立てにのっとった論文に
学会奨励賞を
与えてしまった…
これがいつか発覚したら
いつものように
ギャグで
雲に巻けるだろうか…
約一年間の
長い眠りのなかで
どんな夢をごらんになって
おられたのだろうか。
トラウマを克服することなく
『死に至る病』となってしまった。
キェルケゴールは
絶望の取り扱いに注意と警告している。
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落語『鷺とり』と古事記『因幡の白兎』に共通して見られるPTSDモチーフ
落語『鷺とり』は
サギをだますことで
楽して
大もうけしようとして
大失敗
天王寺の五輪の塔の上に
放置され
お坊さんたちに
助けてもらった話です。
(お坊さんは亡くなりましたよ)
因幡の白兎は
ワニをだまして
海を渡ろうとし
毛皮をはがれて
赤ウサギになり
うその治療を信じて
瀕死の重態に陥ったところを
大国主命に
助けられる
お話です。
ぜんぜん違うお話ですが
モチーフが似てますね。
これが
PTSDモチーフだと思います。
動物は
無意識つまりは
内なる自然のこころですね。
それを
だまそうとすると
(ウサギも男も
軽い気持ちで
あまり考えず
無意識ですが)
逆に手ひどいしっぺ返しにあうという
こころのメカニズムを
教えています。
救われるから
あきらめてはいけませんが
助けようとする人は
稀で(古事記では80人に一人)あり
いじめられたりしている人が多いし
治療に巻き込まれて死んでしまった人も
います。
(多くは比喩ですが、
まれにそのままの場合もあります)
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落語『鷺とり』にみられる行動療法
同じ大きさの音ならば
近くで聞くと
大きな音に聞こえ
遠くで聞くと
小さな音に聞こえますね。
そして
あんまり離れると
聞こえません。
ある男が
この法則を応用して
サギをだまして
捕まえようと
考えました。
どうするか?
サギから遠く離れた場所で
大声で「サギぃ!」
と呼びます。
サギは
『誰かが近くで
自分を呼んでるが
いないなあ。
気のせいかなあ』と
油断します。
サギにもう少し近づき
さっきより小さな声で
「サギぃ!」と呼びます。
サギは
『確かに呼ばれてるけど
いないなあ。
それに遠ざかってるなあ』と
さらに油断します。
さらに近づいて小さな声で呼び
…
サギにだんだん接近しながら
油断させて
捕まえるというのです。
理屈は面白いですが
実際に行うと
うまくいかなかった
ようです。
PTSD治療に有効として
最近新聞なんかでよく見かける
行動療法みたいです。
サギの用心深いこころを
相手に(悪用ですが)して
います。
人間の心は見えないし
つかめないから
行動を修正したらよい、
行動が変われば
こころも変化するから
という考え方です。
カウンセラーの方は
楽ですよ
メニューを考えて
指示するだけですから。
(普通に良心あれば
だんだん辛くなってきますがね。
そこは【抑圧】【否認】)
心理療法の基本は
【非指示】ですから
真逆です。
ご自身もうつ病を
患っておられたそうですし
作品のなかには
PTSDで発狂した人の
事例集みたいな
ものさえあります。
枝雀さんも
いろいろ
普遍的に存在する
PTSDを
どうしたらよいのか
考えておられたのではないかな?
と思います。
そして将来流行する
(ユング心理学より
寿命は短いと思いますが)
【行動療法】について
ちょっと風刺してる
(作品自体は古典かも
しれませんが…)
そんな気がします。
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ケータイ発ドラマ『激恋』はPTSD学習入門偏
主人公は
父親の浮気が原因で
男性嫌いになった
内気な
高校一年生の
女の子です。
心理学では
こういうのを
【般化】と
言います。
「父親が嫌いだからって
男性全体を嫌うって
どういうこと?
それって矛盾してなぁい?」
とかいうのは
【論理療法】
こういうのは
あんまり受けない
ですね。
ちょっと
やな感じ
がします。
父親の存在を
時間をかけ
ゆっくりゆっくり
許していくのが
【系統的脱感作】
いくら嫌いでも
このくらいのことなら
できるというものを見つけて
(遠くから後ろ姿を見るだけなら
イライラしないとか)
それとホンの少し違うだけのことを
プラスしたものに挑戦し
次の日またホンの少し
どこが違うのかというくらいの
嫌さをプラスした
メニューに挑戦していたら
…
数日後
気づかないうちに
いつのまにか
大嫌いな父親と
腕を組んでいた
そういうやり方ですが
これまた意味不明ですね。
(理屈は理解できてもネ!)
災害被害者のなかには
『こんなことで
あのときの気持ちを風化させても
いいのだろうか…』
と悩みながらこの方法を
受けている方もおられますよ。
ダイエットなら
理解できるんですけどね。
毎日ホンの少し
カロリーダウン
あるいは
分量ダウンすれば
胃が慣れるでしょ?
でも…
これらのように
機械的に慣らしてゆくのではなく
人間関係の中で
癒されながら
新しいものを
発見しながら
自然に変化していくのが
理想ですよね。
ドラマでは
モテモテの先輩と
ひょんなことから
デートすることになり
次第に心を開いていきます。
癒されながら…
ということは
癒されない何か
傷のようなものが
あるということですよね。
父親が悪いとか
いうのでもなく
(悪いのは決まってますから)
その傷のようなものに
焦点を当て
でもむやみに暴露させずに
大事に保護しながら
癒していくような
そんな方法がいいですね。
お話の展開で
奇妙なことが起こるのは
心理療法の過程では
受け入れがたいことが
さらに出てくることがあるけれども
それを乗り越えていかなければ
ならないし
できるのだということを
教えてくれているのだと
思います。
ちょっと奇妙すぎるとも
書かれてますが
ドラマなので
そこは
ご愛嬌
一般教養としての
PTSD入門になるのではないでしょうか?
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