うた」カテゴリーアーカイブ

恩寵は 旋律となり 魂照らす @PTSD鎮魂歌『ジュピター』

 

平原綾香さんの『ジュピター』は

ホルストの原曲に

第4楽章「木星」の中間部Andante maestosoの旋律

千足学園の学生であった平原綾香さんから

“私の両手で何ができるの?”

“ありのままでずっと愛されている”

“いつまでも歌うわあなたのために” などの

歌詞をつけることを依頼された先生が作詞

平原綾香さんが歌う。

ロングセラーで

こころのケアにも貢献しています。

大震災の時に

ラジオ局などでよくリクエストされる。

Every day I listen to my heart

ひとりじゃない

深い胸の奥で つながってる

果てしない時を越えて

輝く星が

出会えた奇跡 教えてくれる

Every day I listen to my heart

ひとりじゃない

この宇宙の御胸に 抱かれて

私のこの両手で何ができるの?

痛みに触れさせて そっと目を閉じて

夢を失うよりも 悲しいことは

自分を信じてあげられないこと

愛を学ぶために 孤独があるなら

意味のないことなど 起こりはしない…

 

ホルストも

孤独な子ども時代を過ごし

8歳になるまえに母親と死別

3年後に来た継母は

神智学に傾倒し

— ある意味宗教二世

家庭内の物事にあまり関心を示さず

異母兄弟も含めて「良性のネグレクト」に晒された。

ホルストは神経過敏で哀れであった。

視力が弱かったにもかかわらず

彼が眼鏡の着用を必要としていることに誰も気がつかなかった。

生まれつき病弱で、喘息と弱視に加えて神経炎に苦しみ

それによってピアノの演奏が困難となった。

彼は上手く動かない腕について

「電気を過剰に流されたゼリーのよう」だと述べていた。

修行僧のような生活に導かれ

一部には倹約のため

また一部には生来の性向により菜食主義者、禁酒家だった。

経済的困難は若干和らげられても

自ら課した厳格な規律を守った

 

占星術に関心をもつようになり

メスメルもこんな感じでしょう。

表現がムズカシイのです…

文学などから霊感を得たうえで

当時流行のインド神話

ヒンドゥー教の心霊主義

イングランドの民謡の影響

39歳のときに『惑星』の着想を得たとのことで

 

普遍性が感じられる

どの時代にどの民族が耳にしても…

ローマ神話の最高神は

ギリシャ神話のゼウス

天皇なら北極星(太一)  君が代♪と似た重厚感?

≠ 皇帝

『地球儀♪』もこの系統かな🤔

瞑想的な曲になるというものです。

 

水底より 呼び合う影の 鍵の音 @2人のPTSDピアノ・マン

ビリー・ジョエルは

1949・5・9 ~

ユダヤ系ですが

ナチスから逃れるため

ドイツ南部からスイスを経て

アメリカに亡命した父親と

イギリス系ユダヤ人の母親とのあいだに

ニューヨークで生まれた。

ユダヤ教徒ではないそうです。

どのような宗教哲学で

創作表現してきたのでしょうか。

探ってみたいと思います。

少年時代から繊細で

スポーツよりピアノを好むのは

出自によるものでしょう。

いじめられたり

自衛のために習ったボクシングは

強かったが

鼻の骨を折られて断念

不適応を起こしたりしながら

バーでピアニストとして働いていたために

英語の単位を落とし

高校中退

ミュージシャンになっても

最初は売れずに

うつ病に悩まされ

極度の精神衰弱で精神病院に入院

大ヒットを出してからも

70万枚売れても

前作が100万枚売れたなら

鬱状態になる。

常に精神的不調に悩まされてきたようです。

そういったストレスに

ストレス性ですからPTSDですね。

対人関係の問題が加味されたりすると

ソロ・デビュー曲が

不本意な内容に改ざんされた挙句

— 録音速度をあげて別人のような歌声に

ヒットしなかったので

人間不信から鬱病が悪化

自宅に引き籠りがちになってしまったりし

『ストレンジャー』のヒット以降

順調に見えだすと

今度は

外因ではなく

オートバイ事故を起こして重傷を負い

活動ができなくなり

マネージャーとして支え続けてきた妻との関係も拗れて離婚

アルコール依存症やうつ病で

入院したあとも

3度の交通事故を起こすようになりました。

阪神・淡路大震災時には

1995

大阪のホテルに宿泊していて

「死を覚悟した」ほどのショックを受けながら

ライブの中止や帰国を勧められた。

翌日の大阪公演に臨んでいます。

「人々を勇気づけよう」という気持ちから

常にこういう状態で活動してきたようですが

ガラスのこころを抱えながら活動

「俺はコロンビア大学に行くんじゃなくて

コロムビア・レコードへ行くんだから

実際にコロムビア・レコードと契約できた。

高卒の資格なんか必要ない」と言い放ったビリーは

中退から25年後

エッセイを提出して

卒業資格を認定された

コロンビアの脳神経外科医がみつけた

1965

正常圧水頭症での治療に専念するために

2025年5月23日から

2024年1月

16年ぶりの来日公演を東京ドームがラストに

活動中止中です。

2部作のドキュメンタリー『Billy Joel: And So It Goes』が発表された。

水頭症

器質的な脳の病ですが

認知症と似ていて

「治る認知症」と呼ばれることもあり

認知症ではない。

誤解を招きやすい病だそうです。

ピアノ・マンみたいな数奇な運命です。

2005年4月にイギリスの海岸で発見された

びしょ濡れの黒いスーツとネクタイ姿の

20代から30代の男性

ドイツ人と判明したが

深層は藪のなか

① 大衆紙は本人の芝居でピアノは弾けないと報じる。

② 両親は記憶喪失だったしピアノは上手と証言

ドイツに帰国した

ピアノ・マンの脳裏には

ビリー・ジョエルがいたのでしょうか🤔

名もなき歌 闇のまま抱き 光生む @ Let It BeのPTSD癒しの宗教哲学

 

ポール・マッカートニーが

作詞作曲

困難な時に

ビートルズ解散直前の不安定な時期

癒された夢を歌ったものだそうですが

普遍性があるので大ヒットしました。

つまり哲学的だということ

夢のなかに

わらしべ長者も

いきづまりお寺に忍び込んで眠りこけました。

亡くなったお母さんが出てきて

「Let it be(あるがままに)」と語りかけられたということですが

このシンプルな語の解釈が☯ムズカシイですが

イメージそのものとして感得できます。

— 説明はできない = 不立文字 わかるのに☯わからない。


「Mother Mary」が現れて

「知恵の言葉をささやく」といえば

聖母マリアを連想しますよね。

双方はとても関連の深い存在で

ユング心理学では

自分の母親と縁が薄い人は

グレートマザー(太母)と結びつくしかないと言いますし

『崖の上のポニョ』の母親は

グラン・マンマーレです。

智恵の言葉「Let It Be」も

日本人ならば


「どうにもならないことを無理に変えようとせず

あるがまま受け入れよう。

そうすれば、いつか答えや光が見えてくる」

無我の意味として

自我の思い通りにはならないもの

ウィトゲンシュタインなら

無駄なこと考えるな💢かな🤔

仏教的に聴こえます。

確かに

諦めた時に

なすすべがなくどうしようもないから

— 行動が変化している。

なにもしないとき

— こころも変化している。

実は明らめている。= 諦念

上手くゆくということはわりとありますよね。

覚った人は

通過儀礼(イニシエーション・洗礼)だったと感じる。

歌詞の中盤では

さらに

観音さまのように

お寺にあるようなピカピカした姿では

子どもが怖がるから

お母さんの姿になって現れるそうです。

『大丈夫だよ』

『心配しなくていいよ』とうたいあげます。

「心が傷ついた人たちも、いつか答えにたどり着くだろう」

「夜が雲に覆われていても、自分に差す光がまだある」

— 「今が暗くても☯必ず希望は残っている」 日にち薬

 

ジョン・レノンが離婚したときにも

息子さんのことを思って

「Hey Jude」を書きましたが


両親の離婚に傷ついていたジュリアンを励まし

「落ち込まないで」

「君ならこの悲しみを乗り越えられる」というメッセージ

世界中の人々のこころに寄り添い続けています。

 

「状況そのものを魔法のように変える」のではなく

ハッピー💊ドラッグのように

叱咤激励するのでもなく

認知行動療法のように

「傷ついた心に寄り添って

少しだけ前を向かせようとする」

— 具体的には非指示

やさしいまなざしで見つめられるのは

お母さんとの関係が

前記事チャイコフスキーらと対照的

まるで信仰のようだったから

母メアリーへの想いを込めた「Yesterday」

普遍性があるのでしょう。

 

1968年リリースの

オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」(Ob-La-Di, Ob-La-Da)が

ナイジェリア人のコンガ奏者の口癖

— 完成バージョンのメンバーには含まれていない。

どのような状態でも

こんな風に

淡々と

歌っていればいいというような歌

『幸せなら手を叩こう』のようだと思えば

1964年

この曲も

作詞家が

生命倫理学者

学生時代フィリピンボランティア活動をしていた際に

耳にした原曲を

帰国の途に着いた際に

旧約聖書の 詩篇47篇 を参考にして

 詞をつけたものが元になっているそうです。

しかも

仲間内の愛唱歌として歌われていたのを

偶然、坂本九が耳にし

いずみたくの元にうろ覚えのまま持ち込み

それを元にいずみが採譜してレコード化

全国的にヒットしたものだそうです。

 

うたのつくられかたにも

目に見えない現象学がありそうです。

フッサールのように

頭で考えて動かすのではない。

— 文学では三文小説と呼ぶ。

杞憂より 芽ぶく声あり 春の底 @忌野清志郎版『君たちはどう生きるか』

本日は

忌野清志郎さんが亡くなった日です。

大変カリスマ性のあった人らしく

その存在が神隠しの場所のようになっています。

— 再生のために☯退行して考える時空を超えた場所

 

死後も

ファンの哲学を更新させ

話題のAIについても語ってくれているようにみえます。

お母さんの心配は

18歳の時

① 寝坊で学校に遅刻する。

② バンド活動でプロになるから進学しないと言う。

杞憂だったわけですが

一般には

もっともなことで

やらせてみるとよいとはなかなか言えないものです。

正論であり

やってみなければわからないが…

 

回答者(男性)は

歴史家にして参議院議員の父親と

社会活動家の母親に育てられ

大局的にものを見る。

幼少期は

のんびり屋の動物好きで

母方の祖父母が創立した自由学園小学校すら

よくサボっては

近くの林で昆虫観察をするのが日課だったけれども

両親も放任主義

記者生活を経て

学園には

小学校の卒業証書しかないので

最終学歴は小学校卒業

映画監督になりました。

相談者(忌野清志郎の母親)と

実際に面談しているわけではなくても

忌野清志郎青年を

内からみて

科学的には見えません。

よく眠るのは

学校を休んだ日は一日寝ている。

不安と闘っているからだと

過眠 即 治癒

見抜いています。

本人が一番不安なのに

外から追い打ちをかけ

反発して

自分を見失ってしまうよう仕向けるのは

甘やかしだと指摘

— 不安に耐える力が育とうとしているのをスポイル

行と瞑想で

バンド活動と過眠

お顔に絵を描いて

美大に行かないと言い出した。

自己実現したのですね。

RCサクセション

— The Remainders of the Clover succession(クローバーからの継続)

「King of Rock」「King of Live」の異名をとる。

悲しみは ビスケと消える 再生へ @カント発達障害論

あなたもスタンプをGETしよう

子どもの発達について

ピアジェの前操作期:2~7歳ころ

自分の視点や感情を中心に考え

— 他者の反応に無頓着

モノの量や数は見かけの変化に関わらず

一定であるという概念を理解できていない状態

 

例に挙げられる歌ですが

たとえ話であると考えると

ユング的に意味を探ると

深い哲学があるようにも聴こえます。

 

 

ビスケットが

2度焼く

— 陰陽・火気

たべもの

— 取り入れるもの

あるとても大切なおおきなものの象徴と考えると

こころです。

歴史的世界は

『古事記』の神代

1つのものから

破壊と再生を繰り返します。

一柱の神が亡くなると

神々がわらわらと増えてきた

そんな不思議なポケット♪はあるのです。

思議を超えた大事な世界に

スタップ細胞もこんな感じのモノ

不思議なことに

双子のぎんさん

そして

哲学とその現象学が呼応

カントが亡くなった日です。

詩も書き換えられようとしているとは奇遇👀

日本人は

カント風じゃなくて

考えることで人間や社会は変容・発展

西田哲学風にとらえるのです。

日本版ユング心理学

 

考えることでは解決できない

矛盾を抱えた人間というものが

歴史を通じて問いとして顕になってくる。

— 矛盾を解決しようと考えるのではない。

カントが説明する

 精神分析のようなこころのモデル =形而上学

——— 一般論ではないのは承知の上で敢て!

意識野に

意識一般 (誰でもない自己)が見ている。

見ているものもいつかどこかで見たその類のモノ(記憶)

その人自身がいて

真の自己、映す自己

記憶(昨日の自分と今日の自分)なども眺めていて

矛盾を解決する継起として

行為的直観などの働く

絶対矛盾的自己同一の場所があるということが

理論のはじまりなのです。

 

AI西田幾多郎に続き

カント風のものの考え方こそ

ピアジェの前操作期:2~7歳ころ

 

発達障害的なのかもしれないですね(^_-)-☆

次の

具体的操作期になって初めて

具体的な事物や状況に基づいて

論理的に考えたり解決策を見つけたりしようとするようになる。

ビスケットは1つということを疑い出す頃に

こんな歌詞が浮かぶのやも🤔

— 作詞家は映す自己・真の自己

祝う日 誕生歌が 紡ぐ愛 @PTSD世界の情景

本日は

中島みゆきさんのお誕生日だそうです。

PTSD案件の世界を

内側から歌ったものがたくさんあり

多くの文学同様

こころのケアにご貢献です。

日本には

精神科医も

得て公🐒心理師も要らない。

愛子さまが生まれた時の会見で

生まれてきてくれてありがとう…と

言葉がつまってしまった雅子さまと天皇陛下

印象的でしたね。

どうしてこんなに感動的な曲を書き続けられるのでしょう。

AIも叶わない哲学的場所論

嘆き越え 句と哲学に 我が道探る @おらが春のPTSD予防

 

おらが春』が詠まれた日だそうです。

「目出度さもちう位也おらが春」

小林一茶

幼い頃に母を失い

継母との関係が悪すぎるので

引き離すため

15歳で江戸に奉公に出され

非常に苦しい生活をしていたが

25歳ころから

俳諧師として頭角を現すようになる。

— 個性化の過程

57歳のときの

一年間の出来事を詠んだものが

素朴に詠んだものを

— 生まれたばかりの長女の死去など

作品にしようと推敲中に亡くなる。

没後25年に刊行されたものです。

こころのケアの作用があった

苦難のなか俳諧と出会って

その表現のなかで自己実現

俳諧ですが

当時の俳諧師は

修業中に俳諧行脚するなど

雲水のようであり

俳諧や古典

そして当時の風俗や文化を貪欲に学ぶ。

— PTSDのお勉強

とても宗教的です。

浄土真宗他力本願への

帰依が中心を占めているといわれている。

よく知られた代表的な句は

おおらかな童話のようなイメージですが

名月を取ってくれろとなく子哉

這へ笑へ二ツになるぞけさからは

雀の子そこのけ/\御馬が通る

ゆうぜんとして山を見る蛙哉  …などなど

俳諧師となっても

40代に入るまでは生活は不安定なままで

51歳の時になってようやく定住することになり

俳諧師としても全国的に名が知られるようになった。

52歳にして結婚を果たしても

初婚の妻との間の4人の子どもは全て夭折

妻にも先立たれ

再婚相手との結婚生活は早々に破綻

身体的には中風の発作を繰り返し

脳血管障害(脳卒中)の後遺症

64歳の時に3度目の結婚をするものの

65歳で亡くなる数カ月前には火事で自宅を焼失

故郷でも受け入れられず

本人も故郷に対して被害意識を最後まで持ち続けたといいます。

俳句にも

2万句以上という多作は

こころのケアとしての意味の

切実な必要性を物語る。

苦労続きの人生が反映された

生活苦や人生の矛盾を鋭く捉えた句が多く

反動としての

童謡を思わせる子どもや小動物を詠んだ句

— 宮沢賢治的に

一茶の俳句は「生」をテーマとしていると言われています。

継母との関係は進化した現代的テーマ

故郷の柏原(長野県信濃町)と言えば

記念館も建設されている。

西田幾多郎が晩年に講演した地と

どこまでも西田哲学的なのには

逆に

センセイ曰く驚愕ではない…

驚きしかありません。 

 

きよしこの夜🎄@2025

あなたもスタンプをGETしよう

本日初披露された

1818年

オーストリアの教会にて

「きよしこの夜」は

なんとギター🎸伴奏だったそうです。

クリスマス・イヴの前日に

オルガンが壊れてしまい

ネズミ🐭が齧って音が出なかった説など

一晩で完成させたとのことで

しかもミサが始まる数時間前

キリスト教もなんだかジャズです。

ギターの讃美歌なんて

— というよりはクリスマス・キャロルかな

誰も関心を持たないと思いながら作曲されたものが

歌い継がれている。

詩は2年前にはできていたようですが

詩も慌てて作ったものと言われていたが

こちらはまちがいと分かった。

ドイツ語から

英語を経て

日本語になった『きよしこの夜』の詩は

海外よりキリスト教的ですね。

まったく抹香📿臭くない

 

『クリスマス・キャロル』吝嗇PTSD老人を一夜で治したものは?

本日は

『クリスマス・キャロル』が

58歳で亡くなった作者の

墓碑銘は

「故人は貧しき者、苦しめる者、そして虐げられた者への共感者であった。その死により、世界から、英国の最も偉大な作家の一人が失われた 」

~ つまり偉大なサイコセラピストだったということ

出版された日だそうです。

クリスマス🎄キャロルは

クリスマスの時期に歌われる

賛美歌や歌のことで

クリスマスの物語やキリスト教の教えを伝える。

昔は劇や歌を用いていた。

キャロルの原型

人々に理解しやすい

十牛図のように

わかりやすくしようと努力する慈愛

各地方の言葉で歌われていました。

ラテン語ではなく

日本人には『きよしこの夜』など

宗教改革で衰退し

死と再生

19世紀に蘇ったのは

人類の宗教心の変化

— 何に神(セルフ)を感じるか。

ポップスやジャズの要素を取り入れた

新しいクリスマスソングです。

クリスマス・キャロルも生き物なのです。

お話はこんな感じで

金の亡者を絵に描いたような

カラマーゾフの兄弟の父親みたい

— 元型なのかも

老人のこころが

年老いた犬には芸は仕込めないと言いますが

— パブロフ(ロシア)は犬の実験

—— ドストエフスキーの作品でも少年が実験してたような

クリスマスに

治るお話です。

認知行動療法では治らないけど

— 意識 しか扱わない。

無意識なら治せるというお話

— 幻覚  ジブリ作品と同じ

やはり

どう生きるか

その際に気づくの話とか

時間軸の問題など

過去・現在・未来を

— 永遠の今

一度に見せられ

まだ来ない未来をよりよいものにするために

行動を変えた。

普遍性がありますね。

心理療法の時間と同じ

最後に

老人が

なぜこんな極端な人格になったのかということですが

それは孤独だそうです。

幼い頃に寄宿学校に預けられ

クリスマスにも一人ぼっちで過ごすことが多く

— キリスト教の教育はなかった?

家族の温かさに触れる機会が少なく

寂しい思いをしてきたことが

生涯に影を落とした…

彼の場合は

貧しさから抜け出したいという強い思いがあって

頑張り方(方向?)を間違えたのでした…

ひたすら仕事に打ち込み

合理的に生きるしかないと思い込んだのです。

もともとない他者との信頼関係は

優位に働いた。

最後に残った人間関係を失ったことが

それでも

婚約にまで至る女性がいたが

あまりに非人間的なので

最終的に去ってしまう。

トラウマとなったのでしょう。

さらにこころを閉ざし

人との絆やつながりを拒むようになり

ケチに拍車がかかった。

ディズニーにもよい連鎖として登場💡

なべなべ底抜け?PTSD解離性ストーカー殺人心理とユーミン♪

あなたもスタンプをGETしよう

鍋と言えば

不思議なうたがあります。

昔はお鍋によく穴があいたそうですが

うたの意味がいまひとつよくわかりません。

そういう場合は

きっと

陰陽☯五行説的な意味があるのでしょう。

底が抜けてからが始まりというのは

子どもにとっては遊び

原理的には 本 本番?

陰陽の極致まで進んで核心が見えてくるという事?

— 私は底抜けの馬鹿と言われます💦

絶対無かな🤔

一太極二陰陽

哲学的な遊戯療法ですね。

子どもは

なぜ⁈と問わず          ←袋小路に入ると始まらない

— そんなものだという感じ

楽しむところが凄い

とおりゃんせにしてもかごめかごめにしても

日本の童謡はおどろおどろし

ものがなしいところがあります。

さて

ストーカー殺人事件

ユーミンの

言われてみれば

童謡のような曲調

夕闇をひとり♪が注目されています。

あのひとのうわさが聞ける街なら

私は流れてゆくわ

冷えそうな心となぐさめのカセットと

淡い口紅ひとつもって

あのひとを愛してくれる女なら私はたずねてゆくわ 

偶然でしょ…とも考えられますが

冬の終わり♪なんかも

頑張るあなたが憎らしかったの

置いてきぼりにされるみたいで

傷つけた迷ってた

同じだけ淋しかった

冬の終わりが来るたびに…思い出す

なんだか鼻のあたりがツンとする

木の芽の香りかしら                少し早い木の芽時?

夢見る私をまだ笑っている…あの日のように

探してた悩んでた

わけもなく不安だった

…月日は流れ

なぜかしらどこからかふと蘇る

あの頃の私達 同じだけ楽しかった

— 嫌われても一緒にいられるという異常心理

—— 相手を人格ある人間と考えず自分と同一視

卒業写真にしても

これらは実体験らしい。

思い通りに生きられなかった記憶が

ベースになっていて

ひこうき雲の聴こえ方も

あの子の存在自体は儚くも美しく

魂が昇華されているように聴こえるが

そこに投影する人物の気持ちが

— 生きられなかった人格=影

対象を代えてどこかに転移するとなると…別の物語に

変わってきます。

繊細な感覚をもった清水ミチコさんは

ふざけずにいられなかった(>_<)

躁的防衛からの昇華