翳りゆく 旋律ひとつ 聖(ひじり)の庭 @チャイコフスキー

チャイコフスキーは

ブラームスと7歳違い

バレエ音楽を席巻

作品は多岐にわたるが

「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」の3曲は

チャイコフスキーの三大バレエとして

そのままバレエ界全体の三大作品

— 芸術諸分野に類例の少ない現象

欧米において

日本における『第九』のように

年末になると頻繁に上演される

「くるみ割り人形」は

華やかで効果的なオーケストレーションですが

『白鳥の湖』などは

叙情的で流麗

メランコリックな旋律で

『ウンディーネ』に下書きがありそうです。

水の精の物語をもとに書いたが

— 離人症の世界

破棄してしまったので

一部しか残っていない。

本人が一番お気に入りだったのも

悲壮だそうです。

最後の交響曲である交響曲第6番『悲愴』

初演時は不評だったが

— 虚無感と不吉な終結による

「この曲は

私のすべての作品の中で最高の出来栄えだ」と周囲に語るほどの自信作

音楽教育を受けたのも遅く

幼少から才能が認められ

本人も音楽に夢中になったが

両親は音楽家にするつもりがなく

法律学校の寄宿舎に入れた。

つまらない書記官の生活を送ってから

音楽学校へ

家系に職業音楽家はおらず

先天的な音楽の才能というものではなく

PTSD予防の昇華の結晶という天賦だったということ

軍に関係のある人が多く

曽祖父は初代ロシア皇帝のもとで活躍し有名に

祖父軍医の助手

父親は軍の中佐として鉱山を指揮

— のちに市長

母親には懐かなかったものの

4歳ころには家庭教師になつき

—家庭教師も母親のように感受性に気づき子ども時代を記録した。

母親に代わる精神の拠り所となった。

10歳で

法律学校に寄宿生として入学させられたまま

14歳で

コレラで亡くした時には

まだ40歳

大きな打撃を受け

離れて暮らしていたうえ

母が死んだというトラウマは

チャイコフスキーの心の中に死ぬまで残った。

直後から

こころのケアとしての鎮魂歌

音楽に一層専念するようになり

作曲を始めるようになったとのことです。

最も古い作品

アナスターシャ・ワルツ

— 祖母の名前なのか父親の前妻の娘の名前なのか…🤔

—— 前妻の娘の子どもが孤児になったのを養育したという記述もある。

——— 実母は亡命中に孤児となったので繊細で音楽の才能もあった。

音楽家としては成功しましたが

どの女性にも母親のイメージを求めるので

孤独を好むのに

人懐っこく

過度の愛情欲求をもつ狂気と

家庭教師への手紙で書いている。

結婚はうまくいかず

婚約解消となったり

— 『ロミオとジュリエット』の年

破綻後にストーカー化され

入水自殺未遂においこまれたり…

— 『白鳥の湖』の頃

母親と同じコレラで亡くなったようです。

自殺説などもある。

チャイコフスキーという名前は

ウクライナの伝統的な姓で

カモメを意味する言葉から改めたものだそうです。

いわゆる神隠しのお話 

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