本日の朝日新聞の
書評ページで
中井久夫先生の
『私の日本語雑記』
(岩波書店)
について
精神科医・斉藤環が
書いている。
冒頭の4行を読んで
椅子から転げ落ちそうになった。
「著者は
【風景構成法】の開発や
統合失調症の【寛解過程】の研究
震災体験を契機とした
PTSDの研究などで
知られる精神科医である」
精神科医による
精神科医によるPTSD研究の
認知
ですね
認知されだすと
この国では案外
はやいかも
月別アーカイブ: 2010年6月
PTSDの安請け合い事情
「今度一緒に食事しようよ!」
「~へ一緒に行かない?」
「みんなでね。温泉でも」
人の顔みたら
人懐っこく
誘う。
誘われた場合も
二つ返事
「いいねえ!」
でも
隣から家族が
「ああ言ってますがね。
『奥さん、いつがいいですか?』
なんて聞いて下さるとね。
あたふたしてね。
急に
しどろもどろになるんですよ」
そういうビョーキらしい。
社交的とはいえないですね。
長期的会話は成り立ちませんからね。
外向性の高い病気なんでしょうね。
一人の人格のなかに
夢見がちで
楽しいことが好きな人格と
出不精な人格
誰とでも仲良くする人格と
人間嫌いで潔癖症な人格が
同居してるから
家の中では
「勝手に動くなよ!」
「あーっら、そーお?」
「これから気をつけてくれよな!」
って
けんかがたえないのかもしれません。
それで
特に何もしないのに
いつもイライラ疲れてるのかも…
朝日新聞『獅子頭』~第百二話 二度目の試練
舞台恐怖症という名の
PTSDを
相当なレヴェルで
克服したのですが
またもや
危機的な状況に
まきこまれています。
誰も理解してくれず
どちらかと言えば
悪者です。
国家反逆罪に
なるかもとさえ
脅されてます。
時代が時代ですから
あながち
冗談ではないかもしれません。
しかし
PTSD克服の過程では
このようなことが
起こりがちです。
自分の非とは思えないような
ところで
トラウマ事件に巻き込まれ、
悪者扱いされる
理不尽さに耐えながら
世間の常識を超えていきます。
考えてみれば
本国での結婚や
今回の誘惑にみられる
二順の受身が
―今までは無欲の勝利!で
うまくきたのですが…
問われているのかも
しれません。
運命は
その人の弱点のうち
そのとき克服できそうなところを
ついてきますから。
しかし
この困難
どう乗り越えるのか。
楽しみです
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同病相憐れまないPTSD&気づいたもの勝ち!
川で遊ぶ子どもを
描こうとしたが
溺れてる絵になってしまった。
本人が
遊んでいるといえば
遊んでいる
それでよいのですが
この人は
余裕があって遊んでいるつもりが
実は溺れていることに
気づいてしまった。
大きなトラウマの存在や
対人関係での傷つき
さらには緊張も
セットで
どっカーン!と
一度に気づいてしまった。
計画性がなく
ぼーっとしてて
何考えてるんだか…
って
PTSDの人が言ってました。
一般には、そう見えるんです。
―この病には
同病だから理解できるってことは
あてはまりません。
大分克服し、勉強した人は別格ですよ!
同じく幼児期の寂しさや寄るのない不安と
そこでの傷つきが
トラウマになってるんですけどね。
しかし
気づいたもの勝ち!です
『竹取物語』ほのかに光る竹の節といのちの血脈
目覚めると
視界の一部に
水辺の光の反射みたいなのが
ある。
頭痛?
貧血?
見え方をあれこれ
試していると…
右腕のひじの内側が
暗闇に光っているのだと
わかった。
不摂生のせいかもしれないけど
チックみたいな
血管の一部の動きが
見えることって
ありますよね。
そして
その上の皮膚が波打ってたんです。
―波打つんですね。
知らなかった!
『うわぁ、神秘的』 ←創れる状況じゃないけど
試してみることお奨めします!
仏性やアッラーや創造主なんて
無意識にある真の自己にすぎない!
なんて偉そうに喝破してますが
生命の神秘を感じました。
『生きてるんだなぁ』
生かされてるんだなぁって方が
正しいかも
そして
竹取の翁がいつも行く
竹林でほのかに光る竹の節をみつけた
っていうのは
こういう感覚の
無意識による
文学的比喩表現だったのではないかな?
と感じました。
『竹取物語』の分析研究
ほったらかしにしてました
そう言えば【暴走老人】はどこへ行った?
ある日
歩道を歩いていたら
向こうから
赤い自転車がやってくる。
「ぼーやぼや、すんな!」
突然大声で
どやされた。
見ればおじいさんだった。
元気のいいのはよいことだけど
『ここは歩道なのに…』
ちょっと
― 【一寸=だいぶん・相当】
でしたね!
悔しいですね。
…
しかし
一ヶ月くらいして
同じ状況に遭遇
覚悟を決めて
「あのね。ここは歩道でしょう!」
って言おうとしたら…
相手は転倒
「あなたはいつもいつも!」
私は言葉に力が入ると
つい右手の人差し指を立てて
ゆっくり動かしながら
しゃべるクセがある。
おりしも
パトロール中の
おまわりさんが
通りかかった。
この構図からして…
『うわぁ、老人いじめしてるって
思われたらどうしょう」
でも
2人のおまわりさんは
ニコニコしながら通り過ぎた。
去年の夏だったと思う。
ピック病と『暴走老人』って本流行ってましたネ!
皆さんは
今年お会いになりましたか?
ちなみに
転倒した老人は借りてきた猫みたいで
暴走中とは
別人格みたいでしたョ
永山基準はPTSDとして再考すべき
【死刑の基準】と
呼ばれている
1968年に起こった
19歳の
永山則夫による
4人の射殺事件があります。
わかっているだけでも
貧困や差別があり
希死念慮なども
常に顕著な
PTSD型の人物であり
獄中での
自己省察により
改心していますから
先天的な障害では
ないのが
あきらかです。
犯行にも【心因】があり
治癒にも【心因】があります。
増加する無差別殺人について
防犯のためにも
PTSD学習が必要です。
驚いたり
怒ったりしていても
しかたがないですし、
大幅に
防ぐことができるのですから。
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夢のなかの音色
夢は無意識の宝庫だとか
無意識からのメッセージだとか
言いますが
なかなか
最初からすべて
覚えられる人は
多くないですよ。
また言語化が
困難な場合も
多いですよね。
でも
あきらめることは
ないのです。
夢の一部でも
覚えていて
それが
なんだか印象的だなぁと
思える場合
それを大事にしたら
よいのです。
―大事にすると
無意識のご機嫌は
格段によくなります。
私たちとそうかわりませんよ。
まあ私たちの一部ですからね
絵にするのは
1つの方法です。
夢と全く同じ
絵がかけなくても
よいのです。
絵を描くことで
少なくとも
過去の記憶(考えれば当たり前)から
未来へ
何かが確実に伝達されます。
自覚が起こりやすくなる
土壌作りが始まるんですよ。
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本日のJR阪和線往復とも遅延に巻き込まれた
今日も利用しました。
朝には
大和路線と宝塚線で
人身事故
そのための遅延
これは
夕方のもの
誰かが踏み切りに入った?
一日中見てたんじゃないですよ。
たまたま
通りかかったら
2回とも引っかかったのです。
駅員さんが
気を悪くするといけないから
写真も歩きながら
撮ったくらいで…
今日は特に
多いです。
何かあったのでしょうか?
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こころのままに生きるために
こころのままに
生きてゆきたいのですが
トラウマがあると
自分を守ることに
エネルギーが吸い取られ
対人関係では
緊張するし
出せる結果も
こじんまりとしたものが
いくつか…
とうてい満足できる
人生になりそうに
ありません。
そこで
年輪のような
トラウマを
直視することを
開始することにしました。
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