青木玉さんは
『小石川の家』で
【死魔】について書いている。
死の床にある人が
囚われる
無意識の自我防衛である。
―キューブラー・ロスもよいが
もっとよいかも。
いのちは一直線でないから
死への途上にも
波がある。
死への恐怖を共有した
看護の疲れもあり
ふとした
元気な兆候に
安堵したくなっても
無理はない。
しかし
なぜかそのあと
急に
病人はこの世を去り
―病が治って
みんながほっとしたときに
自殺する人も
案外多い。
その現実の重みと
死魔にまどわされた
自責の念の
ダブルパンチに襲われる。
こういう
こころの機微に感づく人は
たいてい
普通の家庭に育ってはいない。
明治生まれの絶対君主の祖父
幸田露伴
―社会的には文壇の寵児
家庭内では
自分の身の回りのこと一切を
人にさせる殿さま
わずか9歳の孫
青木玉に、
大人でも苦労しそうな機微を求める。
―DV夫対応ですね
殴られないようにするには
覚らねばならない。
母は幸田文
気丈を絵に描いたような母
―これを美徳としたのは
過去の話で
まともに信じたら
PTSDになります。
この環境に
いまだに当惑している
雰囲気が伝わってくる。
―トラウマティックな記憶による
被支配
母が
自らの両手を眺めているようすを
目撃し
感動したピソードは
興味深いです。
―父親のために使い
その死後やっと
自分のつかみたいものが
つかめた?
母の弟も
非行に走り
夭折しています。
―死の病に際しても
父親はノータッチ
実は
生まれつき病弱で生死の境を
何度も行き来していて
乗り越えられていないから
【回避】しているのでした。
表面は威張ってるけど…
蝸牛庵を取り巻く
―家をもたないカタツムリに擬した命名
ちょっとつつけば
すぐ閉じこもります。
人々のトラウマティックな
系譜が透けて観えます。