海老蔵さんは
なぜ
かくも嫌われる人格となったのか?
―なんか
忌み嫌われてますよね。
調べてびっくり
トラウマティックな
団十郎家系譜の
先端にいるのですから
品行方正というわけには
いかないですよ。
―暴れたくて暴れてるのではなく
暴れさせられているのです。
スサノヲみたいな感じです。
酒癖くらいで
よく持ちこたえていたものです。
むしろがんばってますよ。
先祖はPTSDをそのままに ←未治療
しています。
わかってるだけで
3人PTSDです。
海老蔵さんのお父さまの
ガンだって
無関係じゃないと思いますよ。
―ガン祈願から
玄米菜食にしたのは
先見の明がありましたよ。
続けてたらよかったのにね。
断食瞑想と言って
トラウマに向かいやすくなったのに…
いや、瞑眩反応だったか?
初代団十郎
1704年 (宝永元年) 2月19日
市村座の
「移徒十二段」 で
佐藤忠信役を演じている最中
同じ座の役者
生島半六に舞台上で刺殺された。
享年45。
真相は分かっていないが
団十郎の気性は苛烈であり
座中に
敵は少なくなかったと
言われている。
八代目団十郎
人気は大変なものだったが
疳症の持病があったせいか ←パニックのひどいの
気が強くプライドも高くて
先輩の役者との
トラブルも結構あり
1854年 (嘉永7年)
舞台初日の8月5日
旅館の一室にて脇差しで
自らの喉を切り自殺。
自殺の動機だが
南町奉行所に出した書面には
「持病の疳症が起こって
打臥強く取昇せ候哉」 と
書いてあった。
祖父の 十一代目団十郎
海老蔵さんに
生き写しらしい。
海老蔵時代
「花の海老様」 として
空前のブームを起こしたが
酒癖が悪く暴力を振るう人物だった。
元々女中だった人が
出産し、紆余曲折の末
ようやく母子共に
正式に籍に入り
披露となったが
凄まじい癇癪持ちで ←これもひどいパニック
今ならDVで訴えられても仕方がない程の
暴力を振るったそうです。
団十郎になるまえに
PTSD治療が必要ですね。
この方
何かと被害者ですよ。