月別アーカイブ: 2014年7月

校長センセイらがPTSD解離隠れタバコ

兵庫県の条例では
学校敷地内は全面禁煙なのに
尼崎市立小学校の
校長らが
校舎内に
専用の部屋を設け
 ―不良ですね。
喫煙を繰り返していました。
校長は
「校外で吸えば
周囲から苦情が来ると思った。
反省している」汗
もっと大きな苦情になりそうですね。

フランスでPTSD解離母(47)児童の前で女教師(34)刺殺

昨朝
ナイフを持って
小学校の教室に現れ
恐怖におののく児童たちの前で
 ―母親の子どもがいたかどうかは不明
教師を刺し
午後に行われた
精神鑑定で
「つじつまの合わない供述」をし
「直ちに精神科の病院に入れられた」
そうです。
フランスでは
どんな治療をするのでしょうね。


こんなのじゃないでしょうね。

ASKAさん覚醒剤依存症(PTSD)治療は「条件反射制御法」

3日に保釈された
ASKAさんは
千葉の病院で
「条件反射制御法」という
治療を受けるそうです。
 ―8年前に考案された治療法で
 第一人者がこの病院にいるらしい。
 考え方は教科書的で
 昔からありますけどね。
普通は
覚醒剤のない環境で
覚醒剤のことを
考えないようにさせたりしますが
逆に
吸引しても
人体に影響のない
“気化する結晶”を
何度もあぶって吸い
 ―薬物記憶の環境に曝し
  欲求を生じさせる。
「覚せい剤は効かない」という
意識をすり込んでゆくのだそうです。
10週間ほど
「パブロフの犬」のように
何度何度も
条件付けを行うことになります。
釈放時は
カメラの前で
話せないほどだったそうですが
初公判の時に
効果のほどが
発表されることになりますね。

女子中学生監禁集団暴行のPTSD解離女6人逮捕

香川県
坂出市の
無職(44)
無職(28)
アルバイト店員(16)
高校2年生(16)
大工見習い(16)
無職(16)の6人は
知り合いの
中学3年生の少女(14)を
丸亀駅前に呼び出し
地下駐車場で
殴ったり
髪をハサミで切るなどの暴行を加え
頭などに
約1週間のけがを負わせましたが
「悪口を言われたからやった」
「仕返しをしただけ」
だそうです。
とりあえず
司法で
認知の歪みを
治療してもらうしかないようです。
義務教育のうちに
PTSD予防教育しておくことが
犯罪抑止にもつながります。
被害者にはPTSD予防が必要ですしね。

2児とPTSD解離無理心中した母親(38)意識不明の重体

彦根市内の橋から飛び降り
全身を強く打って
意識不明の重体となった
女性の自宅では
2階の寝室で
小3長男と
4歳の次男が
首を絞められ
窒息死しており
「よく覚えていませんが
私が殺したと思います」と
供述しているそうです。
追い詰められてのことだと思いますが
こころの荷物がまた
重くなりました。


専門家と
薬は
たっぷりあるんですが
PTSD予防と治療が足りません。

『かぐや姫の物語』ラポールで伝わるPTSDのトラウマ


絶望の中
 ―いやでも月に還らねばならない。
歌を謳い
 ―歌うことしかできないので
 媼が勧めた。
過去の記憶を取り戻したとき
 ―百尺竿頭一歩進めよ
 こんな状況でも
 表現することが大切
かぐや姫の脳裏に浮かんだのが
この映像でした。
媼は
目ではなく
こころでそれを観て
捨丸に遭えるよう
計らいます。

かぐや姫の記憶の中の
この女性のように
気持ちをこの世に遺しては
ならないからです。
 ―いつまでも悲しみ続ける。

思う存分
トラウマのエネルギーが
昇華されたら
戻ってくることもないからです。

ただし夢の中で
だったのですがね。
 ―これがなければ
 ただの解離行動

『かぐや姫の物語』PTSDのトラウマ記憶の象徴性が強まるとき

この歌も
謳っているうちに
深まれば
一太極二陰陽の
象徴性の構図が
強まります。

松と待つが
かけられていますが
―無意識はダジャレや響きで
つながってゆく。
松は太極の象徴です。
―キリスト教では解けない秘密
皇居で重要なのは
松の間だし
能舞台の背景には
必ず松が描かれます。

 

 

哲学論文あります✨

 

『かぐや姫の物語』かぐや姫の謳うPTSD克服の秘密


わらべ歌を
子どもたちと一緒に
唄ってたかぐや姫ですが
 ―幼名タケノコ

突然
誰も知らない続きを
謳いだし
 ―しかも
 元気さを失い
 変調され
 物悲しい感じになる。

涙まで流すので
子どもたちは
驚きながら
変だと言います。
トラウマの記憶は
「呼び返し」
「情けをはぐくんで」
「還る」ことを
望んでいるんですよね。
無意識のなかにあるから
かぐや姫も
少しずつ思いだしているのです。
子どもたちと
仲良しで
ラポールがあるので
謳いだすことが
できたのです。
良いとか悪いとかでなく
率直に反応する子どもたちは
傾聴していることになると思います。
 ―ポニョの宗介も
 確か5歳で
 ポニョを支えました。