『人は誰もが多重人格』しかしPTSDの多重人格はフツーではない。


『Dr.倫太郎』の影響で
こういう本も出てきています。
確かに人間は多重人格的ですが
解離性同一性障害や人格障害と言われる
PTSD性の多重人格とそれらは
分けて考えないと
「アスぺも
個性なんだからいいじゃない?」という
(定義も解釈もデタラメ)
愚かな流行の二の舞になります。

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専門家がフツーと言っているのも


児童虐待等からくるPTSDを
見落としたもので
フツーではありません。
摂食障害もリスカも
ひきこもりも
(問題意識がないとか
自宅警備員とか言うだけ)
フツーなら

ストーカー殺人もフツーなんでしょうね。
アンチスティグマの偽善を感じます。
 
 
 

『人は誰もが多重人格』しかしPTSDの多重人格はフツーではない。」への3件のフィードバック

  1. あ*

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    先生には釈迦に説法ですが、前のコメントにも書いたように、
    (1)(セルフを大事にして自らの心身を)「今、鍛えなくて、いつ鍛える」と思い自己形成を進めることと、
    (2)「忍耐は美徳」としてセルフネグレクト強要を受容すること
    は全然、違うのに、2者を区別しない「専門家」が心理職にも教育職にも多すぎます。2者を区別せず、セルフネグレクトの末にPTSDを発症して、そこから加害者としてのPTSDにスイッチしてしまう名古屋の女子大生や仙台国立病院エリート研修医のようなケースがあるわけで、そうした加害者としてのPTSDである多重人格を鑑別しないというのは滅茶苦茶です。
    加害行為を既遂にしてしまうと更生も益々困難になるゆえ、「加害者としてのPTSD」をスティグマと捉えてスティグマさえつけなければ大丈夫ということはありません。負の連鎖を避けるためにも、香山リカ氏や角田容疑者のように巧妙に他者の人格権を蹂躙して心理操作を行なう人からは被害を受けないようにする必要があります。
    くだんの大学教員が「リスカはフツー」というのは、「リスカをする人は今や少なくないし、自分は治せないので、それを問題視しないことにしよう」という恣意的(セラピストさんの(egocentric な)アンチスティグマであり、「私はクライアントさんに「よかれ」と思って優しく接しています」という偽善です。
    「目の前の主人格」(http://ameblo.jp/phantom-nightmare/entry-12029992314.html)と表面的に話すだけなので、リスカはじめ自傷行為によって主人格を罰している交代人格を放置してしまい、来談者が自分の人生を組み立てる方向に踏み出すように支援ができません。このように主人格を傷つける交代人格がいるようなPTSDの多重人格も「フツー」ということにして、自滅するのも「人生いろいろ」のひとつとして「フツー」で「本人の自由だから好きに自滅すれば良い」と放置する結果にしかなりません。

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  2. メディスンマン

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    このワケワカラナイ日本社会の大部分のミステリーを解き明かすキーワードを………今、日本社会の日常生活に……忍び寄ってきている……暗い運命の胸壁に腰掛けているものの正体とは………ナンナンダヨ~~~アンチスティグマの偽善~~

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  3. 翠雨PTSD予防&治療心理学研究所

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    >あ*さん
    年の割には若者の流行をちょっと知っていて、まあいいんじゃないのという論調に迎合する学会は本当に嘆かわしいです。
    象徴論はいつも書いている通りデタラメの『極致で宗教哲学の研究者からは相手にもされません。
    香山リカの二番煎じですね。

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