描画を併用した
寛解過程における
非言語的接近法です。 ←ユングみたい!
「私が精神医療に希望するとしたら
病的なものだけをとり出すのでなく
むしろ
病的なものをこうむっている
心身のほうに注目することであり ←イメージに現れる
そうすれば
それはおのずと経過研究になり
回復の論理を照らし出すことに
なると私は思う。
かつて不治 とされた病いの多くは
いちど
「もし回復したら
それはそもそもその病いでは
なかったのだ」とされる
時期をとおっている。
これは法則のようなものである。
統合失調症もそこを通ってきた。
今、回復はありえないという断定から ←集合的無意識における常識
かかわり方による変化が ←ラポール
報告されるようになってきたかにみえる。
他方
回復とは完全に病いの経歴を
無かったことにするものではない。
多くのウイルスが生涯潜在感染をつづけ
思いがけない時に思いがけない
いたずらをするのはよく知られている。 ←トラウマもそうですね!
人間はそのようなものをも
包含した歴史的存在なのであろう」 ←集合的無意識
中井先生は
そうおっしゃいます。
大賛成です