ケネディ大統領は
西洋文明の究極の象徴であるから
この創作の理念を
継承してゆかねばならないと
言ったわけですが
漱石が
『モナリサ』という
小品のなかで
登場人物に
語らせている
印象は
あまりよくないものです。
主人公は
古道具屋で
モナリザに出会い
「色具合が
現代を超越して
上昔(そのかみ)の空気の中に
黒く埋っている」のが気に入り
―近代を超えようとして
PTSDになった人ですからね。
温故知新の
退行イメージをつかんだのでしょう。
ちょっと値切って
家に持って帰ります。
奥さんは
遠慮がちに
「気味の悪い顔です事ねえ」
「この女は何をするか分らない人相だ。 ←【解離】顔?
見ていると変な心持になるから
掛けるのは廃(よ)すが好い」と
言います。
「御前の神経だ」と云って
聞かなかった主人公ですが
偶然落ちて
ガラスが割れたりしたこともあって
最後は
「この縁喜(えんぎ)の悪い画を
五銭で屑屋(くずや)に売り払った」
― 80銭で買いました。
役所で聞いても
ダビンチなんか誰も知らないし
開いた口をわざと
閉じたようにも取れる
口元が気になったようです。
―抑圧を感じたのでしょうか?
この時代に生きた奥さんも
【抑圧】を刺激されて
何かしでかしそうな自分が
怖かったのでしょう。
西洋の
魂の【死と再生】の秘密に関する
象徴は
近代PTSDを乗り越えようとする
東洋人のこころには
響かないようです。
西洋文明の究極の象徴『モナリザ』は縁起が悪かった
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