12年ぶりに復活した『赤い靴』の女の子とPTSD回帰

横浜市西区の
JR横浜駅に
「赤い靴はいてた女の子像」が
12年ぶりに復活しました。
携帯電話のカメラの
シャッターを切る通行人ばかりで
女の子を捜すのに
時間がかかりますあせる
$PTSD研究家翠雨の日記
PTSDをとりまく環境に
似ています。
童謡『赤い靴』の女の子は
 ―異論はありますが
未婚のお母さんから
生まれ

お母さんが結婚するとき
外国人の宣教師夫妻と
異国に行くことになっていた。
 ―1922年の詩ですから
 充分
 トラウマティックな話です。
しかし
結核になり
日本の孤児院で9歳のとき
亡くなりました。
結婚した母親は
(娘は異国にいると思ってる)
北海道に開拓の仕事で
(当時は異国みたいなものですネ)
渡ったものの
うまくいかず
異国の娘を想うという
設定です。
 
無意識の心理的防衛機制
【空想】ですね。
★子どもの運命は
母親の人生の流れの中に
置かれること
 ―スサノヲもそうでした。
  アジャセもそうです。
★母親も
置かれた運命の中で
なんとか生きているのだと
いうことが
善悪で断罪されることなく
$PTSD研究家翠雨の日記
表現されていると思います。
作詞家は
『シャボン玉』では
自らの
夭折した長女への
哀悼の意を
詩っています。
トラウマを抱えた人間には
少し音色が違っても
同じく
どうしようもないトラウマを抱えた
人の気持ちがわかるのでしょう。
(しんどすぎて自己チューの人も
多いですが
基本的にはあせる
今の日本では
もう少し
どうにかなる部分もありますが
逆に
もっとどうにもならない部分も
あるように思います。
 ―この詩の素朴さを
  失っているように思います。
もちろん
どうにかしていかねば
ならないと思います。

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