投稿者「nishii222222222」のアーカイブ

風の絵師第17話⑤ 拒食症

PTSD研究家翠雨の日記

たった一話
一時間のなかに
PTSD満載です。

こんなきれいな女性が
数日間
水も飲まなくなりました。

かつて好きだったものも
受け付けませんし
食べないと身体に毒だと言われても
無理です。

これも心因反応です。

主人公のことが好きだったのですが
主人公が実は女性だったことを
知り
ショックで寝込んでしまったのです。

お世話係の若い女性ですら
そのことを知っています。

わが国の箱庭療法の代表的な
論文では
せっかくの箱庭作品も観ず
せっかく打ち明けてくれた話も
うそっぽいと却下し
病院中で
食べさせることに躍起になっています。

かぐや姫をわがままだと
いう見立ての間違いが
根本的な間違いです。

専門書を読む前に
このドラマを観てたら
こじらせることも
なかったと思いますよニコニコ
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風の絵師第17話④ PTSDの絵画療法

PTSD研究家翠雨の日記

主人公が師とであったころの
絵です。

木の根っこを
ふりかえって
観ています。

無意識的には
自分の魂のルーツ
気になっていたのですね。

類稀な
絵の才能は
トラウマの昇華
(半ば封印されてはいましたが)
パワーだったのでしょう。

こういうことは
後になって
わかることが
多いです。

そのときはただただ
表現する
それが大事だと
思います。
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風の絵師第17話③ PTSDの氷解と涙

父母を殺されたショックの
PTSDから
部分的に記憶喪失
起こしていましたが

だんだん記憶が蘇り
氷解してゆきます。

主人公は涙を流しながら
若かった父と再会し
若かった母と再会し
幼かった自分とも
再会します。

悲しいから泣いているのではなく
懐かしさのまじった
不思議な涙です。

生まれ変わった主人公は
師とも出会いなおします。

どちらも泣いています。

亡くなった母に会いたがって
大泣きしたスサノヲと
同じです。

古事記は
PTSDについて
実に象徴的に
描かれているのです。

PTSD研究家翠雨の日記

研究が頓挫劣化したユング派学者が
高松塚古墳の劣化に出会うという
共時性に打たれ
倒れる。

共時性って
カミナリみたいなものですね。

あれは
なんと象徴的な出来事だったので
しょうか。
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風の絵師第17話② PTSDと絵の関係 

PTSD研究家翠雨の日記

顔のない
不思議な肖像画から

顔が浮かび上がり

この顔をみて
主人公は
気絶しました。

気絶してからも
悪夢を見て
うなされます。

浮かび上がったのは
両親を殺した人の顔
だったのです。

10年前
まだ幼かった主人公は
ショックで父親の名前さえ
忘れてしまっていた
のですが

すべて思いだしました。

主人公の師は
意識を回復した主人公に
「顔が浮かび上がったとき
倒れたのを
覚えているか?」と
すぐに聞いています。

トラウマを複雑化させない
ための
大事な応急処置ですね。

事情は何も知らなくても
このくらいのことが
当たり前にできなくては
なりません。

そして驚かされるのは
やはり
絵とイメージや記憶の
関係です。
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風の絵師第17話① 高松塚古墳劣化は平成の墓荒らし

顔のない肖像画が
みつかりました。

晩年の大画人が残したものですから
駄作ではありません。
 ―今の学者なら認知症というでしょう

何か【妙】だと感じた
主人公らは

紙工場の職人と一緒に
紙の性質
使われた墨の性質を
よく調べ

吟味しながら
隠された顔を
浮かび上がらせました。

高松塚古墳も
英知を結集して
壁画の性質をしっかり
科学的に分析し
対応すべきだったはずです。

そして
「女人だ!」
ではなく

その女人が何を意味しているのか
心理学者が
民俗学者や歴史学者
哲学者らと
結集して
分析
しなければ

単なる墓荒らしと
変わりません。
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金属バット仙台教諭殺害で元祖PTSD事件を思い出そう

仙台市泉区で
私立常盤木学園高校教諭
松本秀夫さん(56)が
自宅玄関先で殺害された事件で

松本さんのそばに
血の付いた金属バットが
落ちていたそうです。

あれは
いつのことだったでしょうか?

日本人は忘れっぽくて
困ります。

受験のストレスから
親を金属バットで殴り殺した
事件が
世間を騒がせました。

今では
不可解な事件どころか
猟奇的な事件さえもが

「そんなことも
あるでしょう」

とばかりに
スルーされる
世の中に
なってしまいました。

ここで

金属バット事件に
立ち還って
考える必要が
あります。

犯人のしたことは
犯罪ですが

このような手法をとった点においては

世の中への
アンチ・テーゼを
感じます。

一種のカナリアでしょう。

その犠牲精神から
我々は少しは
学ばなければ
ならないでしょう。
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祇園祭の蟷螂山~ユング派精神科医をASDから死に至らしめたカマキリのイメージ

PTSD研究家翠雨の日記

かまきりのイメージは
あまりよくないかもしれません。

PTSD研究家翠雨の日記

しかし
祇園祭では
蟷螂山
別名かまきり山”は
一番人気です。

屋根の上のからくりを施したカマキリが
カマを振りあげて動くもので

「蟷螂の斧を以て
降車のわだちをふせがんと
欲す」という

自分の力をわきまえずに
大敵に立ち向かうことで
勇敢さを賞した
中国の君子の故事に由来します。

4年前
箱庭療法の学会で
DVシェルターでのケースを発表した
のですが

そのとき指定討論者だった
ユング派精神科医は

DV被害の子どもに箱庭療法をするなど
危険だ
勉強しなおしてきなさいと

壊れたテープレコーダーのように
吃音がちに繰り返し

「どこが?」と尋ねる私に

かろうじて
「カマキリがいけない」

と言い

一年後死亡しました。

絵画や箱庭の表現には
凄い力があるのだと
確信しました。

いい加減なユング心理学を
流布してきたけれども

これからは
そうもいかなくなりそうだ…

ショックを受け
ASDを発症し

人前はばからず
壊れたテープレコーダーと化す
失態を演じ

それに耐え切れず
死亡したと

推測されます。

イメージの力
恐るべし!

です。
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第52回全日本こけしコンクールと少子化

PTSD研究家翠雨の日記

こけしは子消しです。

悲しいことですが

人間の尊厳は
歴史に翻弄されてきました。

軍人がたくさん必要な時代には
産めよ増やせよ

進駐軍の問題や
引き上げの地獄の
敗戦の混乱時には
優性保護を
考えました。

少子化の加速は
日本人の集合的無意識
歴史から学んだ結論
なのでしょう。

政治の力より
大和魂の方が
一枚上手です。

西田幾多郎は
そういう知恵を
【歴史的身体】
呼びました。
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河合隼雄のASD死を理解しない限りユング派は再生できないだろう

2007年9月2日に
臨床心理学者で
元京都大学名誉教授の
故河合隼雄さんの追悼式が
京都市左京区の国立京都国際会館で
行われました。

臨床心理学の学会でも
法事が繰り返されています。

京都大学によると
河合隼雄さんは
2006年8月に文化庁長官として
奈良県明日香村を
謝罪で訪れた後に
重い脳梗塞で倒れ

一度も意識を回復することのないまま
2007年7月19日に死去しました。

PTSD研究家翠雨の日記

この壁画にショックを受け
ASD(急性ストレス障害)から
還らぬ人となったのです。

C,G.ユングに感銘を受けながら
陰陽五行や仏教を
真に理解できなかった
事実に直面させられた
トラウマによるものです。

このことを
真に理解できない限り
河合隼雄の死は

浮かばれないでしょう。
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葵祭を前に行われた「御禊の儀」に学ぶリセットの象徴

PTSD研究家翠雨の日記
 
京都三大祭の一つ
葵祭(15日)に向け

斎王代が身を清める
「御禊(みそぎ)の儀」が
京都市北区の上賀茂神社であり
第55代斎王代の京都府立医科大2年
川崎麻矢さん(20)が
十二単(ひとえ)姿で
神事に臨みました。

 
川崎さんは
童女や女官ら約50人を伴い
境内を御手洗(みたらし)川まで
進み
参拝者ら約2300人が見守る中
両手の指先を水に浸し
川に架かる「橋殿」から
罪や汚れを託した
形代(かたしろ)を流しました。

禊は身削ぎで身殺ぎです。

日本人は
蛇が脱皮するみたいに
常に心身を更新しなければ
自分に魂の死をみるのです。

ここを間違って
本当に死んでしまったり
身体を傷つけることを
心理学では
アクティング・アウト
(行動化)と
呼びます。

川崎さんのように
【象徴的】に
禊をすることが
大事です。

お雛さんを流すのも同じです。
自分がそのまま水に身を投げては
なりません。
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