投稿者「nishii222222222」のアーカイブ

『せんろはつづくまだつづく』の可愛いリズミカルさにマインドコントロールされてどこへ行く?

PTSD研究家翠雨の日記

せんろは
つづくまだつづく

線路をどんどんつなげて
列車を走らせよう!

工事中だ。
どうする?

高いがけだ。
どうする?

さあ、
みんななら

どうする?

リズミカルな文と可愛い絵で
親子で楽しめる絵本!
とのことで
好評既刊の
『せんろはつづく』
の続編
らしいのですが…

無意識の分析をさせていただきますと

線路は
大勢の人を乗せて運ぶ
電車の通り道ですから

ユング心理学でいう
【集合(普遍)的無意識】です。

線路は現在
【工事中】で
【崖】であると
作家の心の目には
映っているのです。

事実
『崖の上のポニョ』
(漱石の『門』にも
出てくる
【如人千尺懸崖上樹】)が
子どもたちに流行していますし

最近のJRでは
線路点検
頻繁に列車が止まり
ダイヤの乱れが
起こっています。

自殺者3万人の問題と
無関係であるはずはありません。

なぜ
このことをもっと
普通に考えようと
しないのでしょうか?
隠蔽しようとするのでしょうか?

もしかしたら

【せんろ】は
戦路ではないのか

自衛隊の海外派遣
あたりから
だんだん
人の死に慣らされて
いるのではないか。

そんな不安を
本日
朝日新聞第一面下に
覚えました。
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簡単そうで難しい【傾聴】が心理療法の基本

新学期

ここ数年
まず扱うテーマは
【傾聴】

傾聴は
心理療法の基本で

これさえできれば
理論なんか
何も学ぶ必要がない。

いわゆる
不眠症くらいは

(手術後
麻酔が切れて
痛くて痛くて
眠れないとか
そういうのは
別ですよ!)

充分
心理療法の守備範囲である。

【傾聴】なんて…

聴覚があれば

(補聴器で矯正して
聴こえるなら
それもO.K.)

誰でもできそうな
ことですね。

しかし
これが案外難しい。

専門家にも
実は難しいと
言うと

学生さんは
『何でだろう?』
って

興味津々…

知的好奇心の高いうちに
いろいろ教え込んで
おかなきゃニコニコ
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『ひょっこりひょうたん島』の死人の明るさとDV

井上ひさしさんら主な作り手3人は
親に頼れない少年期を過ごし
大人には心底絶望して
いたため

親も子もない
新しい生き方をどこまでも
追い求めようとした
結果

あの不思議な物語が
生まれたようです。

井上ひさしさんによれば
ものがたりの最初の火山爆発で
登場人物は
実は
死人と化しているのだそうです。

明かされなければ
虐待されていても
DV被害にあっていても
普通に見える人が
案外多いのではないでしょうか。
でもそのこころは死んだも同然で
亡霊のようにさまよっています。

井上さんは
義父の虐待を受け
児童養護施設で育つうち

ドラキュラに血を吸われた人が
ドラキュラになってしまうように

猫いじめや
奥さんへのDVに
移行したようです。

奥さんへのDVは
井上さんがよい作品を書くためには
必要で、仕方がないと
あろうことか
みなで容認し
奥さんに我慢させていたそうです。

現実では暴力による【発散】
作品では
漂流する島で【回避】
死人の明るさで【躁的防衛】に
終始していたと
いうことでしょうか。
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朝日新聞『獅子頭』第四十話  心の拠り所にも賞味期限がある

二順は試行錯誤していますが

どうもしっくりきていないようで
ちょっと
焦っているようです。

伝統を学びながら
新しいことを

と意識してきましたが

そのよりどころが
ちょっと古びて
ポイントが
ぼやけてきたようです。

よりどころには
賞味期限があるのですね。

走りながらも
気づいたら
しっかり悩むのが
二順のいいところです。

周囲の人の声も
柔軟に取り入れた
打開策が決まりました。

目的・テーマを
決めて
とりあえず
そこから
集中して努力していく

です。
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柔道整復術&白隠禅師のナンソの法&PTSDの自力克服

柔道してると
怪我が多い
怪我を恐れていては
柔道ができない
それで柔道整復術
生まれた。

座禅は
狂気を取り戻すものだから
危険である。
しかし人間存在が
そもそも危険なのだから
(ニーチェ)
狂気を取り戻したうえで
その先に突き抜ける
必要がある。
禅病という名の
ノイローゼ
(存在の哲学と言ってほしいニコニコ
がある。

白隠禅師は禅病になり
ナンソの法で乗り越えた。

頭の上にナンソという架空のクリームを乗せる
この上もなくよい香りのするクリームが
自分の体温で溶け出して
全身よい香りに包まれる。

という瞑想法。

「お坊さんなのに
座禅じゃなくていいんですかぁ
道元は座ればいい。
勉強なんかすんな!って
言ってますよ!」

そういう野暮なことは言わないのむっ

前置きが長くなりましたが
言いたいのは…

PTSDに罹患したら
ありとあらゆる手を使って
自力で治し
後進
(人類がよほど進化しないと
いじめや虐待・無理解は無くなりませんから)の
助けとなる仕事を
自分ができる範囲で
することで

地球人と
なれるのです。
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二人のキタロウ ~ゲゲゲの鬼太郎&西田幾多郎 

$PTSD研究家翠雨の日記

西田幾多郎の
哲学は
純粋経験が
基本となっている。

主観とか客観とかを
絶した視点で
物事を
純粋に観る。

陰陽五行で言えば
主観&客観(陰陽)を
絶した太極から
見直す姿勢である。

太極からの視座を得たら
もう前に進むしかなくなる。

日本の文化も
哲学も宗教も
どこをとっても
このリセットの思想に
貫かれている。

鬼太郎は
3つの目をもつ

人間は2つ目では
救われない。

純粋な目を
もたねば
生きていけないことを

戦争により
心身に多大な外傷を負いながら
外傷を受けた南国で出会った
ファンタジーに救われた
水木しげるさんも
訴えている。
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花咲かじいさん⑪  西田哲学の純粋経験

『花咲かじいさん』の
話は

純粋なこころの持ち主である
おじいさんの存在から
始まります。

これなくしては
物語は
始まらなかったのです。

自己実現するにも
純粋なこころが
出発点になると思います。

何もいつも
純粋でなければならない
というような
お説教では
ありません。

純粋であろうとするから
隣人の邪悪なおじいさんとも
出会うのです。

そして
善悪(陰陽)
織り成す
試練に鍛えられて

―どんなに
ひどいことをされても
傷ついた子犬のことを
全身全霊で
(夢でも大事にしながら)
思い続けていると―

本当の自分が
だんだん見えてくるのだと
思います。

どうでもいいことかも知れませんが…

日本を代表する
哲学者

西田幾多郎の
哲学も
【純粋経験】から
始まります。
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花咲かじいさん⑩  太極としての夢がトラウマを昇華させる

かわいい子犬は殺され
お墓に植えた木で
作った臼さえ
燃やされ
おじいさんの悲しみは
想像を絶しています。

隣人は
どこまで悪人なのでしょう。

しかし…

その灰で花を咲かせることが
できました。

夢に出てきた犬が
教えてくれたのでしたね。

犬を殺されたのが
1つのトラウマだとして…

犬の思い出話や
殺された状況
そのときの傷つきや
理不尽さのみを
話題にして
だんだん慣らしていく方法
(系統的脱感作といいます)も
あるかとは
思いますが

会社の管理体制のストレスで
解離を起こした
運転手の暴走から
起こった列車事故での
被害者の女性は
「こういう方法で
忘れていってよいものだろうか」

疑問をもちながら
このトレーニングを続けて
おられます。

もしかしたら
自分の人生に
大惨事のトラウマを
位置づける
「物語」
必要とされているのかな?
と感じ

夢に導かれて
苦痛を昇華する
方法はどうかと
思いました。

夢物語とか
言いますが

イメージや
ファンタジーなんて
子供だましと
思われるかもしれませんが

おじいさんは
満開の花を見て
笑っていますからね。
(苦痛→歓び =昇華)

そして
物語の読み手も
それを自然に
感じますからね。

夢は
現実と非現実
過去と未来
など陰陽をつなぐ
太極のような
位置

にあるのだと
思います。

毎日上映されてますから
ネバーエンディングストーリーですし音譜
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花咲かじいさん⑨ PTSDにおける自家中毒をやわらげるもの

同じ一匹の犬が
よいおじいさんには
よきものを
悪いおじいさんには
期待はずれのガラクタ
(ゲテモノ・妖怪・欠けた瀬戸物)

ありかを教えました。

傷ついた人も
充分なこころのまもりが
ある中に置かれると
麻酔が効いているかのように
痛みを忘れて
自己表現します。
自己表現は自己治癒を生み
苦痛は昇華します。

期待はずれのガラクタというのは
よく見ると
PTSDの傷つきそのものみたいです。
壊れているし
怖いし
そのまま表現すると
キワモノ扱いされ
不利益を被ることも
少なくないでしょう。

自己表現に傷つき
そんな表現のおおもとから
断ってしまいたい!
そう思ったら
傷つきばかりが
増幅し
わけがわからなく
なります。

そこが戦場なら
傷口に塩を塗るような
方法しかないと思いますが

もう戦場ではないことを
確認するためにも

人間らしいこころのまもり
のもとで
トラウマを開示することが
望ましいと思います。

【象徴】を使うのは
大きな護り(麻酔)
になる1つの方法
だと思います。
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花咲かじいさん⑧ 臨床心理学という名の悪いおじいさん 

おじいさんは
純粋なこころの目
持っていました。

それが
この物語の
始まりです。

『星の王子さま』にも
書かれていますね。

大事なものは
こころでしか
見えないって。

おじいさんの
こころの目がなかったら

このお話は
生まれなかった
のです。

ユングなど
昔の心理学者や
宗教における修行僧は
まじめに
自分の問題と
取り組んで
日々
精進していました。

その結果
個人の問題でありながら
普遍的な問題でもある
ものにたどりつき

また一苦労しながら
著作を残してくれているのです。

それを
忘れて…

心理療法室を作り
箱庭セットをそろえ
絵を描いてもらって
話を聞く

そういうパフォーマンスのみ
真似たのが

今の多くの
心理療法です。

よいおじいさんをまねた
悪いおじいさんさながらに

「今のクライエントは
【象徴】が使えない」

(陰陽五行説知らないんです)

「表現は単なる繰り返しばかりだ
(【トラウマ】知らないんです)

「一人の人が作ったと
思えないくらいバラバラだ」
(【解離】知らないんです)

「だから発達障害だ」

「発達障害が増えている」

なんて平気で言えるのです。

血税が投入された
立派な治療室で
表現されたものに
ガラクタやゴミを見て

素晴らしい存在である
かぐや姫やポニョを
侮辱し
薬漬けにして
殺してしまう

悪いおじいさんが
増殖中です叫び
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