投稿者「翠雨PTSD予防&治療研究所」のアーカイブ

PTSDドラマ『Dr.倫太郎』専門書読まずに役作り

「女性自身」
(光文社)によれば
(この記事は孫引き)
堺雅人さんは
スタッフが事前に用意した
専門書や資料は受け取らず
自分で本を選び
精神科医のイメージを作り上げているそうです。

心理療法の基本原則が
正しく分かりやすく
表現されて
大正解でしたね
 

きっと
専門家に踊らされるのが
(雅子さまを治せない
うつ病大家監修)
バカバカしくなったのでしょう。
現実の精神科医は見てるかな?
「あれはドラマなんだよ」と
(新薬のカクテル処方もTMSも
認知行動療法も出てこず
箱庭なんて古臭い)
言ってるのかな?

ヒロシマ・ナガサキ・フクシマの大学生が象徴的につながってPTSD予防


「被爆の記憶は
人の記憶から消えてしまいます。
でも
忘れてしまうことはできません。
大事なことは
すべて土が覚えています」
(広島大4年生 福岡奈織さん)
軍手は
飯館村で採取されたもので
「オートラジオグラフ」という手法で
放射性物質を浮かび上がらせたのだそうです。

どんな風に落ちていたのかわかりませんが
箱庭的な1つの象徴表現だと思います。
真実が
広義の意味での科学の力で
(精神医学のようななんちゃって科学ではなく)
解き明かされることを
待っているのでしょう。
 
 
 
 

パチンコで借金後4日間無断欠席のPTSD解離小学校教諭(29)懲戒処分

東京都教育委員会は
無断で4日間欠勤した
多摩地区の
市立小の男性教員を
減給5分の1(1カ月)の
懲戒処分にしました。
パチンコで借金を抱え
金策に走ったものの
うまく行かず
パチンコで取り返そうと
有給休暇を取って
所持金を投じたが失敗
学校に連絡せずに欠勤し
自転車で神奈川県内をさまよっていたそうですが
「パチンコで借金をする
自分のような人間は
教育者としてふさわしくない」と
話しているそうです。
落ち着けば
反省能力は戻るわけで
PTSD性の解離性遁走ですね。
未然に
Dr.倫太郎に出会っていたら
伴走してもらえたのでしょうか。
(自殺願望の女性とは
消防署が用意したマットに
一緒に落下)
問題行動予防にはなりますが
(自殺回避・犯罪抑止)
これだけでは
PTSD治療とは呼べません。
 
 
 

PTSDドラマ『Dr.倫太郎』も『崖の上のポニョ』

第一話を見た学生さんは
「臨床心理学で聞いた話そのもので
びっくりした」と
言っていました。
圧巻は箱庭で
どこから見ても
精神医学ではないですね。
新学期はいつも
如人千尺懸崖上樹の公案の
絵を描いてもらい
夏休みまで
考えつづけてもらうのですが

―木の上の人になって
あなたは誰かとの質問に答える。
今日はなぜか
質問が殺到し
白熱教室になりました。
 

多分
コレですね。
自殺しようとしているのを
傾聴しているシーンですが
(自殺してはいけないとは言わず
疑似体験させると
自殺願望が消える)

女性は
崖の上のポニョ状態でした。
(如人千尺懸崖上樹)
構成作家さんは
ジブリ並みに
PTSD最先端学を
下調べしたのかな?
 
 

『Dr.倫太郎』PTSD解離人格を生きる夢乃

倫太郎を翻弄する
夢乃ですが

常に脅迫され
お金をせびられていて
(複雑性PTSD発症リスク)
精神科に代理で薬を取りに行かされたりして
(わりとよくある現象の風刺です)
倫太郎の同僚からは
「あんなに地味で芸者」と評されますが
それが【解離】と言うものですよね。
診察室の片隅にある
箱庭の砂を触っていたのは期待できます。
倫太郎もその砂を触り
共感でも示していたのでしょうか。
この構成作家さん面白い
 
 

『Dr.倫太郎』PTSDのEMDR

倫太郎に
こういうオーダーもありましたね。
「PTSDの患者」と明言されていました。
倫太郎は
精神分析の立場で
(フロイト型PTSD
幼児期のトラウマを放置すると
時間を経てPTSDとなる)
EMDRはよく知らないようで
(行動療法)
参考文献をコピーしてほしいと言っていました。
無碍に拒否しないところが倫太郎らしいですが
EMDRを知らないところには
(風見鶏のたまり場
見どころがあります。
 

『Dr.倫太郎』PTSDには精神分析学か生物学的神経学か

倫太郎が
大学で講義している内容は
明らかに
河合隼雄時代の
心理療法についての常識を踏まえています。
(何となく私の使う古いテキストっぽい)
彼は
画像で判断し
薬を処方する立場はおかしいと主張
同僚医師は

精神分析は古いし
画像はウソをつかないが
未治療患者はウソをつくと
(倫太郎もそれは重々知っているし
私も辟易している)
反論します。
精神分析学か生物学的精神治療学かという
論争ですが
上司は
どちらも正しいなんて言って
お茶を濁します。
本当は
どちらでもない
クリックすると新しいウィンドウで開きます
第三の視座が必要とされているのですが
倫太郎の診察室の片隅には
箱庭がありました。
 
 

『Dr.倫太郎』会社でのいじめPTSDで過呼吸・自殺未遂にリスカ依存症の女性

人気ドラマなので
家にTVがなくても
ネットで観ることができて
有り難いです。
第一話のメインの1つは
自殺願望女性の話ですが
仕事ができて
人気者だったのを妬まれて
ネットストーカー被害にも遭ったようです。
(PTSD発症リスクですね)
母親は原因にこころあたりもなく
最近は特に明るかったのにと言い
(危機状況では解離するのが普通ですからね)
倫太郎の同僚は
(スタイリッシュな女医)
過呼吸で運び込まれた女性に
「ジアゼパム1アンプル静注しましたが
落ち着きません」なんて
バカなこと言ってますね。
構成作家は
現実の精神医療の問題をよくわかって
このように風刺しているのでしょう。
 

PTSDと知っていても解離し続けるだけならば、いずれ精神病院の住人


どんなに
トラウマティックな境遇であっても
太鼓をたたきながら
奇声を上げて
ガラスを壊すだけの人生は
(ある種の比喩表現)
虚しいと訴えているようにも感じます。
小人の先輩が
表現者に加わるように誘いましたが
彼は観客であることを選びました。
先輩は
表現しなければ
大事な場が奪われるとも諭していましたが
(ナチスの洗脳演説に小さな声は消されるだけ)
彼は彼で
表現し続けていたのかもしれません。
(昇華はない方向ですが)

戦争PTSDが産んだ『ブリキの太鼓』

胎児のとき
羊水のなかで
「大きくなったら店を継がせよう」という
父の声を聞き
そのたくらみを拒むために
(一族にはPTSDの世代間負の連鎖もあるので
断ち切りたかったのでしょうが
方法を間違えました)
3歳で成長をやめることを決意し
晩年は精神病院の住人となった
オスカルの物語ですが

作家のギュンター・グラスは
第二次大戦で
最年少兵として戦い
負傷して
米軍の捕虜となった後
採掘場などで働きながら
彫刻や詩や戯曲を創作しました。
トラウマを昇華させるための

人生だったわけです。