ジブリ『借りぐらしのアリエッティ』」カテゴリーアーカイブ

『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】に逃げられないために

$PTSD研究家翠雨の日記
『鶴の恩返し』では
姿を見られたので
消えますが
 ―アリエッティたちも
  同じです。
その後
アレンジされた
『夕鶴』では
欲どうしくなった
与ひょうに
「あんたは
だんだん変わって行く。
何だかしらないけど
あたしとは
別な世界の人になって行ってしまう」と
つうが言います。
―アリエッティでは
お手伝いさんが
そんな感じです。
$PTSD研究家翠雨の日記
つうは『通じる』
象徴は無意識の中にある
自己治癒力です。
怪我をした鶴を助けるという
よいことをするとか
 ―宗教で
  勧善懲悪を説くのは
  このためでしょう。
  なにがよいことかは
  よく考えないとわからないですがね。
あるいは
トラウマを癒すという
作業をするときに
【象徴】と出会うのです。
しかし
一度出会えば
一生一緒というわけでは
ありません。
個性化の過程を
歩み続けるには
象徴に逃げられないように
自助努力しなければなりません。
$PTSD研究家翠雨の日記
こんな風に
存在をさりげなく
感じてつきあうのがよくて
$PTSD研究家翠雨の日記
私物化すると   ←普遍性ですから
逃げられますニコニコ

『借りぐらしのアリエッティ』とアリエール

アリエールと言えばダウン
PTSD研究家翠雨の日記
P&Gのアリエール
アリエールという名前の起源は
ヘブライ語で
“神”を意味していますが
 ―やはり【セルフ】ですねひらめき電球
中世からは
“空気の”という意味で
使われています。
 ―妖精は神話のカギで
  自己治癒力としての
  【象徴】に欠かせない機能です。
世界各国で広く販売されており
酵素のテクノロジーを使った
洗剤の先駆けです。  
 ―常に【百尺竿頭】
 後追いはダメです。
 今の臨床心理学は
 後追いの末路です。
高機能を売り物に
 ―象徴は
 異熟する無意識のなかの
 ハイブリッド
★緑茶成分
 
$PTSD研究家翠雨の日記
 ―緑茶ではありませんが
 ハーブの香りを嗅ぐことが
 【象徴】をみつける通路であるような
 表現がありました。
★部屋干し可能
他社製品と差別化をアピールして
売り上げを伸ばしています。
PTSD研究家翠雨の日記
$PTSD研究家翠雨の日記
「ありがとう。
君とアリエール」ですね。
 ―象徴と合体すると
 有り難いことが起こります。
 奇跡は
 あり得るのです。
お日さまも
 ―アマテラス
見守っています。
無意識っておもしろいニコニコ

『借りぐらしのアリエッティ』去るのが当然の【象徴】

きたやまおさむの
【夕鶴症候群】
とてもわかり易い。
DVや虐待でも
被害者は身を削って
その場を守ろうとする。
職場でパニック障害起こす人も
同じです。
いじめと否認の構造が黙認され
一人で仕事を
抱え込まされていました。
   …
でも
そもそも鶴というのはひらめき電球
雄が一声鳴くと
必ず
雌が二声鳴いて答えるらしいです。
 ―朝日新聞の同じ記事に
  そう書いてありますニコニコ
一生添い遂げる習性で
どちらかが
怪我をしたり
死んだりすると
悲しげに
振り絞るように鳴き    ←PTSD予防
死体が氷の下になっても
姿が見えなくなるまで
鳴き続ける
タンチョウなんかは
アイヌ語で
湿原の神さま
サルルンカムイ)と呼ばれているそうです。
PTSD研究家翠雨の日記太極
陰陽の法則そのものの
去る神さま
【象徴】です。
傷ついた鶴を助けると
夫婦の家が豊かになるお話ですね。
(『鶴女房』はこれをもとにした
 変形です)
しかし
そこに胡坐をかくと
逃げてってしまいます。
 ―よい夫婦と悪い夫婦
  (陰陽)にも変形できる
  元型です。
鶴は太極
(混沌)の象徴でしょう。
トラウマを癒せば
傷つく前より
豊かになる。
でもそこで慢心すると
たちまちもとの木阿弥…あせる
トラウマと向き合う過程は
長く厳しいですよね。
ハッピーエンドではなく
ネバーエンディングストーリーが
東洋思想的なリセットの法則ですからね。
そこで
アリエッティですがひらめき電球
$PTSD研究家翠雨の日記
アリエッティにお母さんが
縫い物指導してます。
何に使うの?と訊くアリエッティに
お母さんは
答えず
悲しそうな顔をします。
人間に姿を見られて
去るときが来たのを直観したからです。
こんなモチーフも
含まれていると思います。
朝日新聞さん
気づかせてくれて
ありがとうニコニコ

『借りぐらしのアリエッティ』ときたやまおさむ【夕鶴症候群】

朝日新聞が
夕刊で
おとぎばなしの特集も
始めました。
 ―神話やおとぎ話は
【象徴】の心理学なんです。
無意識の法則で読みます。
比喩とかたとえ話です。
仏教なんかそういう話ばかりですニコニコ
第一回は
『鶴の恩返し』
サブタイトルは
「去るのは当然ですか?」
PTSD研究家翠雨の日記
きたやまおさむの
 ―音譜『帰ってきたヨッパライ』   
  音譜『戦争を知らない子供たち』
   PTSD流行の時代に
   タイムリーですねニコニコ
【夕鶴症候群】が紹介されています。
 
 ―別名
  【自虐的世話役】
 居場所を失くす不安感から
 職場で自腹を切って    ←サムライですねひらめき電球
 営業成績を伸ばす
 OLやサラリーマン
 
 弱さや醜さを出すと
 追放されると
 こころの「台本」に
 埋め込まれているので      ←集合的無意識
 日本人は繰り返し
 おつうを演じてきた。      ←再演ですねひらめき電球
 こういうクライエントを
 たくさん診たし
 自殺者の多さにも
 影響している。
こういう風に読むのが
精神分析です。
 ―病理として観る。
私はユング風に読んでみたいですね。
 ―自己治癒力のメカニズムとして読む。
ではまた次の記事でパー

『借りぐらしのアリエッティ』ユング心理学否定の否定

PTSDの薬害は
実は
哲学の問題なんです。
$PTSD研究家翠雨の日記
一般には
外科医は切って貼ってと
ヤクザみたいなイメージで
精神科医は優しく
思いやりあふれるイメージが
あるようですがショック!
さきほどの記事のように
本来の外科には
哲学があります。
 ―たましいにやさしくあろうと
 しています。
日本の精神科は
哲学なき外科学の
最先端です。     ←トップランナー走る人
 ―ロボトミーや
  懲罰的閉鎖病棟の反省は消え
  外来で
  増幅されて繰り返されています。
 
  この波は
  放置するとおそろしい
  新たな結果を生むだけです。
ユングは
心理療法の理想を
哲学的忍耐力におき
【象徴】理論を遺してくれました。
  ―象徴は
   たましいの自然治癒力です。
それをそっくりそのまま
否定するのが
日本のユング派です。
ジブリは
アリエッティを描かずにおれなかったのですニコニコ

『借りぐらしのアリエッティ』父母の名も陰陽五行説

お父さんはポッド
お母さんはホミリー
やはり【ポ】とか【ホ】なんです。
『古事記』の
スサノヲの父母は
イザナキと
イザナミですね。
則夫くんと
則子さんみたいで
不思議でしょ。
波と凪は
陰陽ですね。
PTSD研究家翠雨の日記
アイヌ語で
ポ=子どもでしたね。
かつて子どもだった ←英語の ―ed
お父さんと
 ―借りで失敗したとき
 自分も昔そういう
 勘違いをたくさんしながら
 ここまできたというような視点で
 見守ってた。
子どもを見る
お母さんかな?とか
 ―アリエッティを育てながら
 (創造的退行)
  自分も
  本物の海を見たいと
 (グラン・マンマーレに近づく)
  あこがれている。
  アマテラスの鏡も
  (本当の自分を観る)
  ありますしね。
いろいろ連想しているところですニコニコ

ポニョとかアリエッティはアイヌ語も入ってるかな?

崖の上のポニョと聞いて
如人千尺懸崖上樹とは
すぐわかったけど
未だに
よくわからないのは
【ポ】
じゃんけんポンかな?
とか思ってましたが
アイヌ語では
は子どもだそうです。
そして
エッは「ハイ」
アリエッティはやはり
なんか
肯定的な意味を持たせた名前ですね。
 ―ユング派が
  その命綱である
  【象徴】がないとか言いだすから…あせる
「確かにアルゾ!」と
必死で訴えているような。
 ―志田未来さんの
 あの切実な声が
 ぴったりだと思うのです。
 あの方以外に
 適役がちょっと浮かばないくらい。
PTSD研究家翠雨の日記
昨日に続き
今日また
新しいバージョン出てました。
PTSD研究家翠雨の日記
ホントの【ホ】
ぽんと出るの【ポ】
でもありますね。
【象徴】はおなかで
増えます。
腸内環境が大事です。

『借りぐらしのアリエッティ』百尺竿頭は一太極二陰陽

$PTSD研究家翠雨の日記
百尺竿頭一歩進めよ
ですが
陰陽五行説も
もちろん
入ってます。
 ―インドの仏教も
 中国で翻訳されてますから。
PTSD研究家翠雨の日記
男の子&女の子
人間&象徴
意識と無意識
現実と非現実
陰陽が向き合ってますね。
真ん中の花は
華厳の華でしょう。
 ―ポニョもアリエッティも
  華厳めいてますから。
PTSD研究家翠雨の日記
この底の部分の
【一太極二陰陽】
これがリセットの法則です。
ここにしっかり向き合えば
【大死一番乾坤新たなり】
乾坤=天地=世界
現実の世界が
ガラリと変わるのです。
仏教と陰陽五行が
見事に融合した表現です。

『借りぐらしのアリエッティ』 百尺竿頭一歩進めよ

$PTSD研究家翠雨の日記
これが
【百尺竿頭】の
象徴的表現であることは
昨日書きました。
PTSD研究家翠雨の日記
最初の狩りならぬ【借り】では
このように表現されてました。
驚きと怖さが
何気に強調されてましたが
【象徴の上に】
普通に立ててます。
 ―協力しながら
 こころの作業をしてきたので
 こころがすくっと
 成長したのです。
そして
対話が終わると
$PTSD研究家翠雨の日記
ふいっと
降りてゆきました。
翔の前からは消えて
別天地に向かうのです。
ポニョは
「ヒットしても家出します!」と
宣言してましたが
アリエッティも
別世界へ行きます。
かぐや姫も月へ行きますね。
西洋のハッピーエンドはなく
ネバーエンディングストーリー
【仏向上】なのです。
  ―常にセルフを超えていく。
こうやって
常に個性を輝かせながら
生きていく過程が
【個性化の過程】
【自己実現】なのです。
心理療法で
根本的に
勘違いされているところです。

『借りぐらしのアリエッティ』百尺竿頭とポニョ

何気ない構図ですが
貴重です。
PTSD研究家翠雨の日記
竹かな?
 ―竹の園は皇室
 日本の【象徴】ですひらめき電球
小人にとっては
高い高い
竿の上です。
百尺竿頭です。
PTSD研究家翠雨の日記
【如人千尺懸崖上樹】
ポニョ  崖の上の
千も百も
一緒です。
怖いと感じるのは同じと
道元は言います。
意識が
数字にこだわってると  ←自我の固執
見えないのです。
$PTSD研究家翠雨の日記
物語の最後になって
ポニョのテーマと
アリエッティが
重なります。
道元も漱石も
ポニョもアリエッティも
同じことをテーマにしています。
日本人の自己実現のモデルが
ここにあります。
西洋心理学や
ドイツ精神医学で
その精神を嵌め殺しては
なりません。