『崖の上のポニョ』の
モチーフ
【如人千尺懸崖上樹】
ポニョ 崖の上の
これが
アリエッティにつながっているということは
既に書いて来ましたが
創作過程の
初期に描かれたのは
「まるで宗介とポニョみたいですね」
初期のお父さんは
「ドイツ人みたい」と
おっしゃってます。
―哲人みたいとおっしゃってる絵は
私にはユングに見えます。
やはり
★ドイツ精神医学
★ユング心理学の限界
それが
★箱庭療法に
如実に出ていることを
警告しているのですよ。
そう言えば
私も
学会発表後
その反省の上に
次の発表が
一年かけて時熟してゆきます。
―なかなか伝わらなかったことが
だんだん伝わるようになります
毎年バラバラではないのです。 ←【解離】
創作はそういうものだろうなぁと
気づきました
あと忍者ね

こういうのとの
闘いです。
「ジブリ『借りぐらしのアリエッティ』」カテゴリーアーカイブ
『借りぐらしのアリエッティ』のスサノヲイメージ
閉じ込められたお母さんを
助けるのですが
アリエッティは
翔に助けを求めます。
―人間に【自己治癒力】が
あるからと言って
本人が協力しなければ
その力は
発動しません
翔君も
★(表向きはお手伝いさんで
味方であるはずの)敵に
気づき
―PTSDの
集合的無意識のなかにある
搾取の構造
これまでのように
★おとなしく
★ストレートに行動するのではなく
★いろいろ考えだします。

おなかがすいたと言って
注意を逸らさせ
アリエッティを忍び込ませて
お母さんを探させます。

アリエッティは
最初の
狩りならぬ【借り】で獲得した
マチ針の剣で
お母さんを救いました。
…
誰もが恐れて
人身御供をささげる村で ←うつ病自殺
おそろしいヤマタノヲロチを
お酒に酔わせて
退治した
スサノヲが手にした
草薙の太刀を想いました。
―酔っ払って
開き直って
逮捕されたのは誰?
クシナダ姫を櫛に変えて ←小さいもの
身に着けたのですね。
アリエッティの
洗濯バサミの髪留めも
異熟しています。
『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】をかぎ分ける能力
『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】が見えないから閉じ込める
『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】台無し
『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】をガラクタという人たち

ガラクタのように見えますが
紅茶缶も
植木鉢も
確かに
アリエッティの家にあったものです。
人間が捨ててしまった
記憶(集合的無意識)のなかで
アリエッティたちは
豊かに暮らしていたのです。
なのに
「こっちの方が
いいだろう!」とばかりに

ドールハウスがはめ込まれたのです。
…
日本の箱庭療法には
こういう間違いがあります。
クライエントの豊かな
表現のなかに
確かにある
【象徴】が
がらくたにしか見えないのです。
それで
西洋式の心理学
(ドールハウス)を
日本人向けに文化的翻訳せず
そのまま押しつけますから
PTSDが
【発達障害】に見え
かぐや姫やポニョを
わがままだと言って
矯正するのです。
『借りぐらしのアリエッティ』発達障害誤診の【象徴】
日本のユング派は
★【象徴】が消えた
★発達障害が増えたと
主張します。

― アリエッティたち【象徴】は
絶滅寸前だと
主張する翔と同じです。
【象徴】は自己治癒力であり
PTSDのものですから
―ユングの個性化の過程が
証明しています。
先天的な病である
発達障害には
【象徴】がみられないという
理屈が成り立つのでしょう。
しかし
象徴は生きています。
―発達障害と思われているのは
PTSDです。

大阪の二児遺棄死で
社会の認識が
大きく変化しました。
みなのこころが動かされたのです。
自浄ともいえる
【自己治癒力】が作動し
大きな波が生まれました。

アリエッティ
(象徴)は
生きています。
『借りぐらしのアリエッティ』脱兎の如く去る発達障害研究家
上から目線で
表面しかみない
発達障害研究家と ←左
五感で感じて
PTSDとして捉え
PTSDとして
癒していく
立場 ←右

今年
左に象徴される人たちは
驚愕し
(その否認から)
怒り

脱兎の如く
退散します
―新聞の広告からは
すでに消えています。

発達障害の研究家たち
どうしちゃったのかしら?
そういう一年になるでしょう。
忘却したら
また繰り返しますから
しっかり
反省させないと
いけません。

相手をこんな風に見ていたのは
投影的同一視だったことに
気づけば
合格です。
自分が
臨床家として
【発達障害】だったのです
―厳密に言えば
ユング研究所まで留学し
ユング関係の本を書きながら
【象徴】をとらえられてない
惨めさの否認ですから
PTSDですけど…
正統だけが
生き残るように
世の中はできています。
見かけ上の
かたちだけ整えても
だめなんです。














