箱庭療法がいいのですが
できない場合は
―遠いとか
そこまでエネルギーがないとか
円相法があります。
自分は余計者だと
― 緘黙症の十一さんは
原作ではワンタメニーさん
(あまりっ子)
こんな扱いはトラウマになる。
ひねくれてしまった
非行少年も
―PTSD児
円の中に
何か書き続けているうちに
気持ちが変化してくるようです。
何でもいいから描いてねと言われるのは
―枠の中に入って
何でも表現してよいという
メッセージ
無条件で
積極的な関心
大事なことです。
杏奈も最初は違和感を感じたようですが
育ての親の
―母親だが
わだかまりがあるから
おばちゃんと呼ぶ。
(心理的な)枠の中に
だんだん入ってゆき
―円ではなく
封筒の中だったりしますが
無言のうちに和解し
「母です」と
人に紹介するまでになった頃には
喘息も治りました。
「ジブリ『思い出のマーニー』」カテゴリーアーカイブ
『思い出のマーニー』神隠しで癒えるPTSD性喘息
『思い出のマーニー』世に棲むPTSD
頼もしくて
やさしい
大岩のおばさんは
(名は体を表す)
―育て親のように
心配性でないところが
(これはこれで大事)
この人の役目
プチ摂食障害
おばけの話の好きな
―ファンタジーに親和性がある。
おじさんは
いつもものつくりをしていて
―嫌なことは
おばさんに任せて逃げるが
仕方ないなぁと思わせるのは
人徳か
問題にならない
軽い依存症であり
―おばさんに限らず
インドの行者に言わせれば
日本人は
ほとんどが摂食障害ですが。
現金な子どもたちがからかう
十一さんは
― 十年に一回位しかしゃべらない。
緘黙症ですが
原作では
11人目に生まれたので
ワンタメニー
(one too many あまりっ子)と
名づけられていました。
―上原美優さんも最初は
傷ついたんですが
開き直り
破滅しました。
ワンタメニーは
沈黙する方を選びました。
杏奈も
回復途中で
プチ解離発言をしますが
―長期的に見れば
よい兆し
相手の心身が
大岩夫妻のように頑強で
大事に至りませんでした。
―多少動揺して
事実でないことまで
親に告げ口したようですが。
(親が尾ひれをつけた可能性もあるが)
『ボーダーラインはどこへ』にあるように
PTSDは普通の延長にあり
どこがボーダーラインかは
一概に言えません。
―ボーダーライン
(境界性人格障害)は
神経症と精神病の間という
(ボーダーゾーン)
意味であり
実質的にはPTSDのことです。
『思い出のマーニー』家系図でわかるPTSDの世代間負の連鎖
『思い出のマーニー』PTSD治療中のプチ解離
『思い出のマーニー』PTSDのトラウマであるサイロと集合的無意識
田舎に着いてすぐに
サイロが気になりました。
―崖の上のポニョ
(如人千尺懸崖上樹の公案)は
この作品にも引き継がれています。
杏奈も崖っぷちにいる
PTSD児です。
原作は風車小屋であり
崖の上とは書いてありませんから
東洋的発想です。
大事なことが
最初に出て来るのが
無意識の習性です。
―気になることは
大事なことであることが多い。
これから
感官を辿って
―断食などをしながら
常識のなかにある家畜状態を抜けないと
見えてこない場所
集合的無意識を降りて行くことが
暗示されているのです。
―家族的無意識にある
おばあちゃんに逢いに行く。
サイロは
韓国にある
昔の天文台とも似ています。
―陰陽五行説的発想
天文台の中の水に
宇宙を映す。