大伴大納言は
かぐや姫を
このように
例えたばかりに

それをつかんでくるように言われ
正直に海原に向かいますが
荒れ狂う海に
龍を見て
―幻覚

自分の目が
龍の玉のようになってしまいます。
これまでの3人のように
嘘偽りがないのは
よいですが
まっすぐなだけでも
公案は解けないですね。
―常識ではない。
ユング心理学では
アニマは危険とか
妙に強調されたりしますが
―ローレライのようなイメージ
女性が悪いのではなく
自我が強くない男性にとっては
女難の相になるからです。


一般の人が
破滅するのも
内なるアニマのせいです。
―そのように行動させられる。
「ジブリ『かぐや姫の物語』」カテゴリーアーカイブ
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『かぐや姫の物語』PTSD解離性恋愛依存症
『かぐや姫の物語』PTSD解離性逆ギレ
『かぐや姫の物語』PTSD解離性嘘つき
『かぐや姫の物語』PTSDではない凡夫の「不染汚」

正法眼蔵の
『唯仏与仏』に
「不染汚」という言葉が出てきます。
―『行仏威儀』を引用したものですが
「無上菩提の人にてあるをり
これをほとけという。
…いはゆるその面目は
不染汚なり」
無上菩提は
自己の真実と一体になっている人のことです。


人間界にやってきて
いろんな人に出会い
中には
偏屈な人もいて
傷つけられたりもしたけれど
それぞれに一生懸命生きているだけの
凡夫は
集合的無意識に染まってはいるけれど
人間それ自体が
汚れているわけではないと
―必死で(無心)に生きている
それ自体は素晴らしく尊いこと
学んだのでしょう。
天にはそういう葛藤がないので
時々
地上に堕落するわけです。
―そういう説話があります。
『紙の月』宮沢りえさん演じるPTSD解離犯罪
『紙の月』
横領を働いた
ヒロインは
したいことをしただけと
激白しますが
それは
偽りの自己に乗せられた人の
悲劇の物語であり
ペーパー・ムーン
まやかしですね。

振り返った時に
真価が問われます。

























