もうすぐ一月も
おしまいですが
成人の日なんかに
【とんど】が
あちこちで
行われました。
お正月飾りなんかを
燃やす行事ですね。 ←火気
★33本の青竹を
―竹やひょうたんのように
内部が空洞のものは
火の象徴です。
かぐや姫(輝く姫)は ←男性は光る源氏
竹のなかで発見されました。
★三角錐に組み
―陰陽五行説では
3は木気です。
【木生火】で
火を生かすのは木です。
わらを一把ずつ
縄でくくりつけ
★年男年女たちが
―干支は陰陽五行から
氏神さまからもらった
★火を
★八方から
点火します。
―八方ふさがりは
困りますね。
八卦は世界です。
昔は
「よく燃えた」から
豊作で家内安全だとか
占ったそうです。
火はお天道様でも
ありますからね。
そして
燃え残りの竹を
持ち帰り
かまどの火種にしたそうです。
象徴的な火を
現実につなごうとする
考え方です。
平常底
―現実と非現実
意識と無意識
現在と過去
ミクロコスモスとマクロコスモスは
日常でつながっているという
発想です。
そういう視点に立って
ものごとを考えないと
人間は狂いますから
地球上どこでも
そういう哲学があるのです。
陰陽五行説に基づいた
強迫的なまでの
あてはめをするのは
そこにトラウマがあるので
忘れないようにしながら
癒そうとしているからです。
―昔の日本人は
中華思想に
死ぬほどのショックを受けたのです。
「易陰陽五行説」カテゴリーアーカイブ
「9万円で許してくれ」PTSD時代の弱気な解離性強盗の陰陽五行
無粋な?都知事戦の【後出しじゃんけん】陰陽五行
なんと、後出しじゃんけんが
定番だとか
五行
卑怯だという
定説破りですね
じゃんけんは
不可能を可能にするための
気合いのための
遊びなのですが
気を溜め込むのでしょうか?
―ムダに使わず
温存させ
ここぞという時に
集中させる。
まあ告示前ですから
後出しと言えるかどうか
陰陽五行説
一人勝ちのない
5つの気のめぐりを
―どれかがどれかの役に立ち
どれかはどれかの邪魔をする。
敗戦ショックを
非暴力で克服する
一大トラウマを超えるために
考案されたゲームです。
そのまんま(東国原ではないよ)では
芸がないから
5つを3つに進化させたのです。
大事なときは
日本人はいつでも
じゃんけんです。
箱庭療法の学会で
「治療場面で日常的なじゃんけんって!」と
偉そうなこと言われたの
懐かしいなぁ
いとし&こいしも陰陽五行
LSDすらグッド・トリップ&バッド・トリップの吉凶混合
「年末年始はPTSDの魔境」 ~「間は魔」の陰陽五行説
【2娘1】だってユング心理学の普遍的無意識の中にある陰陽五行説の象徴
朝日新聞の
「いま 子どもたちは」に
【2娘1】って書いてありました。
ニコイチと読むそうで
仲良しの証明とか。
―ファッションの共有は
ペルソナの共有で
日本人らしいですね。
世界に通用する
ピカチューの例もあるわけで
日本の若者文化は
なかなか
宗教哲学的です。
ギリシアの哲人
アリストテレスは
「友情は
2つの身体に宿る1つのこころ」と
言ったとか…
やっぱり
陰陽ですね。
これは陰陽鍋
中国四川省で
このギトギトの薬膳料理を見たとき
感激しました。
今までにも書いてきましたが
漫才のボケと突っ込み
不二家のペコちゃん&ポコちゃん
日本の文化は
いつも
【一太極ニ陰陽】なんです。
ニコイチだからって
無理してあわせたりは
しないけど
大事なことは
お互いに相手にしか
言わないそうです。
教えられなくても
よくわかってます。
集合的無意識のなかに
ありますからね
当たるも八卦当たらぬも八卦の『占いを活かせる人、ムダにする人』
占いを小ばかにする人が
いますが
壮大な科学的哲学を
ご存じないのでしょう。
―西洋科学より
壮大な思想です。
そのような石頭では
PTSDは克服できません
当たるも八卦
当たらぬも八卦
八卦がいい加減という意味では
ありません。
受け取り方次第ということです。
―図星であっても ←卦は象徴
【否認】したければ
酷評しますから。
素直さ謙虚さがないと
命取りです
【一太極二陰陽】の
リセットの法則は
底にあります。
根っこをしっかりさせたら
【八卦】=心的世界は
ガラリと変わるのです。
世界を変えようとしても
無理というものです。
人間の個性は
こころの傷から
作られることが多いですが
こころの傷は
よいとか悪いとか
(陰陽)
二元論を超えた問題です。
だから
常に太極=トラウマを
刷新し続けることが
個性化の過程への道なのです
奈良五條の念仏寺でもオニ走らせる【陰陽五行】
寺は仏教ですが
中国を経由してますから
陰陽五行説による
仏教表現になります。
オニは
諸説ありますが
それらの
言わんとするところを
煎じ詰めれば
こころにある影みたいな
存在でしょう。
―要するに無意識ですね。
こんな太い松明と
―あかりは意識ですね。
無意識の闇が深いのです。
オノをもって
―ショックのあまり誤作動で
身についてしまった
認知のゆがみは
たたき切る必要があります。
「私の苦しみは
私にはわからない」
「仏教になにがわかるか!」と
合理化しようとさえします。
仏の掌で有頂天の孫悟空は
生きていますよ
走りまわらねばならない
影の業の深さが
浮かび上がってきます。
オニは3匹
堂内3周は
3=木
―春は木気
春の息吹に便乗しようとする
気概が大事です。
つぶさに見れば
陰陽五行だらけの
日本の行事です