物語」カテゴリーアーカイブ

芥川龍之介『蜘蛛の糸』 ~PTSD集団療法の難しさ

PTSD研究家翠雨の日記

奈良県立医大の教授が
蜘蛛の糸を1万本束ねた
バイオリンの弦をつくることに
成功しました。

芸術的で夢のある
科学者ですねドキドキ

PTSD研究家翠雨の日記

ガット(羊の腸)弦より
やわらかい音になりますが
やはり強度は
3分の2

長くて均一な糸が欲しいので
蜘蛛さんが糸を切らないように
さらなる工夫をするそうです。

PTSD研究家翠雨の日記

蜘蛛の糸って
思いのほか強く
思いのほか弱いのですね。

PTSD克服し始めると
人が後についてきますよね。

治療の秘儀は
独占しちゃいけませんからね。

でもその糸は繊細だから
そこで大騒ぎしちゃ
切れてしまうのですネ。
 ―謙虚に静かに学ぶものです。
  土足でズカズカはいけません。
  自慢や上から目線も禁止です。

ドストエフスキーの
『カラマーゾフの兄弟』でも
ひどい解離性同一性障害の女性が
『一本のねぎ』という
似たようなお話を語ってます。

そういう境地にいるから
ソラ(何も見ない)で
治療の難しさを
語れるのです。
 ―作者はドストエフスキーだから
 彼が知っていたということか…?

つらいときこそ
科学と芸術と夢が
融合した世界で
優雅さを失わないように
しなければなりません。
続きを読む

芥川龍之介『蜘蛛の糸』 ~PTSD集団療法の難しさ

PTSD研究家翠雨の日記
奈良県立医大の教授が
蜘蛛の糸を1万本束ねた
バイオリンの弦をつくることに
成功しました。
芸術的で夢のある
科学者ですねドキドキ
PTSD研究家翠雨の日記
ガット(羊の腸)弦より
やわらかい音になりますが
やはり強度は
3分の2
長くて均一な糸が欲しいので
蜘蛛さんが糸を切らないように
さらなる工夫をするそうです。
PTSD研究家翠雨の日記
蜘蛛の糸って
思いのほか強く
思いのほか弱いのですね。
PTSD克服し始めると
人が後についてきますよね。
治療の秘儀は
独占しちゃいけませんからね。
でもその糸は繊細だから
そこで大騒ぎしちゃ
切れてしまうのですネ。
 ―謙虚に静かに学ぶものです。
  土足でズカズカはいけません。
  自慢や上から目線も禁止です。
ドストエフスキーの
『カラマーゾフの兄弟』でも
ひどい解離性同一性障害の女性が
『一本のねぎ』という
似たようなお話を語ってます。
そういう境地にいるから
ソラ(何も見ない)で
治療の難しさを
語れるのです。
 ―作者はドストエフスキーだから
 彼が知っていたということか…?
つらいときこそ
科学と芸術と夢が
融合した世界で
優雅さを失わないように
しなければなりません。

三浦哲郎さん『しのぶ川』はPTSD的自伝

青森県八戸市生まれ
6人兄弟の末弟で
20歳になるまでに
2人の姉が自殺
2人の兄が失踪

こういう立場におかれたら
子どもの頃から
考えることが違ってしまうでしょうね。

死に近いからです。

【滅びの血】なんて
哲学と闘われた人生でした。

その昇華の象徴が
芥川賞受賞のこの作品ダウン

PTSD研究家翠雨の日記

家系を呪われた血筋と
忌み嫌って恐れる青年と
極貧と死の中で育ちながらも
清純な気品を持った
仲居との出会いと
幸せに結ばれるまでを
描いた作品です。

忍ぶ川なんて
PTSDの象徴みたいです。

川はこころの流れ
そこに忍びがあります。
(虐待・DV・いじめ)
間違うと氾濫しますが…

これを描かずには
生きてゆけなかったのでしょうね。

そしてそういう作品が
みんなのこころに
響きます。

雪国での出来事というのも
象徴的です。

冬ソナなども
雪がなければ
あんなに共感を呼ばなかったでしょう。
(枯れ葉を雪に見立てたり…)

癒しの原理がそこにあります。
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三浦哲郎さん『しのぶ川』はPTSD的自伝

青森県八戸市生まれ
6人兄弟の末弟で
20歳になるまでに
2人の姉が自殺
2人の兄が失踪
こういう立場におかれたら
子どもの頃から
考えることが違ってしまうでしょうね。
死に近いからです。
【滅びの血】なんて
哲学と闘われた人生でした。
その昇華の象徴が
芥川賞受賞のこの作品ダウン
PTSD研究家翠雨の日記
家系を呪われた血筋と
忌み嫌って恐れる青年と
極貧と死の中で育ちながらも
清純な気品を持った
仲居との出会いと
幸せに結ばれるまでを
描いた作品です。
忍ぶ川なんて
PTSDの象徴みたいです。
川はこころの流れ
そこに忍びがあります。
(虐待・DV・いじめ)
間違うと氾濫しますが…
これを描かずには
生きてゆけなかったのでしょうね。
そしてそういう作品が
みんなのこころに
響きます。
雪国での出来事というのも
象徴的です。
冬ソナなども
雪がなければ
あんなに共感を呼ばなかったでしょう。
(枯れ葉を雪に見立てたり…)
癒しの原理がそこにあります。

TBS系スペシャルドラマ『塀の中の中学校』とPTSD社会 

舞台は
長野県松本市に実在する
日本唯一の刑務所の中にある
中学校
(旭中学校桐分校)です。

俳優渡辺謙(50)は

無学をからかわれ
人を殺してしまった
元職人の
受刑者で
中学生という     
難役を演じているそうです。

10月11日から放映されます。
(午後9時放送)

渡辺さんは
「難敵でした。
それだけの人生を
背負えと
言われているようなもの。
生きる意味を問い続ける作品」と
話しています。

生育歴の中に
何らかの過酷な状況があり
義務教育も
受けられなかったことは
トラウマになりやすいでしょうね。

「そんな事情と犯罪は
関係ねぇ」と言いそうな
世間の風潮に対し
ちょっと立ち止まって
考えさせるような作品で

多発する
PTSD解離犯罪への
配慮を感じます。
続きを読む

PTSD映画『ぼくのエリ』は流行っているらしい

よく流行ってるらしいですが

R15でないのが不思議なくらい
グロテスクなので
お奨めしません。

このくらいは大丈夫だと思いますが
不安な方は見ないで下さいダウン

グロテスクさも含めて
映画の迫力を前に  ←作品自体は評価しているのです
言葉は空虚ですが…

★離人的
厳寒の中
ブラウスにスパッツ&裸足

PTSDでもよく見られます。
子どもは元気!という先入観があるので
見過ごされてますが
寒さを感じないのは
解離してます。

★ネグレクト
体臭がひどく
年齢を聞いても「多分、12歳」

★幼児性虐待
ここはそのまま表現できないので
比喩や象徴で
示されています。
去勢されたトラウマから
解離をおこしている設定ですダウン

★12歳の少女が    ←性同一性障害
みずみずしい精神を保ったまま
人を襲う時は理性を無くし
獣の本性をむき出しにし
吸血の後は
我に返って悲しむのは
【解離】による
多人格性の表現です。  

欧米では何故か
10年に一作くらい
吸血鬼小説の名作が
生まれるそうです。

PTSDを思い出してもらう
ためではないでしょうか。

しかし
慰めは雪の映像だけです。
 (昇華)

癒されがたさを象徴しています
続きを読む

TBS系スペシャルドラマ『塀の中の中学校』とPTSD社会 

舞台は
長野県松本市に実在する
日本唯一の刑務所の中にある
中学校
(旭中学校桐分校)です。
俳優渡辺謙(50)は
無学をからかわれ
人を殺してしまった
元職人の
受刑者で
中学生という     
難役を演じているそうです。
10月11日から放映されます。
(午後9時放送)
渡辺さんは
「難敵でした。
それだけの人生を
背負えと
言われているようなもの。
生きる意味を問い続ける作品」と
話しています。
生育歴の中に
何らかの過酷な状況があり
義務教育も
受けられなかったことは
トラウマになりやすいでしょうね。
「そんな事情と犯罪は
関係ねぇ」と言いそうな
世間の風潮に対し
ちょっと立ち止まって
考えさせるような作品で
多発する
PTSD解離犯罪への
配慮を感じます。

PTSD映画『ぼくのエリ』は流行っているらしい

よく流行ってるらしいですが
R15でないのが不思議なくらい
グロテスクなので
お奨めしません。
このくらいは大丈夫だと思いますが
不安な方は見ないで下さいダウン

グロテスクさも含めて
映画の迫力を前に  ←作品自体は評価しているのです
言葉は空虚ですが…
★離人的
厳寒の中
ブラウスにスパッツ&裸足
PTSDでもよく見られます。
子どもは元気!という先入観があるので
見過ごされてますが
寒さを感じないのは
解離してます。
★ネグレクト
体臭がひどく
年齢を聞いても「多分、12歳」
★幼児性虐待
ここはそのまま表現できないので
比喩や象徴で
示されています。
去勢されたトラウマから
解離をおこしている設定ですダウン
★12歳の少女が    ←性同一性障害
みずみずしい精神を保ったまま
人を襲う時は理性を無くし
獣の本性をむき出しにし
吸血の後は
我に返って悲しむのは
【解離】による
多人格性の表現です。  
欧米では何故か
10年に一作くらい
吸血鬼小説の名作が
生まれるそうです。
PTSDを思い出してもらう
ためではないでしょうか。
しかし
慰めは雪の映像だけです。
 (昇華)
癒されがたさを象徴しています

『ぼくのエリ 200歳の少女』とは幼児性虐待男児の叫び

$PTSD研究家翠雨の日記

エキゾチックで
美しいけど見るからに
異様なエリです。
 ―PTSDの女性に
  そういう人多いです。
  命がけで問題にあたってますからね。
  美しさが違います。

いじめられて
絶望のふちにいる少年には
女神みたいに見えます。 ←普遍的な救い主イメージ(異界から来る)

思わず勇気が出て
「血の契りをしよう」としたら
(バンパイアーですから)
地面に落ちた血に
獣のようにむしゃぶりつきます。

少しずつ
吸血鬼であることに気がつきながら
いくつもの血の洗礼をくぐり抜け
最後のテストが
やってきます。
 ―信頼は一度で起こりません。
 恐る恐る(驚いて逃げて欲しくないから)
 入れ子のようにテストがあります。
 (境界性人格障害は人を試すって言われます) ←境界とは異界だった…あせる

何度も繰り返される
「私は女の子じゃないから」
「私が女の子じゃなくても好きになってくれる?」という
エリのセリフの意味が
明らかになります。

一瞬だけ陰部を見せるシーンが
あるのですが
国内公開版では
ぼかされていますが  ←見えないことで考えさせる?

性器を切り取られたあと
(エリは男の子)だそうです。 
  ―原作「モールス」でも
   そういう設定
   アフリカの一部では
   もう少しマイルドなのが
   男児女児ともにまだ常識です。
   長老が儀式的に行います。

原題は「Let the Right One In」
吸血鬼は招かれない限り
人の部屋に入ってはいけないという
法則のことですが
 ―PTSDを放置すると
  吸血鬼(加害者)になります。

邦題の「200歳の少女」は

そう断罪して
切り捨ててしまうのではなく

幼児性虐待の子どもの問題を
歴史的に捉え
なんとかしようとする
無意識の悲願が
顔をだしたものではないかな?と

感じました。

$PTSD研究家翠雨の日記

宗教・哲学・健康・慣例
虐待・バンパイアー・集合的無意識(歴史的身体)
PTSD・ラポール・常識・ヒステリー

いろいろな言葉の意味を
深く知る人にだけ
(星座の共時性のように)
聴こえる(野性の思考で)
信号があるのです。
続きを読む

『ぼくのエリ 200歳の少女』とは幼児性虐待男児の叫び

$PTSD研究家翠雨の日記
エキゾチックで
美しいけど見るからに
異様なエリです。
 ―PTSDの女性に
  そういう人多いです。
  命がけで問題にあたってますからね。
  美しさが違います。
いじめられて
絶望のふちにいる少年には
女神みたいに見えます。 ←普遍的な救い主イメージ(異界から来る)
思わず勇気が出て
「血の契りをしよう」としたら
(バンパイアーですから)
地面に落ちた血に
獣のようにむしゃぶりつきます。
少しずつ
吸血鬼であることに気がつきながら
いくつもの血の洗礼をくぐり抜け
最後のテストが
やってきます。
 ―信頼は一度で起こりません。
 恐る恐る(驚いて逃げて欲しくないから)
 入れ子のようにテストがあります。
 (境界性人格障害は人を試すって言われます) ←境界とは異界だった…あせる
何度も繰り返される
「私は女の子じゃないから」
「私が女の子じゃなくても好きになってくれる?」という
エリのセリフの意味が
明らかになります。
一瞬だけ陰部を見せるシーンが
あるのですが
国内公開版では
ぼかされていますが  ←見えないことで考えさせる?
性器を切り取られたあと
(エリは男の子)だそうです。 
  ―原作「モールス」でも
   そういう設定
   アフリカの一部では
   もう少しマイルドなのが
   男児女児ともにまだ常識です。
   長老が儀式的に行います。
原題は「Let the Right One In」
吸血鬼は招かれない限り
人の部屋に入ってはいけないという
法則のことですが
 ―PTSDを放置すると
  吸血鬼(加害者)になります。
邦題の「200歳の少女」は
そう断罪して
切り捨ててしまうのではなく
幼児性虐待の子どもの問題を
歴史的に捉え
なんとかしようとする
無意識の悲願が
顔をだしたものではないかな?と
感じました。
$PTSD研究家翠雨の日記
宗教・哲学・健康・慣例
虐待・バンパイアー・集合的無意識(歴史的身体)
PTSD・ラポール・常識・ヒステリー

いろいろな言葉の意味を
深く知る人にだけ
(星座の共時性のように)
聴こえる(野性の思考で)
信号があるのです。